飯島悠也:3
〈生徒会のお仕事って、休憩時間あるの?〉
〈さすがにあるよ。〉
〈空いてる時間にうちのクラスの店食べに来てよ〉
〈いいけど、ちょっと女子の圧が怖いんだよね…〉
〈じゃあ宅配してあげよか?〉
〈休憩は生徒会室にいる?〉
〈たぶん〉
〈休憩てどれくらい取れるの?〉
〈土日は一般客が入ってきてかなり忙しくなるだろうから、あんまりないかな。1日目はうちの生徒しかいないから入場管理とかないし、たぶんそっちのが余裕ありそう。〉
〈じゃあ明日、飯島くんのクラスのお化け屋敷、案内してね!〉
ん?
そんな約束してたっけ?
学食の誘いもそうだけど、ナチュラルにぶっ込んで来るよなー…
「他意はない…よな。」
いつも恥じらいなく、あっけらかんと誘ってくるから、照れるこっちが間違っているような気分になる。そして、悩んでいるのが恥ずかしくなり、応えてしまう。
自室の机でパソコンに向かいつつ、LINEのやり取りにも対応していたが、既にパソコンでの作業は30分以上進んでいない。
女子ってなんでこんなに返信早いの。
日常生活は滞りなく送れているのだろうか。
今は文化祭前日の夜9時ごろ。
文化祭実行委員会がもはやパンク状態で、作成できていない一般来場向けの配布資料の準備が生徒会に回ってきた。
昨年も作成しているはずの資料なのに、紙出力したものしか引き継がれておらず、見本を元に一から打ち込んでいる。
そもそも、全体の段取りが悪過ぎる。
自分が委員長だったら、あそこはあーして、ここはこっちに早めに準備させて…と色々と夢想する。
一年は入学したばかり、三年は受験の準備もあるため、自然と行事ごとは二年生が中心となる。
来年、自分たちがメインになった時のことを今から考えておきたい。これで飯島はイベントごとにはかなり力を注ぎたいクチだ。
前日の急な誘いにまた戸惑うが、断る理由もないので〈いいよ〉と返信する。
…そもそも。だ。
最初の『仲良くなりたい』も、あれどうなの。
相手があんな美人で、ちょっとトンでる人じゃなかったら、勘違いしてたと思う。
いや、勘違いしてもおかしくないよな。
なにか懐かれるようなキッカケでもあっただろうか。
この半月ほどで何度も反芻した疑問をもう一度頭の中で繰り返すが、自分の中には答えを見つけられない。
初めて会った時のことを覚えている。
なにせ、2人とも入学早々に式で役割を与えられた立場だ。
事前の学校説明会でも、同時に説明を受けた。その時は、ごく普通の人という印象しかなかった。先生への受け答えがハッキリとしていて、聡明な人だなと、さすが挨拶を任されるだけはあるなぁと感心もした。
次に会ったのは、入学式当日だ。
その時の方が印象に残っている。
2人は式中に役割のある人として、新一年生の縦列には加わらずに体育館の端、教員の並ぶ横に居場所を設置された。
自己紹介の挨拶くらいしようかとチラリと由貴を覗き見たが、叶わなかった。
式の間中、由貴は心ここにあらずといった様子で一点を見つめていたからだった。
新しい制服に包まれた、そわそわしながらも背筋を伸ばして並ぶ列を見つめる目は、およそ新しい季節を迎える清々しさはなく、どこか悲しげで、物静かな眼差しだった。
代表挨拶で名前が呼ばれると、パッと表情が変わり自信の溢れた笑みをたたえた、藍沢由貴らしい顔付きで登壇していった。
本当に仲良くなったら、どうしてあんな顔をしていたのか訊いても平気だろうか。
あの寂しそうな、似つかわしくない、それでいて不思議と惹きつけられる表情の意味を、知りたいと思った。
よし、とパソコンに向き直る。
と、同時に由貴からスタンプが届くが、一旦スルーして作業を再開する。
明日の朝も早い。
*****
「で?」
「で?」
「え?」
睨み合う(?)男子3人の間で、ニッコリと笑顔の藍沢由貴は、昨日の約束どおり1年5組の教室の前に来ていた。
時刻は11時。
飯島は朝の安全点検と各教室への巡回を終え、自分のクラスに戻ってきたところだった。
その横には、もれなく由貴が並んでいる。
「どういうことか、説明したまえ、飯島きゅん。」
黒縁眼鏡をかけた方の男子が、飯島に詰め寄る。
「やめろ。きもい。何がだよ。」
「何って!なにって、一つしかないだろ!お前生徒会が忙しいとかって言って、ぜってぇ嘘だろ!!いつの間にカノジョ作ってんだよ!しかもこんなカワイ子さん!」と、もう1人。
「彼女じゃない。」
被せ気味に飯島が否定する。
「「はぁ?!」」
級友らしい2人の声がハモってしまった。
その後もしばらく友人2人に詰め寄られている飯島を、由貴は得意げになったり不機嫌な顔をしたりしながら面白おかしく様子を見ていた。
いいなぁ、仲良さそう。
飯島が絞められて落ちそうになったところで助け舟をだす。
「友だちなんです〜。最近、お互いの得意な分野の勉強教え合ってて。勉強仲間っていうか。」
嘘だ。
しかし勝負相手、なんて言うよりかは信憑性が高い。説明も面倒だし。
飯島もコクコクと頷き、その言葉に乗ることにする。
「えーっそうなんすか?!飯島なんかより、俺たちに教えてくださいよ〜っっ」
「じゃあ今度みんなで勉強会しましょ」
「マジスカー!?えマジうれしいっす!楽しみっす!」
飯島は少しむせてから、慣れないキラキラ女子高生との会話に完全に浮き足立っているクラスメイトをじとっと眺めて「いいから早く受付してくれ。」と急かす。
2人の騒がしさで、まわりの視線がこちらに集まり始めていた。
そうでなくても、今日の藍沢由貴はいつもより目立っている。
クラスでお揃いの派手なTシャツは袖を切りっぱなしにして、腰回りはキュッと結んでいる。下はタイトでミニなデニムスカートを履いていて、サンバイザーは付けていないが大柄の水玉模様のバンダナをヘアバンドにしている。化粧もいつもより若干濃いめで、さながら80年代アメリカといった風貌だ。
2人はまだまだ由貴と話し足りなさそうにしていたが、「2名様ごらいてーん」
と中に声をかけて、2人に1つの懐中電灯を渡す。
(あいつら、俺が客だからってルール説明すっ飛ばしやがったな。)
「部屋は全部で4つ。中に、懐中電灯を当てると起動する仕掛けが各部屋5つある。それを全部動かすと、次への扉が空いて脱出成功となるんだって。」
「へえ。すごい、手が込んでる」
「ソーラーパネル使えば簡単だよ」
「さすが理数科だね」
「たしかに発想が理科の実験っぽいよな。」
と、会話をしながら進もうとすると、ツンと右腕が引っ張られて振り向く。すると由貴が入口から一歩も動かずに飯島のシャツを摘んでいる。
「あの、藍沢さん?」
「はい。」
「目を開けないと進めませんよ。」
「このまま引いてってください。付いて行くので。」
「もしかしなくても、怖いの苦手?」
「や。見なければ大丈夫。」
「それは大丈夫とは言わない。」
本人の深刻な顔とは反対に、飯島は笑いを堪えるのに必死だ。吹き出しそうになるのを無理矢理引っ込めて、気遣うように声をかける。
「あのさ、躓いたりしたら危ないから進む時は目を開けて。怖くなったら目をつぶって受け流せばいいから。俺が合図だすから大丈夫。」
「え、だってさ。外の装飾とこの音楽的にコレ絶対バイオハザード系だよね。むりむりむりむりむりむりむり。人がプレイしてるの見るのすら無理だもん。」
だめだ、会話が成り立たん。
「藍沢さん」
ちゃんと言葉が伝わるようにと、屈んで耳元で話す。
「よく考えて。ここは1年5組の教室。藍沢しんが普段過ごしている教室と構造も何もかもが違いのない部屋です。役者は全員同じ高校一年生。今日本にゾンビは発生していない。これは舞台の上みたいなもんだよ。」
「さ。目を開けて。」
じっと聴いていた由貴は恐る恐る目を開ける。と、目の前に飯島の顔があった。ちょっとニヤけてる。
「な、わらっ。こっちは真剣に…っ」
思わず少し吹き出ししまう。
「ごめん。あんまり深刻な顔してるから、つい。」
ふくれる由貴に懐中電灯を掴ませて、気が逸れている間に前に進ませた。
「そんなに苦手なら無理してうちの出し物に行きたい、なんて言わなきゃよかったのに。」
言いながらまた飯島は笑っている。
「結構、強がりなんだな。」
「だって…!」
(ヒトの気も知らないでっ)
そちらが勝負にもっと乗り気ならこんな仕掛けしなくても済んだかもしれないのに、というのが由貴の言い分だ。
恨み節の一つも言いたいところ。
こうして飯島の雑談にのっているおかげで、冷静を保って歩けている事実はさておき。
目を細くして極力まわりを見ないようにしながらも、由貴たちは着実に部屋をクリアしていった。
4つ目の部屋に差し掛かった時、不意に由貴は肩を引かれて服がつっぱった。
飯島は少し前で由貴を引くように歩いている。
……何かに引き留められている。。。
「きゃーーーーーーーーっっっ
きゃーっきゃーっっやだぁーー!!」
途端、弾けるように叫び出し、飯島をも追い越す勢いで由貴がかけ出す。
「あっ藍沢!」
たまらず、ドアにぶつかりそうになっている由貴の腕をぐっと掴んで自分の方へ引き寄せた。