飯島悠也:5
土曜日の分の代休と開校記念日と、大型連休が重なり、文化祭が終わってから生徒たちが登校したのはちょうど文化祭の1週間後の金曜日だ。
この日は各教室の片付け、清掃がメインで授業はホームルームのみ。
前にも言ったように1年7組は当日の後夜祭にはほとんどの片付けが終わっていた。なので全体に割り振られた校内清掃にすぐに取り掛かる。
この学校の広々とした前庭は、高校の「顔」と言ってもいいほど気合を入れてデザインされている。青々とした芝生が中心に広がり、中心には開校から立つ大きな木。その木から四方の角に伸びるようにレンガの道が敷かれ、正門、西門、職員玄関、生徒用昇降口とをしなって弧をえがいたようなX線で繋いでいる。
周りにはアスファルトの道があり、それが芝を囲んだ長方形となる。そのアスファルトと芝に挟まれるように背の低い生垣と花壇とが交互に並ぶ。
生垣はきちんと刈り込まれ、今も色とりどりの季節の花々が咲き揃っている。この見事さは、日頃から庭の整備を怠らない庭師の用務員さんのおかげである。今日も、大きなツバの麦わら帽子を被ってタオルを首に巻き、枯れた花の根を取り除く作業をしている。
その前庭の清掃が担当となった7組勢はにぎやかに校内から出てきて、思い思いの掃除用具を取り、またある者は大きなゴミ袋を抱えて祭りの残骸たちを拾い集めていく。
用務員さんと並んで、もはや掃除というか庭いじりになっているものもいる。
校舎と特別教室棟は渡り廊下になっていて、庭に面している。体育館の清掃を終えた飯島はぼんやりと庭を眺めながら校舎へ向かって歩いていた。
学校見学で初めてみたときからこの庭がお気に入りで、この庭で戯れたりして過ごす学生生活に憧れて受験を決めたといっても過言ではないほどだ。
天気の良い日は中心の木の下のベンチで弁当を食べることもある。
ふと、竹箒の先にあごを乗せて突っ立っている黒髪の少女の姿が目に止まる。
「掃除しろよ…」
口を開けたまま遠い目をしているマヌケ顔にすこし笑って、独り言を呟く。
ーーーで。
そこから1週間。
何もなかった。LI○Eすらしなかった。
学校は次なる行事、体育祭に向けて各クラスの練習が盛んになっている。
しかし、2人の関係は微動だにしていない。
…おかしい。俺なんか怒らせるようなことでもしたかな。
プライド高そうだし、お化け屋敷怖いの笑っちゃいけなかったかな。。
Tシャツ、直すためとはいえ勝手にいじったのまずかったかな。
バンダナが実はお気に入りだったやつで、穴が空いて嫌だったとか?
はっもしや、ワイシャツ臭かった?!
教室の隅の机で悶々として頭を抱える飯島を、宇津木たちは勝手に解釈してニヤニヤしてから「そっとしておこう」という結論に落ち着いた。
ーいや。
モヤる頭で考える。
ーそもそも、向こうが絡んでこないなら願ったり叶ったりでは?
彼女のキャラクターにはちょっと付いていけないところがあったし、噂になるのにも辟易していたし、ラインのやりとりにも時間取られるし。
このまま関わらなくなれば、ここのところの俺の悩み全て解決じゃない?
無理矢理けしかけられた学期末の勝負だって、このままスルーしてしまえば良いわけだし。
よしよし。
何も悩むことなんてないじゃないか!
*****
ポコン。
「なんか来てるよ、ゆきちゃん。」
「へ?」
「スマホ」
奈保美に言われて、眠たげな目を擦りチラリと通知をみる。その瞬間、カッと見開いて、由貴はガバッと身を起こした。
〈また学食で、もう一席取っておいてもらいたい。少し話がある。〉
…なんか、こわい。
*****
昼食の時間になり弁当を持って学食へ行く。
前回利用した時と同じように、入り口から上級生たちでごった返しており、居心地がよいものではなかった。
そして、前回と同じように、彼女は座席をとって先に待っていてくれたが、以前なような落ち着きはなく、今の俺と同じように居た堪れない様子で縮こまって座席の一つに収まっていた。
「お待たせ」
一言かけて座ると、肩をぴくりと震わせて、こちらを一瞥するが、
軽く首を横に振って、下を向く。
これはいよいよ、自分が何か気に触ることをしたとしか思えない。
得体の知れない生き物を前にして、自分もまた俯き加減で、彼女が先にとっておいてくれた、正面の椅子に座った。
今日は早弁をしなかったようで、彼女も手弁当を自分の前に置いている。まだ開けられた様子はない。
こちらの言葉に反応して一度こちらを見たものの、また彼女は黙りこくっている。
…怖い。
何を考えているのか、まったく予想がつかない。
彼女が何か話している時だってよく分からなかったのだ、無言でいられては一層、皆目、理解しようがない。
ーー何か話さなければ。
強迫感から話題を探すが、何も共通の話題が思いつかない。
思えば、LINEでもなんでも、いつも話題を振ってくるのは彼女の方だった。
意味の分からないようなものもよくあったけれど、それにすら助けられていたと今になって痛感する。
そうして悩んでいる間に由貴の俯きは深くなるようで、それが彼女の怒りの度合い表しているような気がしておそろしくなってくる。
ざわつく食堂内で、自分たちの座るところだけが空洞になっている気がする。
ぎゅうぎゅうと脳みそが狭くなっていくように思考が限られていき、言いたいことだけしか頭に残らない。
もう。知らん。とにかく聞かなくては。
「あの、ごめ「あの俺きみに何かしたかなぁ!?」さいっっ」
はっっ
焦るあまり思いの外キツい口調になってしまった!
やばい、もっと怒られる!
…ん?今、藍沢、謝ってた?
この思考がコンマ1秒。
一瞬、驚いた表情をした藍沢の目から、ボロリと涙が一つこぼれるまでの時間。
一拍遅れて、自分の背中からぶわっと冷や汗が湧き出すのを感じた。
俺の表情に気付いてから、藍沢は慌てて涙を拭うが、拭けば拭くほど込み上げてくるようで、顔を赤くして焦りながら涙が止まらなくなってしまっている。
な、泣かせた…っ!!
片手を上げたまま、間抜けに口を開けて、少し腰を椅子から浮かせた状態で固まってしまったまま動けない。
はっとして、周りの騒めきの変化を察知する。
自分たちの周りの空洞は影響範囲を拡大させて、声をひそめて周りの生徒が俺たちの様子を伺っているのを感じる。
まずい。
このままじゃ完全に痴話喧嘩で女の子を泣かせた奴だ。
「ーーっっ、とりあえず、場所を変えよう。」
立ち上がって、藍沢にも学食から出るように促す。
無意識のうちに、手を掴んで連れ出してしまっていることには気付いていなかった。




