第98話 ユエル 後編
お待たせしました!
ノースフリードという町は、あちこちで爆音が響いていた。炎、氷、風。地面からは岩が突き出し人の身体を貫通して、まるで串焼きになるのを待つ肉と化している。
せっかく逃げられたのだからと、身を隠して潜伏することにした。もしかしたら、この悪趣味なチョーカーを操り私の命を握っている人間を殺して里に帰れるかもしれない。
その可能性を私は望んでいる。
〇 〇 〇
私が脱走してから丸3日が経過した。私はその間街の地下水道に潜伏し様子を見ていた。
この騒動の発端は鉱山奴隷と監視者の小競り合いだった。日頃からストレスが溜まりきりだった鉱山奴隷たちは日ごろのうっ憤を晴らそうと暴動、反乱を起こし街に逃げた。
それに対処したのはこの街のギルド所属のCランクの冒険者。3組いて4~6人のパーティーを組んでいる。
戦術はシンプルで、魔導士の魔法で行動不能にしてから前衛が縛り上げるというものだ。
普段から良い飯を食べれてないためか、簡単に捕まっていくため劣勢になっている。
(…………良くない)
マンホールの隙間から外を見た私はこのままだといずれ私も引きずり出されると考える。他の脱走奴隷が逃げ回っているからこそ、私は好機を伺える。もはやその時間が無くなってきている。
(……早めに手をうつほかない)
そうと決まれば、まずは武器を調達するのがいいだろう。今の私は身体強化を使えてもすぐにチョーカーと腕輪が収縮してしまう。だから、弓矢か剣、槍を手に入れればいいのだ。
幸い、目の前にアーチャーっぽいのに良さげな短剣を腰に下げた間抜け冒険者が居る。アレを襲えば短剣は手に入る。
そう思った私はマンホールから出て尾行を始める。少しでも人怪我無くなった場所で一気に奪ってしまおう。
尾行すること20数分。ついに好機がやってきた。その間抜け冒険者は人気のない通りに入ると、大きく伸びをする。
その隙をついて私は一気に走り出して接近。そのまま首を絞めようとしたその瞬間。
間抜け“だったはず”の冒険者は「フッ」と短く笑うと素早く180度回転して腰をかがめる。
(しまった!)
と私が悟より前に私の首筋には刃が突き付けられていた。
〇 〇 〇
逃げようと身体強化を使った私は、当然のように首のチョーカーのせいで窒息して気を失った。
気を失っているときに私はその冒険者に奴隷商館に連行され、目を覚ましたら私を連行したという冒険者の所へ連れていかれた。
彼の名はアルヴィン・ヴェルトール。冒険者ランクはCで、王国の王様の知り合いらしい。それならあの身のこなしも納得だ。
また首が絞まるとそれこそ死ぬかもしれないので素直に質問に答えていくと、驚くべき質問をしてきた。
「ルーマー族って知ってる?」
「は?」
私と同年代そうな少年が口にしたのは、私の族名。世間では全く知られていないのではなかったのか。
しかし、知っていると言えば悪用するかもしれないと感じて、答えなかった。
……が、椅子に座っている奴隷商人は違った。
「知っているも何も、今目の前に居ますよ?」
「は?」
「彼女、ルーマー族ですし」
「……マジ?」
「大マジです。ほらここ。肩の裏に紋章がありますよね?これがルーマー族の“幼印”ですよ」
私の肩の裏にある痣のような印に触れた奴隷商人。それがわかった瞬間、アルヴィンという冒険者は目を輝かせるように、そして“やっと念願がかなう”という顔をする。
「ちなみに彼女、いくらだ?」
「そうですねぇ……値段で言えば120万ゴルドくらいですかねぇ」
「よしわかった。その奴隷買おうじゃないか」
彼は即決して私を買うと宣言した。それはつまり……。私は考えただけで赤面してしまう。
それから先のことは頭に入ってこなかった。
〇 〇 〇
もう一つの依頼を片付けてくると言った私の“買取候補”は3日ほどで帰ってきて、文字通り私を買い取って止まっているという宿まで連れてこられた。
「それじゃ、改めて自己紹介しようか。お互い名前がわからないと不便だろ?」
「……ご主人様がそうおっしゃるのであればそうでしょう」
奴隷は主人に忠実であり、ご主人様が「あれは白い」といえば「はい、白いです」と返さなければいけない。
そしてこの時、私はこの人に違和感を感じていた。
……魔力が、ない。
通常冒険者は魔力がなければ登録することは出来ないはず。さらに言えば、元はとてつもない量の魔力を持っていたはずなのに……大穴が開いているように感じる。
「いい加減それやめてくれ……それしか言ってない。まあそれはあとで直すとして。この前も言ったかもしれないけど、アルヴィン・ヴェルトールだ。今はCランク冒険者で主に長距離輸送依頼を受けている。……んだが、流石に気づいたかな?」
「何をでございますか?」
「俺に魔力がないことだ」
そのことを感じていたのまで察していたのか。驚く私にご主人様はさらに畳みかける。
「ご主人様の魔力は……すごい。私の10倍以上あると思う。でも、それがない」
「そういうこと。……オッケー誰もいないな、俺ら以外。俺の本当の名前はアルヴィンじゃない」
「……どういうことでございますか?」
「こういうことだ」
そう言うと、ご主人様は右腕に付けられた高そうな腕輪を私に見えるように外す。
その瞬間、ご主人様の周囲から魔力が拡散していき……姿を変える。
茶色の髪。若干茶色気味の青い瞳を持つ青年であった。
「……ッ!?」
「これは幻影魔法が付与されている王国の国家機密の腕輪だな」
「何故、そんなものをご主人様は持っていらっしゃるのですか?」
「さあね。改めて。俺は大川心斗、王国シュベルツィアギルド所属の【エリート】。それに加えて……ここ旧グランツ帝国を滅ぼした人間だ」
目の前に……私が奴隷になる前に聞いた言葉を思い出す。
『もう、帝国は滅んだのだからぁ何をしてもいいのだぁ!あのオオカワさえ居なければ全部計画は進んだものをぉ!』
そのオオカワというのは……他でもない、目の前の少年であった。
〇 〇 〇 ― 大川side ―
ユエルと名乗った少女は、俺の質問に答える形で自分の身の内を明かしていく。
……やはりと言うべきか、彼女は元は一般人……ごくごく普通のルーマー族であったようだ。
「さて……どうしたものかねぇ」
ユエルを奴隷にした奴……おそらくはグランツ戦役の時に戦った誰かだろう。こうなるとは思っていたが、実際に目の前に被害者がいるとなると……気まずい。
辛うじて出た言葉は……「悪かった」だ。
「……そのようなことはございません」
「いや。こうなることはわかっていた。たとえ違う人が総大将で国を滅ぼしてもそうだっただろう。それでも……謝っておく」
そうしないと俺の心にできたささくれを対処できないのだ。
「ご主人様のせいじゃない……。でも……それで気が収まるなら……」
かなり消極的なユエルは部屋の隅に待機する。おそらくはメイドさんとかの真似なんだろうけど……。
「どうしてそこにいるんだ?疲れているなら寝ておいた方がいいぞ」
「え……?」
「明日には出発だ。その“里”まで道案内頼むからな」
「……」
まあ、一筋縄にはいかないか。戦闘部族は仲間意識が強いか、薄いかの2つに分類される。どちらかというと高い方が都合がいい。奴隷になり下がった仲間を連れて歩いている人間を見たら助けるために襲ってくれるからだ。
「……ご主人様、私は」
「やっぱダメか?」
「そうじゃない……私は……その……」
「あー、ごめん。そういうのマジで興味ないから」
思い出していただきたい。この奴隷の“用途”を。そして思い出していただきたい、俺がそういうのと一番関わりたくないという事を! だが……しょうがなかったんだ! 背に腹は代えられぬ! さっさと魔力を回復させたい! 魔法使いたいんだよ俺は! 魔法フラストレーションぶったまりなんだよぉ!
「では……なんで」
「だって考えてみろよ。ルーマー族っていうのは文献にも存在が記載されているだけでその存在を見た者は数少ない。幼印は書かれてあったけど。そんで、そんな珍しいルーマー族が奴隷なんかやっているじゃないか。おそらく戦闘部族内で反乱や犯罪を起こさない限り奴隷になんかならないだろ?」
そう、少数民族の戦闘種族が奴隷になっている、そこでまずおかしいのだ。たとえ離反を起こしても里から追放されるだけで済むだろうし。わざわざそれで奴隷になるなどおかしすぎるのだ。
「じゃあ……何故ご主人様は私をご購入されたのですか……?」
「購入……まあそうだけどさ。ま、やっぱユエルがルーマー族だからっていのはあるかなぁ。里に案内してもらって、やっぱ不可抗力で奴隷になったなら解放してやりたいと思ってね」
実際、魔力さえ戻れば透視魔法で構造を調べて【チェンジマテリアル】で使えなくすれば万事解決なのだ。結界とか張られてたらまた考えるけど。
「ですが……」
「ルーマー族なら、俺の魔力が回復しない原因も分かるんじゃないかと思ってな……私的に利用してしまうのはすまないが、協力してくれないか?」
「…………」
何かが腑に落ちないという感じのユエルは、ゆっくりと頷いてくれる。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ……」
こうして、俺とユエルの奇妙な2人旅が始まった。
おまけ ーテレパシー2ー
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ……」
こうして、俺とユエルの奇妙な2人旅が始まった。
〇 〇 〇
そのころ、ログハウスでは……。
「あ、なんか先輩が裏切ったような!?」
「え、どうしたの赤坂!?」
「いや……なんか先輩が俺らを裏切りやがったような感覚が全身に!」
「ま、まぐれだよね?まぐれだよね!? 先輩が別大陸に旅立ったとかじゃないよね!?」
「た、多分……、多分」
「はっきりしてー! それと先輩はさっさと連絡ちょうだいよー!」
赤坂がテレパシーで誤報を探知して、新田が大混乱していた。