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藍沢由貴:4

 強く引き戻されて、自然に由貴は飯島の胸のあたりに包まれるような状態になってしまった。由貴はそのまま、飯島の方を向いて俯いている。


「あ。ごめん。」


「ドアにぶつかりそうで危なかったから、つい。」


「腕、痛かった?大丈夫?」


 飯島の方がこの状況に居た堪れなくなって、あれこれ言い訳を並べながら由貴から離れようとする。


 が、逆にぎゅっと飯島の胸ぐら辺りを掴んで、由貴が上目遣いの泣き顔で何か訴え始めた。


「ちょ。なに…」


「…なんか、いた。。」


「は?」


「なんか後ろにいたの!

ツンって引っ張られたの!

ドアのところまでずっと引っ張ってきたもん。

こういうところってやっぱ集まってくるんだ!!」


 何やら霊障のあるある話まで始めて、冷静なのかテンパってんのかよく分からない。


「ちょっと待って、どこ引っ張られたって?」


「左腕のTシャツの袖あたり…」


 と言いかけたところで、由貴はまた叫び声を上げた。

 が、今度のは恐怖からではなく、羞恥心からだった。


 裾の破れたところが大きくほつれて、たっぷりとレースのあしらわれた下着の紐が見えてしまっていた。


 思わず隠すようにうずくまると、ビビッとまた音がして更に破れてしまう。


「多分これだ。」


 飯島がTシャツから伸びた繊維をたどった先に、段ボールで作った扉があり、その一部から太いホチキスの芯が飛び出していた。そこに、由貴のTシャツの袖の切れ端も引っかかっている。

 引っかかっているだけのときに外せば良かったが、思い切り走って力がかかった為に一気に破けてしまったようだ。


「ったく、作りが甘いな。危ないよこんなの。そもそも段ボールにホチキスじゃ歯が立たないだろ。どういう意図でもって付けたんだか。」

 飯島は、クラスメイトへのダメ出しに余念がない。


(どうしよう、替えのTシャツ無いのに…)

 恥ずかしさと申し訳なさとで由貴は黙り込む。


「とりあえず出よう。」


 パッと自分の制服のシャツを由貴に着せる。

 中のお化け役の学生に具合が悪くなったと説明して、2人は外に出た。


 受付の2人が接客に気を取られていることを確認して、さっさと教室を後にした。


 向かった先は生徒会室だった。役員は、由貴が初めて来た時と同様に全員出払っている。


 シャツを羽織ったままの由貴を椅子に座らせて、飯島は奥の方の棚をガサゴソと漁りはじめた。


「たしか、この辺に…、あった。」


 色々な思いが込み上げてきて俯いたままだった由貴は、声に反応して顔を上げた。


「ちょっと俺いっかい外すから、Tシャツ脱いでくれる?」


「へ?!」


 驚いて見返すと、飯島の手にはソーイングセットが握られていた。


「俺は下にクラスTシャツも着てるし、その制服貸しててもいいんだけど、店番に戻る時にその格好じゃ困るでしょ。」


 言い残して、飯島は窓のカーテンを閉めて、自分もドアから出て行く。


 もはや由貴は言われるがままにする他ない。


「あの…Tシャツ脱ぎました。」


「はい。あとはそうだな…」


 ドアを開けて戻ってきた飯島は何か思案しながら由貴を見ている。


「そのバンダナ、使っていい?」


 *****


 チクタク、と時計の音が大きく聞こえる。そのリズムに合わせるように飯島が針を進めていく。

 文化祭の喧騒が心なしか遠のいたように感じる。


 時計の音をききながら、器用にバンダナを縫い付けて行く飯島の手捌きを、じっと見つめていた。静かで、穏やかな時間だった。


そういえば、こうして会話をしないで誰かと過ごすことって、あまりないかも。。


不意に、今自分が着ているのが飯島の制服のシャツだということを意識して落ち着かない気分になってくる。

ダボダボの半袖のワイシャツは、パリッとしていて清潔な石けんの匂いがする。勝手な想像だけど、飯島くんは自分でアイロンかけてそうだな。


 一言もしゃべらずに、30分ほど経った頃だろうか。


 本来のTシャツの柄にも馴染むように、微妙に角度を付けて縫われたバンダナは、むしろオリジナリティが出ておしゃれに見える。

 キュッと玉留めして、糸をチョキンと切って淡々と作業を終えた。


「飯島くん…お裁縫、上手だね…」


「え、そう?」


 聞き返してきたキョトンとした顔を見たら何かが解けて急に笑いが込み上げてきた。


「なんで笑ってんの?ここは感謝で咽び泣くところだよ。」


 しっかりとした体躯の男子高校生が小さなソーイングセットを片手に背を丸くして可愛い柄のTシャツを縫っている様が、ビジュアル的にツボを突いてきた。


「っいや。ごめん……っふっふ…ふ。

 なんか、緊張と緩和が絶妙すぎて……くっふっ。

 ありがとう。ほんとに助かったよ。」


 苦しそうに笑っている由貴を、理解できない、という風に腰に手を当てて見下ろしていたが、しばらくしてふっと笑顔に戻った。


「元気になったなら、良かった。ちょうど昼時だしメシ食いに行くか。」


「うん。


 …あっじゃあ!うちの店で奢らせて!お礼も兼ねて、大盛りサービスする!」


「あー、んん、…じゃあ。せっかくだし行こうかな。」


(英文の女子軍団には気がひけるけど…)


「ホットドッグは、うまそうだしな」


(ここで断ったらまた落ち込みそうだし…)


 案の定、噂の理系男子と由貴の同伴(?)来店により、7組の女子は色めき立ち、

収集が付かなくなったので、ホットドッグはお持ち帰りにして前庭のベンチで孤独に食べることと相成りました。


(由貴は店番&噂好きの女子たちに捕まり、店にとどまりました。)

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