”赤い橋”
1台のタクシーにて
冷たい空気の中、風を切り走る1台のタクシー。
そこには閑散とした集落を望む1本の高速道路が通っている。
今にも窓が凍りそうなほど冷たい、2月の景色が広がっていた。
タクシーには女が1人、息を呑むような表情で窓の外を眺めていた。
「奥さん、今日は少しばかり寒いですなぁ。」
私は静かに座る女にそう話しかけた。
「はい…今日は特に。」
女は息を詰まらせ私にこう返事をした。
私はバックミラー越しに女の顔を確認すると、少し困惑した表情で下を向いていた。
そこから10分ほど車を走らせると、閑散とした集落を抜け標高の高い山々が見えてきた。
「えっと…この高速を降りたらいいんだよね?」
「…はい。」
女の指示通り高速道路を降りると、大きな2つの山が道を挟むかのように聳え立っていた。
その山の間には1本の”赤い橋”が架かっており、橋の下には下流へと続く清流がサラサラと流れていた。
「運転手さん…」
女は少し焦ったような声で私に呟いた。
「ここで降ろして下さい。」
「え、こんなところで?」
見渡すと家も人影も無い、たった1本の”赤い橋”の上で停まれと言うのだ。
「奥さん…降りる場所は自由だけど、帰りはどうするつもりなんだ?」
そう聞くと、女は表情を少し緩め
「この下に広がる清流を見たいの。ほら、カメラもあるわ。」
慌ただしくカバンからカメラを取り出しそう呟いた。
「じゃあ、写真だけ撮って戻ってきな。また送ってあげるから。」
私は良かれと思って提案すると、女はまた困った表情で俯いてしまった。
「あ…そうそう!さっき集落があったでしょ?そこの知人がお迎えに来てくれるの。だから…その。気持ちだけ受け取っておくわ。」
そう答えると女は1万円札を無防備に置き、お釣りも貰わずそそくさと出て行ってしまった。
冷たい風が一気に車内に押し寄せた。私は思わず身を震わせた。
「…。こんな寒い中ねぇ…何も、今の季節じゃなくともいいのに。」
心配まじりにこう呟くと、ドアを閉め帰路へと向かい車を発進させた。
長い帰路を終え、タクシー会社の事務所へと入った。
「笹倉さん、今日は遅かったねぇ。」
現役を引退した先輩はおぼつかない足取りでこっちへ歩み寄り、私にそう話しかけてきた。
「ははは。今日はまた一段変な客だったよ。何言ったって”橋の上”で降ろせと言うんだからさぁ。」
先輩はその言葉にしゃがれた声で笑い返した。
すると震えた指が私の顔を指差した。そして神妙な面持ちで先輩はこう言ったのだ。
「もしかして…その客、幽霊じゃ無いだろうな?」
先輩の言った冗談に少し現実味を感じてしまい、思わず身の毛がよだった。
しばらくして家に帰ろうと愛車のエンジンに手を掛けたその時だった。
バンバンバンッ!!
窓ガラスを叩く事務職の女が外に立っていたのだ。
「も〜笹倉さん!何度も呼んだのに〜!!タクシーの掃除してたら手紙が出てきたんです!私物はちゃんとご自身で管理して下さいよ〜!」
困ると言わんばかりにハキハキと言うことだけ伝えて、事務所へと帰って行ってしまった。
「…手紙?知らねぇな。」
手渡されたのは白い封に宛て字の無い”手紙”だった。
手紙の正体とは