第93話 アルヴィンの旅行日記 5
やっと目的地!
美味しい新米を格安で手に入れた俺は、チャオニー村の人々に別れを告げ一路ノースフリードを目指す。新米を使った青空キッチンで目的を完全に忘れてしまったがすぐに思い出した。セーフセーフ。
2週間ほどの休みがあったからか馬車を牽く顔面スターズ3兄弟(?)の調子は上々。いつもよりも速いスピードで快走している。御者台に座りながら流れゆく景色を眺めるのは久しぶりで気持ちいい。地上を走るのは【フライ】で空を駆けるのとはまた違う趣がある。これはたまに旅をしないと中毒になってしまうかもしれない。そのうち放浪癖があるとか言われそうだな。
そんなこんなで馬車を走らせて南下すること約2日。やっとのことで新領で今回の調査以来の開始地点となるノースフリードを射程に収めた。
鉱山都市ノースフリード。現王国と帝国との国境にあり、東西を分けている山脈の麓に作られている。近くの鉱山には鉄、銅、銀などが大量に埋蔵されているらしく、それを使った交易をしているとのこと。また街の中には炭鉱族……ドワーフがおり工芸品なども多数制作されている。
「というのがこの本に書かれていたことだが……」
馬車を止めて丘の上からノースフリードを見下ろす俺の手にはいつぞやの見聞録が握られていた。これには新領の主要都市のことを大まかに記してあり、今回の資料として持ってきたものだ。
しかし、遠目から街を見ている感じどうもその記述とは違う。今のノースフリードはあちこちから黒煙が上がり、一騒動あった後のように思われる。いったい何があったんだ。
「とりあえず街に入らないとな」
〇 〇 〇
丘から街の北門までは一直線であった。その間にも1度爆発音が街の方面から響いていた。本当に何かあったのだろう。
一騒動あったであろう街の北門兼国境検問所にやってきた俺は帝国からの出国手続きと王国への入国手続き、さらに荷物の検問を受けることになった。
『おいおい……王国の制式がなんでこんなところにあるんだ!どこから持ってきた!』
『だーかーら! ここに依頼書あるでしょ!?』
『それは偽じゃないだろうな!?』
『国王の捺印の複製なんて出来るか!やりたくても出来んだろ!』
『大体なんで冒険者がグラ……いや、王国新領の調査依頼をこなすんだ! 普通は調査団だろ!』
『それは国王に言ってくれ! 俺は地理と対外事情に詳しいというだけで雇われたCランク冒険者!』
何やら機嫌の悪いおっさん帝国騎士と俺は王国制式装備の入った木箱の前で言い争いを始める。確かにたかだか冒険者が制式装備を輸送することなどない。万一あったとしてもただのCランクなど当てにならない。しかも新領地の調査など経費がかかるが調査団を出すのが普通なのだ。
ま、俺がこの領地を堕とした司令官で巷で“英雄”なんて騒がれている大川さんだとは誰も気づくわけがない。
それからも10分程度言い争いを続けたが、最終的に王国騎士が依頼書を確認して本物だと確認が取れて疑いは晴れた。
「それで、騎士さんよ、ちょっと聞いていい?」
「ハッ、なんなりと」
「なんで俺に立膝なの?」
「いえ、国王のお知り合いの方に立ったままで偉そうに話すなど無礼にもほどがあります」
「いや、それは別にいいから……たまたまだし」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
どうも王国騎士は頑固なのが多いらしい。国王と知り合いってだけで結構されるんだけど何故だ。
「それとさ。街でなんかあったのか? 黒煙が立ち上ってたしさっきも爆発音したぞ」
「あ、ああ……それですか。実はですね、昨日の夜中に鉱山奴隷たちの脱走事件があったんですよ」
「脱走事件?」
「ええ。それはもう派手にやってくれましたね。まさか宿舎を爆破して逃げ出すとは思いませんでしたよ」
要約すると。
この街には各地の犯罪者や奴隷が鉱山での強制労働を行っており、ストレスが溜まった奴隷たちが宿舎を爆破して拘束具ごと逃げ出して反乱したらしい。それに対応した冒険者魔導士たちの魔法で黒煙が上がっており、先ほどの爆発音も潜んでいた奴隷たちへ放たれた攻撃音らしい。
「聞いたところから街まで3キロはありそうだが……そんなに強い魔法使って大丈夫なのかよ……」
「ええ。奴隷の中には魔導士も居ますので」
どうやら結構やり手の奴隷魔導士だったらしい。ならば納得……できるかなx。
『あー、それで出国準備できた?』
『ああ』
『まだ怪しんでるのかよ……』
『それもあるが……この街に長く居るのはおすすめできないぞ』
『だろうな』
血の気の多いゴリマッチョ奴隷が多いとか……ドワーフさえいなければ素通りしていたかもしれない。街並みもここから見る限り結構きれいなのに……勿体ない。
「王国の入国審査は?」
「完了しております!」
「オッケー。あ、そうだ。安全でお勧めな宿ってある? あとこの街の名物」
「はぁ……。安全でサービスもいいとおっしゃるのであればこの道の5個目の角を右に曲がって4軒目の宿ですね。隣に王国騎士団の詰め所がありますので」
おおう……いざというときは王国騎士団が駆けつけるのか。そりゃあ安全だ。
「ノースフリードの名物と言えば、やはりドワーフ焼きとみぞれ鍋ですね!」
ドワーフ焼き? たい焼きみたいなノリだけど大丈夫なのか?
「ええ! パリッパリの生地と生地の間に甘いあんを挟んで食べるんです。生地の形状がドワーフの顔ににていることからドワーフ焼きと命名されたんです!」
「どうどうどう! 近いぞ!」
ドワーフ焼きを熱弁する王国騎士は徐々に俺に近づいてきて最終的に顔が目と鼻の先になる。あれだ、こいつ新田と同じだそういうとこ。
…………。あれ?そういえば俺置いて来たあいつらにまだ一度も連絡とってない?
「あ……」
そう言えば旅立つときにトランシーバーもどきを手渡されていたような。やっべぇ、すっかり忘れてたあいつらのこと。存在すらきれいさっぱり忘れてた。あ、あとで手紙くらい書いておこう。帰った時殺されないように。
ちなみにみぞれ鍋はみぞれ鍋のようである。白い根類野菜のすりおろしをボタン鍋に入れるらしく、その白いものがみぞれに似ているから、らしい。まんまである。
「宿に着いたら手紙の1つは書かないと殺される」
……赤坂と新田に帰還時に殺されないように手紙を書こうと心に決めた俺は対応してくれた騎士2名にお礼を言うと街の見物などせず一直線に宿に向かって行った。
おまけ ー 何かが違う ー
「これが報告書だ」
「ほう、見せてもらおう」
アルヴィン(その正体は大川)から受け取った報告書を見たリースキット王国国王。
「…………頼んだことと何かが違う」
報告書には要約すると、新米がうまかった、と書いてある。
アルヴィンは新領の調査依頼ではなくコメの調査をして帰ってきたのであった。