第96話 正体
ここだけ題名パターンが違うのは読んだら分かるよ!
「よしわかった。その奴隷買おうじゃないか」
連れてこられた例の奴隷を一瞥した俺は即決で購入を宣言する。奴隷の使用目的は完全に無視だ。奴隷ならどう使おうがこっちの勝手なんだろ? ほら、現代日本のグッズだって「使用用途以外の使用はお控えください」なんて言ってるけど実際ものすごく応用が利くじゃないか。それとおんなじだよ。
「は……?」
「……!」
即決で120万の支払いを決めたとだけあって、館長はかけているメガネをずり落としながら、奴隷の子は顔を真っ赤にしながら驚く表情になる。
「貴重なルーマー族だろ?里に案内してくれると思うんだけどね」
「……え、えーと。つまりあなた様は120万の地図を買うと」
「そういうことだな。幸い金はたんまりあるんでね」
確認したら甲冑など諸々の装備の届け先がこの街の次の次にある街であったので、そこまで顔面スターズたちとひとっぱしりしたら余裕で買えるのだ。
“目当てのものあらば犠牲を惜しまず”という名言であり迷言の精神は今でも我々大川一族の中で生き続けているのだ。
「それじゃあ、ちょっくら行って来るんで。待っててくれ」
流石に今の所持金では足りなかったので、俺は依頼の完遂を目指して動き出した。
……すべては、我が魔力を回復させるために!
〇 〇 〇
奴隷を買うという宣言をしてから丸3日。帰りはだいぶ軽かったので1日で戻ってくることが出来た。
今回このためだけに作られているCランク冒険者アルヴィン・ヴェルトールのギルド口座にはしっかりと1800万ゴルドが振り込まれている。
1800万ゴルドはこの国の物価を踏まえた感覚で言えば5000万くらいがあると思っていい。詳しくないが中古のベ〇ツくらいなら買えるし、マンションを丸々買えるくらいの金である。
ちなみに、1つも傷がなく状態もいいし期日にも間に合っている(ちなみにあと1週間程度だった)ために、400万が完遂報酬として増額されている。
確かこの国の軍事予算が6000万ゴルドくらいだったので、それの3分の1をたかだか輸送依頼で手に入れたことになる。美味しい美味しい。パワードスーツで言うなら共和国産高性能ワンオフ機に追加ユニットと呼びパーツまで買える値段である。これでもう1機買えってことだったのかな?
しかしこれで今から奴隷を買っても開発資金は余裕で足りる。足りないのはほんの500万ゴルドくらいだから。
「ホント、ここまでぶっ飛んだ思考回路になるなんて……東京で学生やってたらまず縁のない話だよなぁ」
百万単位で、「あ、500万足りないけど1800万手に入ったから余裕やん」みたいな独り言をつぶやく日が来るなんて誰が想像しただろうか。
そんなことをぶつぶつ言っているとあっという間に奴隷商館についてしまった。
外見は東京駅八重洲口の正面の建物をさらにいかつくしたようなところであり、周りには鉄条網に似たものが張り巡らされてあり奴隷の脱出防止が図られている。これを今から買う奴隷はどういうわけか突破したわけだが……どうやったんだよ。
その奴隷商館の正面でガードマンが俺を見つけて館長のところに案内してくれた。いつぞやのゴブリンキング、下手したら小型ゴーレムみたいなのに突然両脇を護衛するかのように固められたのでかなりビビった。あー怖かった。
そして3日前にも通された部屋にやってきた。既に館長が待っていた辺りVIP待遇されているのがわかる。
「これはこれは。お待ちしておりましたよ」
「ああ。完遂の追加報酬ももらってきたから……資金は大丈夫」
「ちなみにお聞きしてもよろしいのであれば。おいくら万ゴルド稼がれたので?」
「う~ん、2000万弱だな」
「にっ!?」
五日の時と同じようにドワーフ館長は眼鏡をずり堕としながら声にならない声を上げる。
おそらく王国の国家予算と瞬時に比較したのだろう。
王国の国家予算は公開されているだけでも多くて25億ゴルド程度。そこから考えたらものすごい額である。
「というわけで。あの奴隷お買い上げで」
人権がないから市場でイワシを買うくらいのセリフだが、今回買うのは人間。奴隷という一般人よりも身分は低いにしろ、罪悪感はある。この世界ではこれが普通なのだが……日本という平和ボケした目に見える国境もクソもない小さな島国で少々恵まれた生活をしていた俺はそのことに対して理解が追い付かない。
……命を買う。それはペットを飼うのとほぼ同じ。しかし、犬と人間だけでどうしてこうも気が重くなる度合いが違うのだろう。
「館長、連れてまいりました」
「おお! 早速入らせろ! 購入者がお待ちだ」
「はい!」
声を弾ませる館長とそれに従いきびきびと動く従業員。罪悪感からか同じようなことをループするように考える俺。その空気の温度は全く違っていた。
しかし、その思考タイムはすぐに終わりを告げる。購入“物”が入室してきたからだ。
「では、この各拘束具に血を1滴たらしてください。それにより、命令系統は譲渡されます」
結局何も考えないという現実逃避に入った俺は、短剣の先で指を軽く斬り、血を1滴ずつ、合計3滴たらして命令系統を完全に自分の物にする。
するとどうだろうか。スキルの使用方法がわかるように自然と自分の脳に命令の手順がインプットされていく。まるで思い出したかのように。
「これで契約は完了でございます。あとはお代金ですが……こちらでギルド口座から引き落とさせていただきます」
「それは便利だ」
地球で言うキャッシュレスというやつかな? この世界ではかなり革新的なシステムであろう。
「では、これで以上でございます」
「……わかった。行こう」
この時、俺は名前を聞いていなかったということに気付いた。なんという初心者的ミス!
心の中だけで悶えていたのは秘密にしておこう。
〇 〇 〇
手頃な洋服屋に入り、店員にチョーカーと腕輪が隠れるような服を選んでもらいそれを購入。宿は現在お世話になっている騎士団詰め所の隣の所を一度ツインに取り直した。
先ほどまでドワーフ焼き(ほぼカスタードたい焼きだった)を食べて現実逃避していたので、そろそろ彼女と正面から向き合おうと思う。
早速部屋に場所を移した俺たちは、椅子に座って向かい合った。
「それじゃ、改めて自己紹介しようか。お互い名前がわからないと不便だろ?」
「……ご主人様がそうおっしゃるのであればそうでしょう」
「いい加減それやめてくれ……それしか言ってない。まあそれはあとで直すとして。この前も言ったかもしれないけど、アルヴィン・ヴェルトールだ。今はCランク冒険者で主に長距離輸送依頼を受けている。……んだが、流石に気づいたかな?」
「何をでございますか?」
「俺に魔力がないことだ」
どうやら図星だったようで、彼女は「気付かれないと思った」というような顔をする。流石はルーマー族。細かいところまで見ているな。
基本、相手の魔力総量など魔力を使える者なら普通にわかるのだが、最近の者たちはそれを見ない傾向にあるらしい。俺もその1人ではあるが……。
「ご主人様の魔力は……すごい。私の10倍以上あると思う。でも、それがない」
「そういうこと。そして……オッケー誰もいないな俺ら以外。俺の本当の名前はアルヴィンじゃない」
「……どういうことでございますか?」
「こういうことだ」
流石に自分の所有物になった奴隷にくらいにならいいだろうと腕輪を外す。すると、俺の容姿が元の“大川心斗”に戻る。
「……ッ!?」
「これは幻影魔法が付与されている王国の国家機密の腕輪だな」
「何故、そんなものをご主人様は持っていらっしゃるのですか?」
「さあね。改めて。俺は大川心斗、王国シュベルツィアギルド所属の【エリート】。それに加えて……ここ旧グランツ帝国を滅ぼした人間だ」
活動報告にて、発表がございます。是非お立ち寄りください!