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8/11

飯島悠也:4

 文化祭1日目の夕方、初日のクローズは2日目よりも早い。散らかった廊下を掃除するもの、もろかった装飾を作り直すもの、予想以上に売れ行きの良かった飲食店は追加の買い出しに奔走している。祭りの隙間、校内は気怠げな空気と忙しない雰囲気が入り混じっている。


 生徒会室の隣は通常PTA室となっているが、文化祭の開催中は文実の事務局として使用されている。

 生徒会役員もほとんどがそこに溜まっていて、今日の課題や明日の準備についてそこここで話し合っている。


 一方の生徒会室には、3人の生徒が集まるともなく座っている。


 そのうちの1人は、いつもの席に座っている飯島悠也。頭を机につけた状態でだらんと両手を下ろしている。


 一番奥のイスに座って、更にずっしりと沈み込むように突っ伏しているのは、3年生の大谷という男子生徒だ。昨年度の秋の選挙から生徒会長を務めている。

すでに疲労が限界なのか、あからさまな負のオーラを放っており誰も寄りつくことができないでいる。

 大谷会長は3年になっても、文化祭を含めた生徒会の役職をまったく気を抜かずに取り組んでおり、さらに文化祭では有志のパンクバンドに所属し、ギターボーカルを担っている人気者だ。今日のライブも大盛況だった。

 そんなヒーローも、受験勉強も加わった今期は流石にエネルギー不足と見える。明日も野外ステージを控えているのでチャージ中なのかもしれない。


 飯島の向かい側には、女子生徒が1人。どんよりとした2人とは違い、落ち着いた様子でパソコンに向かって、さっそく今日の記録をデータに起こしている。


 飯島が少しだけ顔を上げ、

「悪いね坂上、1人でやらせちゃって。あと10分だけ休ませて。」


 坂上と呼ばれた女子生徒は、飄然とした様子で返答する。

「いいよ。単純な打ち込み作業だからそんなに労力いらないし、複数人で分担するほどの量でもないから。」


 カタカタと軽快にキーを打つ音だけが聞こえる。


「今日、オープニングと午後と、舞台担当で大変だったでしょ。大道具も手伝ったり、けっこう肉体労働だもんね。お疲れ様。」


 目は、パソコンのモニターに映る数字を追いかけたまま、飯島に話しかける。


「あー、そうね。

 それもね。

 うん。

 ありがとおお。」


 それよりも飯島にダメージを残しているのは、午前中から昼にかけての出来事から受けた精神疲労の方だ。説明は特にしないけど。


 そういえば、と坂上が続ける。

「今日うちのクラス覗いたら、飯島くんと彼女さんの話でもちきりだったよ。」


「いやいや、カノジョじゃないって。」


 ガバッと身体を起こして否定する。説明を省いた急所を突如抑えられて、さすがに慌てふためく。


「そうなの?でも、田嶋と宇津木がものすごーく、はしゃいでたよ。怖がる彼女をフォローしてあげてたり、受付が気付かないうちに2人でそそくさと外に出てきてたり、あれはあの後ぜったいどこかにシケ込んでる!って息巻いてた。」


「あいつら…」


 田嶋と宇津木とは、飯島と由貴の2人に受付対応したクラスメイト。


(しかも、そんな話を坂上にまで…いくらクラスメイトだからって、そんな下劣な臆測を女性の前でするとは。見損なったぞ。。)


 坂上菜々子(さかがみななこ)は、理数科の数少ない女子生徒の1人だった。飯島と同じ1年5組で、すでに男子校ノリの荒波に揉まれたこの数ヶ月で、ちょっとしたハラスメントには動じない哀しいサガを手に入れてしまっている。

 キリッとした和風の顔立ちを包むような内巻きのセミショートボブに、茶色の縁取りの眼鏡が入学当初から変わらないトレードマークだ。男子にはかなり当たりが強いタイプだが、理数科内の希少価値も手伝ってか、かなりモテている。ちなみに当人は、言い寄る者をまったく相手にしていない。


「でも、文化祭で一緒に回るなんて、何かない方がおかしいんじゃない?」


 無表情のままで、珍しく話に食い込んでくる。女子のコイバナ好きは万国共通なのだろうか。


「なんていうか、今だけ謎に懐かれてるだけだよ。興味本位でウロチョロされてるっていうか…」


「そう。でも、どうするの?かなり噂立てられちゃってるよ?少なくとも理数科内では。」


(英文科でもね…)


 はあ。


「ま、しょうがないね。別にどうもしないよ。そのうちに飽きるだろ。」


「いいの?否定しないで。」


「みんな確証もなく騒いでんだから、本人が何も言わなければ落ち着いていくもんだよ。本人が焦って動こうとすれば周りも面白がって長引かせるだけなんだから。」


 しばし、手を止めて飯島の話を聞いていた坂上は、またパソコンに目線を戻した。


「ふうん。なんだか経験者みたいね。」


「別に、経験なんてなくても、なんとなく分かるだろ。そういうもんだよ。」


 さて、と言って、会話終了の合図とばかりに坂上はノートパソコンを閉じた。


 相変わらず仕事が早い。

 実は坂上を生徒会にスカウトしたのは、先に庶務として入っていた飯島だった。

 授業内の実験レポートの作成の速度と精度がいつも素晴らしく、その有能さから会計監査に推挙した。


「もう終わったんだ。さすがだね。いつもありがとう。」


「いいえ。飯島さんも無理しないでくださいね。お先です。」


「うん。おつかれ。」


 そして再び、スタートと同じダラけた体勢に戻る飯島だった。坂上といると生まれるわずかな緊張感からも解放され、よりダラけた。


 その姿勢のまま、


 あー。今日、なんてラインしよう…なんて考えてしまう自分は、ちょっと、どうかし始めているかもしれない。


 彼女じゃない。


 何もない。


 一番否定したいのは自分自身かもしれない。


日中、少しだけ貸した制服のワイシャツには、まだシャンプーの移り香が残っている


明けましておめでとうございます。

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