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思いの丈を思いつくままにぶちまけたら思いの外に意外な展開がやってきた

作者: 伊勢新九郎

「うっせぇんだよ、だいたいお前さぁ、初対面で何でそんなにズケズケくるんだよ」


 そう俺は今、最高にトサカに来てるんだ。この目の前の女ったら、ふざけたことばっか抜かしたまうんだよ。いや俺だって、怒ったら負けだって分かってるさ。初対面ってのも、俺にも言えるわけで。しかも女相手に暴言吐いたら、完全に俺が悪者になる。挙げ句の果てにさ、こいつは。


「それは貴方が気になったからよ」


「……!! 何だよ、その理由は」


 黒髪黒目で手足はすらっとしていて、まぁ、美人だ。ひたっとこちらのマナコの奥の奥まで見据えてきやがる。


「確かに貴方と私が話したのは、今日が初めてと言える」


 びしっと人差し指を立てて、片目をつぶって講釈をたれてきた。


「……それで?」


 気勢を削がれて、頭をかきながら続きを促す俺。


「けれど私はずーっと見てきたんだ。貴方のことを」


 ぐいっと近づいてくる。なんだよ、いい匂いさせやがって。


「しょんなこと、知ったこっちゃねぇん……」


 この匂いにやられては、言いたいことも言えない世の中になっちまうと、遠ざけようと手を伸ばした。


「!!」


 ぐいっと手をつかまれてしまったのさ。


「おっ、おま、おまえっ、あのなぁ、俺とお前は男と女だ。分かるよな、分かっているともな、そうだよな、おい」


 激しく動揺し、手を振り払うこともできずにしどろもどろに喋る。


「貴方ねぇ……」


 手をつかんだまま、盛大にため息をつかれた。そりゃ、当然だとも。俺もお前も新卒とか新人とか新社会人とか、そんな三新とは程遠い年だからな。


「こういうもんに年が関係するわけねぇだろ」


 ほほが熱いのを自覚しながら、耐えきれず目を逸らす。幸い人気のない時間だから、人の気配はない。気温の下がった涼やかな空気が感じられる。


「……相変わらず変わらない。そういうところが好きなんだけど」


「……?! はあっ? 好きだと俺のことを。しかも相変わらず……」


「ふふ、考えなさい、考えなさい」


 こいつの話を信じるなら知人で好意を持っていたってことか。こんな美人な知り合いはおらん。どこのどいつだってんだ。だいたいいつまで手をつかみ続けるつもりなんだ。いい加減に離しやがれ。


「あっ……」


 不意につかまれていた手が自由となった。いやいや、ようやく解放されたんだ。


「……せいせいしたぜ。ったく、お前が知人であれそうでないにせよ、だ」


 話の主導権を取り戻すべく仕切り直そうと視線を合わせる。


「あっ……」


 可憐なあっ……をしてやがった。憮然と見つめる。


「ぷっ」


 堪えきれないとばかりに腹を抱えて笑いだした。ご丁寧にお腹に手をあててだ。


「いや、なんつうか。お前さ。いい性格してんな」


「でしょう? あははっ、ごめんね。怒んないで」


「最初から怒ってたし、あぁ、もう……怒っちゃいねぇよ。毒気を抜かれたってやつかな」


 もう対処しようがない。打つ手なしってやつさ。俺はそんなにあれこれ考えるタチじゃねぇし、降参しようじゃないか。


「何で振り払わないの、手?」


 またマナコの奥の奥まで見てきやがる。いい加減、いい匂いにも慣れてきたってもんだ。


「怪我させるわけには行かねぇだろ」


「あら。じゃあ、しょうがなくにぎられているってこと?」


「あぁ、そうだな。別に嫌ってわけでもねぇし」


「ねぇ、貴方は変わらないよね。しゃべりかたもそのまま」


「……」


 何て返したら良いのか、俺は分からなくなっちまったのさ。だって俺は、本当に何にも変わっちゃいないから。あの夏の日から、ずっと俺は。


「?」


 温かい。柔らかなものに包まれた。やたらと良い匂いのくせに、やけに落ち着きやがる。何だか初めてじゃないような。


「貴方は変わらないよね。そこが良いところの一つじゃないか。そう私は思うんだ」


 頭上から声が落ちてくる。


「…お前に何が分かるってんだよ」


 されるがままになっておいて、俺は悪態をついた。


「何にも分かんない。何にも。分かるわけないでしょ、貴方じゃないもの、私は」


 するする入ってくるな。ズケズケと心に来やがって。


「だから分かるんだ」


「何が?」


「貴方のことが好きだって」


 視界が広がる。陽が境目に達して、強烈に辺りを焼いた。


「お前のこと俺は、あんまり好きじゃない」


「分かってる」


 あぁ、こいつはあの時の。思い出した。


「この場所は初めてではなかったな」


「ん。思い出した?」


「あぁ。はっきりと」


「それでどう感じたの?」


「あの時もお前はこうしてくれたな」


「うん」


「嬉しかったんだ。救われたよ、お前に」


「そう」


「ありがとうな、あの時のお礼、言ってなかった」


「律儀だなぁ」


「好きだ」


「えっ?」


「あの時のことを忘れたことはなかった」


「私も」


「ずっと好きなんだ。あの時、あの場所で、あの空間をくれたお前のことが」


「あのね。それは私もそう思ってるんだ。一方的じゃないんだ」


「そうか」


「そうよ」


「わかった」


「なら、よし!」


 あれだけトサカに来てたことが何だったのか、すっかり俺は忘れて、こいつと二人で、ただ陽に照らされ続けていた。


 別に深い仲な訳ではない。あの日も偶然、今日も俺にとっては偶然。ただ悪くはなかった。そんだけだ。



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