決闘
模擬武台の奥の方、つまり入り口の反対方向に立つ。
振り返れば武咲が俺を睨みながら壇上に上がってきていた。
彼女が上がってくると同時に、会場は大いに盛り上がる。
そして俺に対するヤジも聞こえてくる、が知らんぷりしておこう。
俺は軽く柔軟しながら彼女の目を見て、彼女に向かって聞く。
「戦闘経験は?」
「……幾度か。そういう貴方は」
「まぁそれなりには」
「……」
ゾッとするような睨みが更に強くなる。
あまり目を合わせたくないが、これから戦う相手である以上、見合わなければならない。
とっとと終わらせたいところだ。
(無能力者相手に、どれだけ油断しててくれるのか……まぁ、あの目はガチでやる、って目だろうけどさ)
俺は中心へと歩いて行き、お互いの距離が大方三メートルのところで立ち止まる。
そこに突然姿を現した校長がマイクを片手に声を上げる。
「両者、準備はいいか」
「俺はいいぜ。いつでもやってやるさ」
「同意です。いつでも始めてください」
「……了承した。制限時間は十五分、どちらかが戦闘不能と見做した時点で強制終了、決着とする。それでは、両者構え」
俺は腰を低く落として、いつでも拳を繰り出せるように構える。
対するやつ、武咲は少し腰を落として体を丸め、その両腕をクロスさせてはためくパーカーに手を当てる。
「初めッ!!」
そういうと同時に校長は姿をくらませる。
俺がそれと同時に走り出そうとした、その瞬間に奴はニヤリと大きく笑う。
奴の手の先、パーカーの下を見ればなにかが音を立てて落ちて行く。
丸いものだったり、円柱のものだったり。
(……ま、まさかアレ。グレネードかッ!?)
彼女から落ちたものは爆発すると同時に、煙幕を撒き散らし会場を煙で閉ざす。
俺は咄嗟に離れようとするも、煙幕が想像以上に大きく、あっという間に巻き込まれてしまった。
かなりの威力、というより大きさのようで、席の方からキャーキャーと騒ぐような声が聞こえる。
(スモークグレネードだったか……音が、聞こえねぇ)
耳を済ますも観客席からの声で、奴の足音が搔き消える。
すぐ近くにいるはずなのに、その音が耳に入ってこない。
と言っても特に問題はない。
元から耳に頼るつもりはなかったのだから。
風切り、即ち指先に当たる風の行き道で大方居場所を破ることができる。
奴の居場所、つまりは俺の背後。
「そこかッ!」
「なぁっ!!?」
と、言って地面に人差し指を突き刺す。
瞬間、俺の背中で一つの柱が突き出る、なんの前触れもなく、突然に。
その柱に押し出されたのは両手に二本の剣を構えた武咲だった。
武咲は見える限りでは、煙幕の外に押し出されており、なにが起きたのか全く理解できず困惑している。
だが頭を振った次の瞬間には、その顔から困惑の色は消え失せており、両手に持っていた二本の剣をこちらに向かって投げてきた。
俺は体を軽く逸らして避けると、刀を片手に持って突きの構えで落ちてくる。
その攻撃も少し後ろに下がって避けると、落ちてきた彼女はそのまま横に振り払う。
振り払った刀は途中で手を離しぶん投げたかと思うと、そのまま手の先から出した片手剣を俺の首元に突きつける。
「なに、今の」
「……なにが?」
「さっきのあれ……ですよ」
彼女は口調が変わりかけていたことに気づき、すぐさま元に戻して俺の目を見てまた睨む。
怒りにも近い睨みはちょっと怖かった。
さっきから当てられ続けて、慣れ始めていたが。
それよりもと、喉元に剣を当てられたまま俺は説明を始める。
「……アレが俺の戦闘手段だ」
「戦闘手段……?」
「今のは《突岩》。俺たちはそう呼んでいる」
「ーー意味が、わからない。アレは……能力じゃ、ないんですか!?」
「違う、能力じゃない……多分、言ってもよくわかんないと思うが……俺の技は『ツボ』を押すんだ」
「……は?つ、ツボ?ツボって……え?」
「経穴だよ。人体の体に様々な健康的影響を与えるアレ。例えば、こんな風に」
そう言って剣の腹に親指を突き刺すと、剣は音を立てて砕け散る。
彼女は酷く困惑して、咄嗟に後ろに下がって俺から距離を取る。
「なにが、一体、どう言うことっ!!なにが経穴よ!武器は人じゃないわ!!」
「なにって言われても……見ての通りだけど。俺は、いや俺たちは、ありとあらゆるもののツボを見る。そして押す。と言ってもできることはかなり限られるんだがな」
「……ああそう。わっけわかんないわっ、クソッ!!」
彼女は怒りを吐露するように叫んで両手に剣を取り出す。
二本の剣を持った彼女は、走り出すとその剣をぶん投げる。
俺は軽く避けるも、その投げた剣を隠れ蓑にして彼女は刀を手に接近していた。
咄嗟に俺は近くに踏み込んで二本指で刀をそらすと、刀を持っていた手を反対の腕で掴む。
「俺も詳しく理解してねぇけどさ、これが俺の力だ。テメェらが持つ能力と大して変わらねぇよ」
「なにがーー変わらないって言うのよッ!」
反対側の手でナイフを取り出し、俺の腹めがけて突き刺そうとするが、俺は親指を奴の額に突き当てる。
その瞬間、奴の手からナイフが落ち、彼女はゆっくりと前のめりに倒れた。
起きようともがくも、体が上手く動かないようで、手をつくことすらできなさそうだった。
「才能ってことだよ。能力だって才能みたいなもんだろ。手に入れた時にわかる、明確な才能だ。俺も才能があった。だからこの力を持っている……ああそうそう。今放ったのは《転天》 つってな。しばらくまともに身動き取れなくなるからよろしく」
「まだ、まだ私は、負けてないッ!!負けてなんかーー!!」
「そこまでだッ!!」
武咲が能力を使って武器を手に取ろうとした時、校長先生の声が響き渡る。
「勝者、押木 藤真!救護班、急いで武咲 華乃を運べ!」
「まって、くださいっ……!!わたし、は、まだっ……!!」
「終わりだ、武咲。押木に伝えたことがあるんなら後で話すんだな。奴も、勝った報酬を言い渡すようだからな」
「っ……!!」
「武咲 華乃。また後でな」
俺は彼女にそう告げて、シンと静まり返った会場を後にした。