入学式
やっとの思いで辿り着いた学校の校門は非常に大きく、獲物を待ち構える獣の口を思わせた。
さっき知り合った二人の姿を探そうと周りを見てみるも誰もいない。
と言ってもあの体格と髪色じゃすぐ見つかりそうなものだが。
そもそも時間がギリギリなのもあって人はかなり少なく、その上皆何処かへと足早に向かっているのだ。
(せっかく知り合った奴らだから、挨拶ぐらいしときたかったが……ま、いいか。これからいくらでも機会はあるだろうし)
一先ず入学式があるはずの体育館へ急いで向かおうとした時だった。
少し離れたところ、と言うより下の方にある校庭に隣接した駐車場のところに、制服の上に丈の長いロングパーカーを着ている一人の少女の姿が見えた。
その少女を含めた周りに特に異変があるわけでは無い。
ただ、少女自身を何処かで見たことがあったのだ。
(なんかテレビで見たことがあるような……あの暗めの赤色の髪に、白のメッシュ……それにあの顔、どっかで……)
見たところこの学校の関係者と話している様子。
かなり気になった俺は少し観察しようとしたところで、突然鳴り響いたチャイムに驚いて振り返る。
振り返った時に見た時計が指している時間は入学式が始まる五分前。
これはまずいと少女のことも忘れて俺は駆け出していた。
少女の突き刺すような視線に気づかないまま。
そこから兎にも角にも死ぬ気で、全力で走った。
目的地目指して脇目も振らず一直線に。
その末に俺は息を切らして、体育館の入り口に立っていた。
正しく言うと、体育館の二階席の入り口、だが。
「ギリギリ、か?」
俺は振り返って真上に設置された時計を見上げる。
時間は2分ほど経っており残り3分と言ったところだが、席に座っていない人たちもそれなりにいてなんとか間に合ったことに一安心する。
席は特に決められていないようで、どこか適当なとこに座ろうと辺りをぐるぐる歩いていると、身に覚えのある顔、と言うより髪と巨体が目に付いた。
(なんだ、既に入っていたのか)
俺は歩き回る人たちの隙間を軽々と通って行き二人の席の元へ向かう。
「隣の席、空いてるか?」
「ああ。空いてるよ……って君は、押木くん?」
「む、お前もなんとか辿り着いたか。この体育館はいい、涼しい」
俺はその言葉に頷いて二人の隣に座る。
「だな。特に氷雪、お前の隣はいい」
「僕はクーラーじゃないんだけど」
氷雪はジッとした目で見つめてきたが、その直後に体育館の電気が消える。
そして中心の壇上にスポットライトが当てられ、そこには一人の女性がマイク片手に立っていた。
女性はぐるりと体育館を見渡すと、マイクを投げ捨て大きく手を開くと言い放つ。
「やあやあ諸君!私はこの学園の理事長の果無 無撃!あの太陽坂を乗り越えてよくやってきたな!!有象無象のガキども!!」
マイクを使っていないはずなのに、思わず耳を塞ぎたくなるような大音声が会場を包む。
理事長の果無さんは大きな笑みで周りを見つつ、さっき投げ捨てたはずのマイクを拾って言葉を続ける。
「太陽坂、うちの学校の伝統入試だ。入学式に間に合わなかったら取り消しって言われて気づいた奴は何人いるかな?本来はもー少し色々とネタ仕込んでたんだけど。ま、今年はちょっと特例ってことで。あ、ところで太陽坂の由来についてなんだけど、これまた変な話でさー。ある生徒がーー」
と、なんだか変な方向に話が進み始める。
聞いてもいないことをベラベラの次々と話し続ける。
新たな話題が出るたびにその話題のことを追及していって、多分永久に終わらない話になるだろう。
俺はそんな話を聞く気にはなれず、思わず二人に話しかけてしまった。
「なかなか酷いな。アレ」
「……えっと、アレにはなんと答えればいいのか」
「答えにくいな。アレは」
「そうかそうか!確かにコレは酷いかもな!」
そんな言葉を耳元で聞いて俺たち、いや俺たちを含めた前にいる生徒たち全員が振り返って騒めき出す。
なんせそこにはさっきまで、一階の壇上にいたはずの理事長が立っていたからだ。
いつのまに、と考える隙すらない。
「人が話しているときは黙って聞くものだぞ、少年たちよ!ま、つまんないか!あはははははっ!!」
そうして身を屈め席の後ろに隠れた瞬間、理事長は壇上へと戻っていた。
(まるでマジックだな……)
だがマジックとは明確に違うことは理解できる。
なんせここにはマジック以上のことができる人が勢揃いなのだから。
それは当然、理事長含めた教師たちも、そして隣にいる氷雪も。
「さーて。時間押してるらしいから次移るよ!毎年毎年の恒例なんだけどさ。太陽坂で一位ゴールの子には壇上で挨拶してもらうことになってるんだよね!と言うわけでどうぞ!武咲 華乃ちゃんです!」
その言葉で更に生徒(仮)たちは騒めき始める。
聞き覚えのある名前だから、ってのが主な理由なのは間違いないだろう。
(武咲家、ね。かなりの大物じゃないか)
武咲家、そこの当主が現最強能力者だとかなんとか。
色々と話題になることが多い人物でテレビのニュースや新聞に載ることも多い。
その子供たちも当然のように、テレビや新聞に載って日本中に顔が知れ渡っている。
と言ったところで思い出した。
(あの、駐車場にいた子。まさか……!)
思いついた時、壇上に姿を現したのは一人の少女。
暗い赤の髪に白のメッシュ、整った可愛らしい顔立ちだが、睨みつけるような視線には蛇だって固まってしまうだろう。
(まぁ……固まるのは俺なんだけどさ)
だってその視線はずっと、俺に注がれているのだから。
「ご紹介に与りました、武咲 華乃です。皆さんご存知の通り、私は武咲家の一人です。ですが、この場においてはそんなもの些細なこと。そんなことよりも、私にとって問題はたった一つ」
そう言ってゆっくりと指を指す。
その指は、確実に、俺の方を向いていた。
俺は思わず周りを見渡すが、その指の向いている先が間違いということはないらしく。
彼女の狙いは俺一人ということらしかった。
「押木 藤真。貴方に退学を賭けた決闘を申し込みます」
彼女はしっかりと指を向けたまま、そう言い放ったのだった。