飯島悠也:6
ひとまず学食を後にして、飯島は藍沢由貴を連れて、前庭にあるベンチのひとつに腰を落ち着けた。
そこに彼女を座らせて、手近な自販機で紙パックのジュースを買う。
彼女はもはや嗚咽まじりにまで発展していて、どうやって泣き止ませればいいのか、乏しい経験値からでは何も思い付かなかった。
しかし、自分のテリトリーにまで脱出してこられたことで、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
軽く深呼吸してから、買った飲み物を「これ、良かったら。」と落ち着いた調子で渡す。
いまだ鼻を啜りながらもジュースを受け取った由貴は、ぢゅーっと勢いよく半分ほどを一度に飲み干すと、ホッと一つ息をついて、遠く視線をとばして、ぐすぐす言いながらも多少落ち着いた様子になる。
そうして何度か深呼吸をしてから再びジュースを飲んだ。
ふうっともう一度息を大きくつくと、「ごめんなさい」と小さく呟く。
まだ少し、うるうるとしては涙をこぼすのを堪えている。
おそるおそる由貴の様子を確かめながら、飯島が尋ねる。
「ええと、どうして藍沢さんが俺に謝るの?」
「…だって。飯島くんに「何かした?」て気を遣わせるような態度をとってしまったから。」
え?
「ん、じゃあ、その、連絡こなかったのとかって俺が何か気に触ることをしたからって訳じゃないの?」
ぶんぶん、と首を横に振る。
そして、何か言いかけて、またじわじわと込み上げてきたのかしゃくり上げて目を自分の制服の袖で隠してしまう。
慌てて飯島はタオルハンカチを取り出して由貴に渡す。
自然とそれを受け取ると、目尻をタオルで押さえながら続けた。
「…そ、そもそも。それも、私の勝手な都合で。。
別に、飯島くんが何か悪いことした訳じゃないし。
なんだったらお世話になってしまって感謝しかないのだけど、私は恩人に対して後ろ足で砂をかけるような、避けるような真似を…っぐすっ。」
恩人て。砂をかけるとか。ちょっと、いちいち表現が大袈裟というか、ズレてるような気もするけど。。
少し、聞くのが躊躇われたが、ここまで来たら思い切って訊いてみることにしよう。
「ええと。避けてたのは、どうしてか訊いてもいい?」
できうる限りの優しい声色で尋ねると。
ピタリと止まって俯いてしまう。
あれ?何かまた間違えたか?やっぱ、訊いたらまずかった?
「…………………は、」
「は?」
「…………はず、かしかったから。。」
それだけ言うと更に俯いてしまう。
貸したタオルで目鼻を隠しているが、耳まで赤くして赤面しているのがよく分かる。
その反応の理由が分からず、顔を寄せるようにして、藍沢を伺う。
「助けてもらって、お礼しようと思ったんだけど。。
その、いろいろ、、、見られたこととか、他のことも…思い出しちゃって。
わーっとなるので、考えることを避けたと言いますか。」
そこまで聞いて、飯島もかあっと頭に血がのぼるのを感じた。
そう言葉にされると、トラブル処理を優先したために忘れ去られていた映像が瞬間的に蘇る。
暗かったなりに、結構きっちり記憶に残っている。
本能の力はすごいな。
「いや、そんなの、全然みてなかったよ、俺。」
「ほんとに?」
「ほんとに」
防衛本能からの嘘の瞬発力もすごい。
しかし白々しかっただろうか。
しばしの沈黙。
でも、先程の学食の中までのような気まずさはない。
「別に、そんなに恩を感じられても困るし、学祭のことは忘れてよ。
ただ、こちらが嫌な気持ちにさせていたら悪いなと思ったから確かめたかっただけで、砂かけられたなんて思ってないし。」
「でも…」
「とりあえず!」
それでも何が罪悪感を抱えたように続ける由貴を遮って、飯島が自分たちの手元を指さす。
「めし、食って話さない?」
少し笑ってみせると、由貴も泣き止んだ目元を緩めて頷いた。
それから二人は、そのまま並んで昼食をとった。
ごく普通の他愛無い話をぽつぽつとしながら。
文化祭の売り上げ、
生徒会の仕事の話、友人の話。
あー…そういえば。
「藍沢さん、あのさ。」
「え?」
「あの、学祭の時の約束ってまだ有効かな?」
「やくそく?」
由貴はどうやらピンと来ていないらしい。
ちょっとこれは、切り出しにくいぞ。
「あのー…あの、受付の二人がさ。あいつら盛り上がっちゃったんだよね。…あれから。」
「あ!ああー…勉強会ね?」
良かった、思い出してもらえた。
でも忘れていたとなると、やはり乗り気なわけ、ないよなぁ。
てか、さっきまで俺たちの交流も途絶えてたわけだし、話題にすべきではなかったか?
「いいよ。やろうよ。」
意表を突かれた顔で飯島は彼女を見返した。
意外にも明るい声と表情だ。
目元はまだ赤いけれども。
「え、いいの?あいつらうるさいよ?」
「約束しちゃったんだし、このまま反故にするのは悪いし。」
これは、とんだ嘘から出た誠になった。
しかし英語科に苦手分野を教えてもらえるのは自分にとってもありがたいかもしれない。
(それに、私にとっちゃ都合がいいわ。)
「え?」
「んーん、なんでも?」
ぼそりと由貴が呟いたことを飯島は取りこぼしたので、問い返したが、何故だかはぐらかされた。
「まあ、じゃあ、ありがとう。
こっちばっかり大所帯じゃあ居心地悪いようなら、友人連れてきてもらって。」
「そんなの、こっちの方が絶対うるさくなるよ?」
「…あー、そこは藍沢さんが適度にいい人選をしてくだされば。。」
興が乗ってきた由貴がクスクスと笑う。
「なに?」
「えっなんか…。合コンみたいじゃない?やだぁーうふふ」
「いや、勉強会だから」
それから、少し体育祭の話をした。
この学校では、体育祭はクラスの区別なく、奇数組と偶数組で紅白分かれての縦割りで競うのが代々の伝統となっている。
「飯島くんは5組だから、同じ団だね。」
「そうだね。よろしく。」
とは言っても、ものすごい大所帯なので新たな交流も何も、逆にないのだけど。
せいぜい何か団対抗の代表選手になったときくらいか。
「相変わらず、体育祭も生徒会のお仕事が忙しいんでしょう?」
「まあね。学級委員もいろいろあるんじゃないの?」
「文化祭ほどじゃないよ。
今は体育委員がクラス内では一番幅利かせてるかな。」
「そんな言い方…」
「その時の行事仕切ってるやつがクラスで一番エライのよ。体育委員の言うことは今や絶対なのです。」
「そういうもん?」
「そういうもん。」
気が付けば、二人とも昼を食べ終わって膝の上はきれいに片付いている。
由貴の涙もしっかり引っ込んだ。
「じゃあ、そろそろ行くね。昼休み終わる前に目を冷やさないとクラスの子たちに冷やかされる。」
「うん。なんかごめん。」
「飯島くんが謝ることなんて、何もないよ。」
由貴はそう言って、へにゃりと笑った。
立ち上がる由貴に軽く手を振ると、なんだか肺の隣がほくほくと温かくなる。
と同時に、ぐっと突然の息苦しさを感じる。
「あ!あのさ!」
飯島は無意識に立ち上がっていた。
ハンカチを片手に、お弁当箱を片手に持った由貴が振り返る。
なに?と首を傾げる。
なんだろう。
なにか言わなければと思ったんだけど。
それが何だったのか、彼女のまだ少し潤んでいる瞳と視線があった途端に、忘れてしまった。
「………また、一緒にご飯食べない?…月一くらいで。」
気付いたら、そう言っていた。
「…!いいねっっ」
由貴はパッと口角を上げて微笑んだ。
それから、またLI○Eするねと言いながら園庭を後にした。
後には、飯島とほくほくが残った。




