16 連鎖
コッコから飛び出した思いもよらない証言に、バタルはつかの間、自失してすぐに言葉が出なかった。
「この島にも、食人鬼が?」
バタルたちも食人鬼とは虹海の上で遭遇したのだから、虹海の真ん中にあるこの島に出没するのも当然と言えば当然かもしれない。けれど人を主食としている食人鬼が、人の住む土地でないこの島に現れる道理が分からなかった。
コッコは首を丸めて羽繕いをしながら、バタルの疑問によどみなく答えた。
「ロック鳥が捕まえてくる人間を横どりしにくるんだ。ロック鳥は獲物を巣に持ち帰ってから食べるからな。巨人もそれを狙ってここに住んでるってわけだが、食人鬼はその巨人からも盗んでいくんだから意地汚いったらない」
そこまで聞いてバタルは、ロック鳥と食人鬼が海上で獲物の人間をとり合っていたのを思い出した。それもまた、この島で起きていることの延長と言えるのだろう。
「よくそんなことを知ってるな」
バタルは素直に感心した。やはり態度が大きいだけの鸚鵡だと侮ることはできなさそうだ。けれど調子に乗りやすいのもまた、コッコという鸚鵡だった。
「当然! オレ様は誰よりも、ものを知っていると言っただろう。オレ様に教えを請いたいなら、いつだって歓迎してやるぞ」
「それはいいかな……」
鳥としてはかなり賢いのは事実だが、それがそのまま人間に通用するかと言えば別問題である。コッコの横柄な態度も、鸚鵡だからある種の愛らしさで許されているのだが、彼にその自覚があるとは思えなかった。
「でも、食人鬼が出るようになったのはここ数年のことよね」
コッコの話を補足をするように、ウマイマも話題に加わった。バタルは正面にいるコッコから、隣に座る鏡の魔人へと視線を移した。
「分かるのか」
「そりゃあ、もちろんよ。あたしだって、この島には結構長くいるんだもの」
ウマイマの発言に、コッコもうむうむと声を出して頷いた。
「確かにそうだな。食人鬼が人間を横どりするようになったから、巨人も食べものが減ってオレ様みたいな小さい鳥まで捕まえるようになったんだ。これまで見向きもしなかった癖に、いきなりだぞ。ひどいと思わないか」
閉じ込められている間の鬱憤を再び湧き上がらせて、コッコはその場で足踏みした。また新たな事実の浮上に、バタルは顎に手を当てて昨日と今日で見てきた島の様子を思い返した。
「もしかしてこの島でロック鳥以外の動物の姿を見ないのは、巨人に狩り尽くされたからなのか」
「もうそんな状態にまでなってるのか!」
コッコは鳥籠を蹴って飛び上がり、勢い余ったように宙返りして驚きを表した。
緋色の鸚鵡の反応で、間違いないだろうとバタルは確信を得た。鸚鵡の一羽や二羽で巨人の大きな体を維持できるとは思えない。ロック鳥の肉は生きものをあっというまに太らせて家畜化してしまうので、常食としては選択肢には入らない。その条件で食人鬼に奪われた分の食料を調達しようと思えば、島の動物を狩り尽くすことになるのは必至だ。そしてそれはそのまま、ロック鳥の食料事情にも当てはまる。
ウマイマと反対隣に座っていたゼーナも同じことを考えたらしく、呟く声で言った。
「食人鬼のせいで食料が足りないから、ロック鳥もそれを補うために行動範囲を広げている、ということでしょうか」
「そうだろうな」
同意して、バタルは胡座に頬杖をついて思考を整理した。
「虹海の貿易船ならそれなりの数の人間が乗っているし、場合によっては馬や駱駝なんかの大型動物が乗せられることもあるだろう。巨人に多少とられたとしても、一艘沈めればロック鳥の獲物としてそれなりに大きなものだったはずだ。それが食人鬼の出現で船の航行自体が減って、さらに貴重になった獲物を横から持って行かれたんじゃ、食料危機にもなるだろう」
とにかく妹ファナンさえ見つけて救い出せればと行動をし続けてきたが、それだけでは済まされないところへ入り込んでしまったようだ。ファナンの所在を突き止めるにも、故郷を襲った悲劇を再び起こさないためにも、とにかく食人鬼の行動を追う必要がある。バタルは、明らかになっていく事態の深刻さに辟易した。
「食人鬼が人間をどこに連れ去っているかは分からないのか」
問いかけに対して、コッコが初めて言葉を詰まらせた。首を傾けて、あー、だの、うー、だのとしきりに呻くが、一向に言葉が出てくる様子がない。分からないならそう言えばいいと思うのだが、誰よりももの知りだという矜持がそれを許さないようだ。いよいよ埒が明かないといったところで、ウマイマが先に答えた。
「食人鬼は島の外から来てるから、あたしにも分からないわ」
「そう、そうだ! あいつら、海から来るんだ」
ウマイマの言葉に便乗する形で、コッコはさも自分の発言であるように続けた。
「あいつら黒い船で来て、ロック鳥の巣と巨人の家に話せる状態の人間がいたらみんな連れていくんだ。もう死んでたり、ロック鳥を食べてぶよぶよになったのはほったらかしていくから、相当偏食だぞあいつら」
「人間ならなんでもいいわけじゃないのか」
コッコが目撃した時点のファナンは声を出せるだけでなく、それなりに無事と言える状態だったと思っていいのかもしれない。けれど手がかりとして追う対象がロック鳥から食人鬼に移り、捜索はほぼ振り出しに戻ったと言えた。
嘆息してバタルは体を反らせ、後ろに両手をついた。見上げた空には星が輝いていたが、砂漠の乾燥した空ほど繊細な陰影を生む色合いはしていない。それでも、一つ一つが存在を主張する小さな輝きもまた美しいと、バタルは思った。
「なんか……ままならないな」
バタルの弱音は、西の残照と共に宙へ溶けて消えた。