藍沢由貴:1
なろうは初掲載です。
よろしくお願いします。
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もう 同じことで悔やみたくないから。
動く。私から。
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柄でもないことなのは分かっている。
その自分の「柄」を知っている人間なんて、まだそこまで居ない今ならぶち壊せるんじゃないか。
そうやって、みんな高校デビューとかするんじゃないかと思う。
私がこれからしようとしていることも、ある意味では高校デビューなんじゃないかな。
勝ち組へ加わるためのデビュー戦。
夏休みの明けたばかりで、先生も含めて学校の空気は緩慢としている。登校初日から部活が始まるガチな運動部系の生徒と、放課後のダラダラとした気分を味わう少数派がまだ校内には残っている。
のんびりとした騒めきが、心地よい。
学食へ通じる一階の渡り廊下の辺りは空調の効いた室内の冷気と、残暑著しい圧力の高い空気とが、ぶつかり合って交わる。前庭の樹木からだろう、蝉の声が響く。
すぐそこに生徒会室がある。小さな部屋に長机が2つと、パイプ椅子が6脚、ぎゅうぎゅうに置かれている。
その1つに、1人座って黙々と資料を眺める人がいる。彼以外に、生徒会室に人はいない。
「飯島くん?」
軽くノックして声をかけると、その人が振り向いた。切長の瞳で目尻が柔らかい。眉が少し太めで、キリッとしていて、「誠実」って書いてあるような顔をしている。
緊張で少し締まった喉を引き剥がすようにハキハキとした物腰で続けた。
「急にお邪魔してごめんなさい。今、ちょっといいですか?」
「生徒会に御用ですか?あいにく今日は先輩達は来ていないので僕でわかる用事ならー…」
「違うの」
途中で言葉を遮られて、飯島くんは目を分かりやすくパチクリして、それから私の顔を正面から見た。
「飯島くんに、用があります。」
「俺に用事?」
さりげなく、一人称が変わる。
うん、そういうの可愛くてすき。
「私のこと知ってる?」
「英文科の藍沢由貴さんでしょ。知ってるよ。」
「どうして知ってるの?」
「そりゃ、入学式で代表で挨拶してただろ。学科が違くても顔と名前ぐらい分かるよ。」
「顔と名前以外は分かる?」
「頭がいいんだろうなってことぐらいは想像できるよ。あの挨拶って推薦枠の首席がやるんだろ。」
そこで、はた、と表情を固めて首を傾げる。
「あ、でも一学期末考査はあんまり振わなかったようだね。成績優秀者の掲示になかった。」
あ、少しイジワルい顔になった。
結構、表情が豊かなのですね。なるほど。
「大学受験までまだまだ先だもん。高校入試終わってやっと入ったのに、少しぐらい気抜いて過ごしたっていいでしょ。」
ーー『だからって授業中にずっと漫画読んでるのはどうかと思うよ。』
おお、空耳が聴こえる。
「ふーん」
「で、用事って何かな。さっきから質問攻めだけど、それ訊くためだけってことないでしょ? 逆にそっちは俺のこと知ってるの?」
「知ってるよ。飯島悠也くん。入学式で校章・学生証授与の代表で受け取った、一般入試、一位入学。理数科5組の出席番号1番。入って早々、生徒会の庶務にスカウトされている。頭がよくて、優しくて、困っている人はほっとけないタイプだね。」
そこまで聞くと少し訝しげな表情になるが、構わず私は続ける。
「飯島くん、二学期末考査で私と勝負しませんか?」
飯島くんの首を傾げる角度がさらに深くなった。
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『1年7組の藍沢さん、藍沢由貴さん、まだいらっしゃいましたら、放送室までお越しください。』
由貴にとっては馴染み深い、柔らかい声質が校内放送で響く。
膠着状態だった生徒会室の2人が、ハッとして思わず天井に目を向けた。
「ごめんなさい。呼び出しがかかったので、行くね。検討よろしく。」
飯島悠也は何か言いたげに「ちょっと」と手を伸ばしたが、由貴はヒラリと身体の向きを変えてすぐさま生徒会室から出て行ってしまった。
1人残された飯島は、口を開けたまま、行き場のない左手を降ろすこともなくしばらく呆然としていた。
自分が客観的に見てマヌケな姿だと気付いて、慌ててパイプ椅子に座り直して、資料に再び目を落とす。
「何だったんだ今のは。」
けれど、頭の中にあるのは今しがた姿を消したばかりの同学年の少女のことだった。
「どういうつもりなんだ、あの人。」
頬が心成しか、上気している。
独り言が漏れてしまっていることには気付かないようだったが、幸い、それを聞く人は室内にはいなかった。
しばらくは週一更新くらいで予定しております。
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