飯島悠也:2
「断りたい」
「なんで?」
全くの意外な展開だ、とでもいうように目を見開いて由貴は尋ねた。
すでに出会って半日で疲れ果てている飯島は、また大きくため息をついて、自分にとっては当たり前の理由に答える。
「そもそも、なんで勝負なんてまどろっこしいことするのか分からない。理由は『仲良くなりたい』なんだろ。そしたら普通に友達になればよくない?」
「飯島くんて、漫画読んだりする?」
「週刊の漫画雑誌とかは」
(テストで勝負が定番パターンではない世界もあったよ、奈保美ちゃん)
「でも、学科が違うと会う機会なんて滅多にないよ。共通の話題を敢えて作った方が仲良くなれると思うんだよね。」
「そんなの話してみて出てきた共通の話題でいいだろ。LI○Eでも交換すればいくらでも会話できるし。わざわざ試験で勝負して話題づくりしなくてもよくない?」
「私、昨日も話題に出たけど、一学期は全然勉強に身が入らなかったんだよね。二学期はもう少しがんばらなきゃとは思ってるし、勝負に勝ってご褒美があるかもと思うとやる気も更に増すんだよねえ。」
「なんで俺が藍沢さんのモチベーションアップに協力しなきゃいけないの。」
「んー…それはホラ、効果がやっぱさぁ、違うからさあ。。
うーん。。あ、でもさ、二学期末考査はまだ先だよ。そんなに焦って答え出さなくても、近くなったら決めてもらってもいいよ?」
「もやもやとしたまま、引き延ばすのも嫌だったし。」
むむ、と腕を組んで、由貴は黙り込む。
断られることは、あまり考えていなかった。
それもそれで楽天的だったと、今になって思う。
(けど、その入り方が一番有効な気がするんだけどな。。)
というより、その方法しか思い付かなかった、というのが正しい。
そのまま天を仰ぐ。
*****
その日の昼、今度は行き慣れていない学食の入り口で飯島は佇んでいた。
家から持たされている弁当がいつもあるので、ここに用事があることはない。
初めて来た学食は、主な利用者が上級生で、同じ校内なのに雰囲気が違うようで、ちょっと気後れする。
そんな中、ガラス越しに2人分の座席を取って待っている由貴が見えた。ちょうど目が合って、飄々とした様子でこちらに手を振ってくる。
やむなし。諸々、意を決して中に入る。
「おつかれー。あ、飯島くんはお弁当だね!私、食券だけ買ってあるの。ちょっとご飯とってきちゃうね。」
朗らかに言い残して、麺類の列に並んだ。
帰ってきた由貴の手にはミニうどんの乗ったお盆。
「それしか食わないの?」
「うん。お弁当は4時間目の前に食べちゃったから。」
は。
「大丈夫!放課後用のパンも買ってあるから」
いやいや。
「撤回する。食い過ぎだろ。お腹、大丈夫?」
「なんか、高校入ってから、すんごいお腹減るんだよね〜。」
ケラケラと笑いながら、箸を割る。
「飯島くん、なんか私の友達の奈保美に似てるかも。普段は真面目で穏やかなのに、なーんか私にだけ当たりキツイっていうか、ツッコミ厳しいんだよね。」
あ、朝いた子のことね、と付け加えながら麺をすする。
(あなたといると、みんなそうなるのでは?)
その一言は心の中にしまいつつ、自分ものろのろと弁当の包みを解き始めた。
「藍沢さんのクラスは随分と文化祭の準備に力が入ってたな。何やるの?飲食系?」
「そう!ホットドッグ屋さんをやるんだ〜。みんなでアメリカンな格好してね。」
食事のクオリティより店内の装飾や衣装への気合いがとにかくすごいらしい。
サンバイザーをかぶってミニスカートを履いた藍沢由貴の姿が目に浮かぶ。
「飯島くんとこは何やるの?」
「よく分からんけど、お化け屋敷みたいなのって言ってたかな。脱出ゲーム要素のあるやつらしい。」
「へーっ面白そう。行ってみたいな。いい?」
「ぜひ、そうして。俺は生徒会で文実側の手伝いしてるから、クラスの方はほとんど参加できてないけど、がんばってるようだから、たぶん面白いと思うよ。」
「じゃあ当日も生徒会の仕事?」
「たぶんね。」
「なーんだ。つまんない。」
こうした会話をしている最中も、飯島はチラチラと周りの目線が気になって仕方がない。藍沢由貴は黙っていれば美人な方だし、男女ペアで学食なんてのは高校生にとっては、ちょっとしたデートみたいな目で見られてしまう。
弁当のおかずの味がしない。更に、この後に切り出さなければならない話があるのに、由貴からはいっこうにその話題をふってはこない。いつ自分から言うべきか悩んでいると、会話も少々うわの空だった。
そうこうしているうちに2人とも食べ終わり、席を取りはぐっている上級生の視線が刺すようだ。
すると、由貴はじゃあ行こうか、と言うように立ち上がる。
待て待て、まだ本題に入ってないぞ!
思わず引き留めて告げた一言が今回の冒頭となる。
*****
ふっと天井から、飯島の方へ視線を戻した由貴は、
「でもLI○E交換しとくってのは悪い案じゃないね。やろうやろう。」
そう言いつつ、いそいそとアプリを起動して飯島にQRコードを読み取るよう促す。
ポコンと音がして、友だち追加されたとほぼ同時くらいに、スマホをいじりながら由貴が呟く。
「怖いんだ、負けるのが。」
「は?」
表情が一瞬かたまった飯島をチラッとみて、しめた、と言うように由貴がニヤリとする。
「負けて私に無理難題をふっかけられるのが嫌なんでしょう。」
「え、なんで俺が負けると思ってんの?」
「私に負けると思ってるのはそっちなんじゃないの?だって勝てるんだったら、別に勝負しようがしまいが、飯島くんには何の損失もないでしょ?」
「俺は、試験を賭け事のように扱うことが、そもそも…っ」
「別に勝ったら自分が何も要求しなければいいだけじゃなーい。そしたら、賭けもなにもなし、でしょ?」
由貴の暗い笑みはますます大きくなる。
一拍の沈黙の後、飯島の低い声が「わかった」と答えた。
掛かった、と胸中でガッツポーズをする由貴は、裏腹なきょとん顔をしてみせる。
「基本は各学科共通の科目の総合点にしよう。学科特有の専門性が高い分野はそれぞれ一番ベーシックな授業を数学、理科として、そっちは英語として考えること。そのほかの専科の授業のテストは除外して考える。いいね。」
半分睨め付けるように話しながら、飯島は席を立ち上がる。乗り気でなかったはずなのに早々にルール設定をしてしまった。
こいつ、なかなかやるな。
受けて立つ、というように由貴はニッコリ笑って頷いた。
飯島悠也の苦難はここから既に始まっている。