2.姉の名?
「お父様、お母様、いかがなさいましたか?」
屋敷に戻ったワカナは笑顔で問いかけるが、両親は悲壮な顔を浮かべている。不思議そうな顔をするワカナに向かって、彼女の母でソノーザ公爵夫人『ネフーミ・ヴァン・ソノーザ』は震えながら口を開けた。娘と同じ金髪の髪を後ろにまとめた碧眼の淑女だ。年齢よりも若そうな外見をしている。
「ワカナ……。あのね、サエナリアがいなくなったの……!」
その叫びに続くように、珍しく屋敷に戻ったソノーザ公爵こと『ベーリュ・ヴァン・ソノーザ』も重い口を開いた。黒目で茶髪のオールバックが特徴の壮年だ。結構ガタイもいい。
「ワカナ。驚くのも無理ないかもしれないが、サエナリアがいなくなったのは事実のようだ。こんな書置きを残してな」
ベーリュはサエナリアが残したという書置きをワカナに見せる。そこにはこんなことが書かれていた。
『拝啓、ソノーザ公爵家の皆様。突然ですが、わたくしサエナリアは公爵家を出ていきます。何故なら、わたくしは公爵家に必要とされていないことを思い知ったからです。血の繋がってるだけの赤の他人として一緒に暮らしていくのにも限界が来てしまいました。今までお世話になりました。さようなら』
「私も知らせを受けて屋敷に戻ったばかりだがな。全く、どこへ行ったのやら(ただの家出で済めばいいのだがな)……」
両親は長女がいなくなった事実を次女に伝えるが、ワカナから予想外の返事が返ってきた。
「ねえ、サエナリアって、誰?」
「「え?」」
両親は、次女が何を言ってるのか意味が分からなかった。こんな時にふざけているのだろうか。
「な、何言ってるの、ワカナ。あなたのお姉さまのことよ」
「ああ、そういえば、そんな名前だったわね。お姉さまって」
「「…………っ!」」
ネフーミは母親として目を丸くするほど驚き、ベーリュは父親として信じられないといった顔で妻と次女の顔を見比べた。演技でもしてるんじゃないかと疑ったがそんな様子は感じられない。
「……どういうことだ、ワカナは姉の名を覚えていないようだが?」
「そ、それは……。あの子は、ほら、若い娘だから……」
「馬鹿を言うな。あの娘はもう十五歳だぞ。それで姉の名を覚えていないなど普通じゃないだろ」
「で、でも……」
「私は娘たちの教育に関してはお前に任せっきりだったが、侍女も執事も教師も雇う金は惜しげなく出してやったんだぞ。なのに……」
目を鋭くしてベーリュはワカナを見る。ワカナは長い金髪で碧眼の麗しい少女だが、こんな状況なのに「お菓子とお茶は?」などと能天気なことを口にしている。外見だけなら自慢できるが、中身に問題があるのはまるわかりだ。社交界に出たら心配事が絶えないだろう。最悪、非常識な笑い者だ。
ベーリュは姉妹に何か嫌な予感を感じる。最悪、これは単なる家出で済む問題じゃないかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
「我が家で雇っている使用人を皆集めろ。聞きたいことが山のようにある!」
呆れといら立ちが混じった声でベーリュは怒鳴った。少しして、ベーリュの悪い予感は予想以上に的中した。