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藍沢由貴:3

 二学期がはじまってから、あっという間に一週間が経過して、文化祭もあと4日後に迫った月曜日。


 その間に学校の中はみるみるお祭りモードが濃厚になり、いつもは無機質な廊下に色とりどりの装飾や各クラスの出し物を宣伝する貼り紙が溢れ、校内はにぎやかに活気づいている。

 生徒だけでなく教師にもなんとなく浮ついた空気が漂い、二学期のはじまりは正直、誰一人として授業どころではない。


 そしてその間、由貴と飯島との間にはとくに何も起きなかったことを明記しておく。せっかく交換した連絡先も、1ミリも活用していない。


 昼食を早々に食べ終わり、まっさらなトークルームと睨めっこしながら、由貴は机に突っ伏して呆けた顔をしていた。


「なほみぃー」


「なに?」


「会話が続くLI○Eのコツってなんですかね?」


「まずは一言目の挨拶を送ることが肝要ではないでしょうか。」


「一言目から相手の気を引くテクを私にください。」


「そんなの知る訳ないよー、あたしが。そういうのは由貴ちゃんの方が得意じゃない。」


ばっと顔を上げ、困り顔で奈保美を睨む。


「そんなの分かったら、とっくに初カレができてるよぅ!」


がくん。と肩を落とす。


「てかさー、、こう、勝負しかけた時点で『もしかして俺のこと…?!』みたいに意識し出して、勝負が決まる頃にはいい感じになるのかなーと思ってたんですよ。」


「ちょっと安易だったね。」


「そしたら、むしろ断られそうになるし。こちらの意図が全然伝わってないわ!

それどころか、ちょっと喧嘩ごしな感じで終わっちゃって、勝負に乗せることは出来たものの、完全に敵扱いというか…なんか気まずい状況に…」


そうしてまた机に沈みこむ友人をじっと観察しながら、奈保美が呟く。


「飯島くん本人にどう捉えられているかは分からないけど、ちょっと噂にはなってるみたいだよ。2人のこと。」


「えっ」


「この間の教室前とか、学食での2人を見かけたコイバナ好きたちが『何かある』ってそわそわ話し合ってるの、よく聞く。」


 この噂は由貴の耳には届いていなかったようで、へぇ〜…と意外そうに声を漏らしてしばらく、ぼうっとしていた。


それから腕を組み

「なるほど、外堀から埋めていくという手段もあるわね…」

と遠くを見るように目を細める。


「ちなみにどの辺りで噂になってるの?」


「女バレとバド部の子らが結構話しているみたい。たぶん発信源のメインは英文の女子かな。何人か所属してる子いるから。」


「なるほど〜…」


怖い顔をして考え込んでいる由貴をチラリとみてから、一つため息をついて奈保美は続ける。


「あと、今日の文化祭直前の学級委員会、主に当日の段取りについてだろうから生徒会役員も来るんじゃない?連絡するきっかけくらいにはなるかもよ。」


「おお!たしかに!天才か、あなたは!」


パッと顔を明るくして、どれどれ、なんて打とう…と気を良くしている由貴を見やる。


その表情は、恋をしている相手に会えることに、連絡内容に、一喜一憂している者のように見えなくもない。


…けれど。


それだけじゃないことも知っている。


「ゆきちゃん。あたしね、まだ飯島くんとのこと応援していいのか分からないの。」


くるくると表情が変わる由貴は、スマホから目を離して静かに奈保美を見返した。


「なほちゃんは、この勝負には反対ってこと?」


「…反対とか、賛成とかじゃなくて。心配なの、由貴ちゃんのことが…。ーーあとで後悔しないかって。」


一瞬、焦ったように視線を泳がしてから、振り切るように由貴はニカッと笑う。


それから、

「やらないよりやった後悔!」


と言い放った。


その顔をみて、奈保美からも、くすっと笑みが漏れる。

いつもの由貴だ。


「そっか、そうだね。」

「…でも、あたしはなるべく中立な立場でいようかと思う。そうしないと飯島くんが可哀想なことになりそう。」


「どゆことー?」


*****


 放課後の視聴覚室。

 飯島悠也は教壇の側に設置された長机の座席にいた。まだ学級委員会は始まっておらず、普通科の面々からパラパラと集まり始めたところだった。


 この時間この部屋に教師が来ることはおそらくないが、習慣で机の影になるところでスマホを見ている。


 開いているのは、一つだけスタンプが送られてきているトークルームだった。


 敬礼のポーズをした、見たことない子ブタのキャラがふざけた顔をしてこちらを振り向いているスタンプ。


(なにこれ。どう返すのが正解なの。)


 地味に悩んでいると、ガタガタと音がする。他の学科の学級委員たちがゾロゾロと入ってくるところだった。なんとなく慌てて画面をオフにして出入り口を見やると、スタンプを送信した張本人も入ってきた。


(まずい。既読無視の状態で顔を合わせてしまった。)


気不味い思いの飯島を他所に、由貴は目が合うとパッと表情を明るくして小さく手を振ってくる。飯島の方は、ちょっとした申し訳なさから変な会釈だけして目を逸らしてしまった。


(私は怖い先輩かなにかと思われているのか?)


気を悪くして、座席に着きながら飯島をみていると、いそいそと机の影で何かしている。

すると、スポンとメッセージが一通入ってきて、由貴の機嫌はいっきに回復した。


見てみると、よくCMでみかけるタヌキが汗をかいて両手を合わせている。


ほう。無料スタンプ派かな?


あれ?これは、もしや…?


ニマニマ。


委員会はちょうど始まったところだったが、いそいそとラインを返す由貴。(会議に集中しろよ)と内心毒づく飯島の考えなど届くはずもない。


会議が終わってから、こそっと携帯を見るとまたスタンプが来ていた。

またよく分からない、すごくイヤらしいニヤけ方をした、キツネのキャラだった。


しかし、ふむ。これは、こちらの意図は伝わったようだ。

でも、これに返せるスタンプがないな…とイベント欄から新しいスタンプを探し始めた。


*****


 会議の後、由貴は一番に部屋を出て帰宅の途についていた。今日は何を買って帰ろうかな…なんて頭の中でぼんやり考えながら。

 由貴の帰る方向は前庭を通る正門とは逆方向なので、昇降口を出るとUターンして、グラウンドの傍を通って裏門から帰る。


 薄暗くなり始めたグラウンドで、いくつかの部活がまだ練習している。


 よく響くソフトボール部の掛け声を聞くともなく聞きながら歩いていると、「おう、ゆき」と呼びかけられて我に帰る。


「今帰り?遅くね?」


今日も派手にスライディングしたのか、砂まみれの東貴由がネット越しに立っていた。首にかけたタオルで汗を拭いているが、そのタオルも泥だらけだった。


「うん。今日は学級委員会だったの。」


「へー!おまえ高校なっても学級委員キャラなのな。」


「別に。この学校だと、お祭り担当は学級委員だから、自分から立候補しただけ。」


「ふーん。ま、おつかれー」


「そっちも」


歩き出すと、また由貴の携帯が鳴った。みると今度はどこかの携帯会社のネコのキャラクターだった。


ふふっと小さく笑って、どのスタンプを返そうか、別の小さな悩みに切り替えてずんずんと歩き出した。


途中からスタンプの応酬の間に、会話も混ざり始めた。


〈今日の会議、ちゃんと聞いてた?〉


〈大丈夫だよ!飲食は前日、当日の衛生管理チェックと検食でしょ?ばっちりだよーん〉


〈ならいいけど。あと、あの最初のブタはなに?〉


〈あんまり気にしないでください〉


……。


……。


……。


帰宅後ものんびりと連絡が続く。

23時ごろになって、由貴が風呂から上がってスマホを見ると、クタクタに寝転んだライオンのスタンプが届いていた。


〈あっ飯島くんの負け〜w〉


〈しりとり『は』負けました。おやすみ〉


他愛のないやり取りだけで楽しいって、こういうことかな。なんかいいな。


ドライヤーをかけようと鏡の前に立って、だいぶ顔が緩んでいることに気付く。


誰にともなく誤魔化すように両頬をむにむにとマッサージして、髪を乾かす前に〈おやすみなさい〉と返信した。

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