筋肉だるま
朝、散歩をしていると、筋肉だるまを発見した。ムキムキマッチョに対して、筋肉だるまと言っているわけではなく、あの丸くて赤いだるまのことを指しているわけだ。
普通のだるまは球体をしているが、筋肉だるまはそれに腕が生えている。左右から筋肉に覆われた腕が生えているのだ。
「なんだ、これ……?」
手に取ってみようと、伸ばすと、僕の手を振り払った。
「儂に触るでない」
上下左右を見てみるが、周囲に人はいない。とすると、声を発したのはこの筋肉だるまということになる。……はて?
「あの、あなた――」
「儂は筋肉だるまだ」
「はあ。その、筋肉だるまさんは一体、ここで何をやっているのですか?」
「儂はただ、佇んでいる」
「はあ」
まるでわからない。
筋肉だるまの大きく黒々とした目がぎょろりと動いて、僕のことを不躾にじろりじろりと見つめてくる。
「君、もう少し鍛えたらどうだね?」
「鍛える……」
僕は半そでシャツから出ている、自らの腕を見てみた。
ガリガリと表現するほどではない。けれど、ムキムキとは程遠い。どちらかというと細くて、筋肉だるまの腕の半分以下のサイズしかない。
「儂は常日頃から、体を鍛えている」
といっても、彼が鍛えられる部位は、腕くらいしかない。丸い顔は鍛えようがないと思う。だから、腕がここまでムキムキなんだろうか?
「筋肉だるまさんはどうやって鍛えてるんですか?」
「儂はだな、主にこのような感じで……」
筋肉だるまは地面に両手をつくと、逆立ちをするような体勢で歩き出した。
「歩くだけで、かなりの負荷がかかる」
「なるほど」
人間の僕が逆立ちして歩いていたら、かなり目立つだろう。そもそも、僕に逆立ちして歩けるほどの筋力が果たしてあるのか……?
「どれ。君もやってみたまえ」
「え、僕がですか?」
「ああ、そうだとも」
断るのもなんだし、僕はその場に手をついて逆立ちをした。
「ぐうっ……」
なかなかきつい。全身の体重を両腕だけで支えなければならない。脚より腕のほうが華奢なのだ。これはきつい。
「さあ、歩くのだ」
「ふう……ふう……」
僕はゆっくりと、一歩ずつ、手を前に出して進んでいった。
頭に血が上る。腕が震える。そろそろ限界だ。足を地面について、立ち上がった。血が足のほうへと下がっていく。手が痛かったので振ってみる。
「全身を鍛えるのなら、ジムに通うのがいいと思うぞ」
筋肉だるまにジムを勧められるなんて、今後一生ないだろう。
そもそも、筋肉だるまってなんだよ。僕はその存在を当たり前のように受け止めているけれど、よく考えてみるといろいろとおかしい。だるまが喋ることとか、だるまに腕が生えていて、しかもムキムキということとか……。
「では、さらばだ!」
僕が質問責めにする前に、筋肉だるまはどこかへと去っていった。
あれは一体何だったんだろう? 幻覚の類だったのだろうか? それとも、実在しているのか? そんなことを思いながら、僕は家へと帰るのだった。