第88話 旅の始まり 4
お待たせしました。
出発の日の朝。俺はパワードスーツを置いてある地下にいた。俺のほかには見送りに来た新田と赤坂とシルク、そしてカエデと唯の魔導士君である。
「えーと、ここで渡せるものを渡しておくね。これが変装用の腕輪。これを付ければアルヴィンの姿に変装できるよ。仕組みは身体の遺伝情報を一時的に書き換える装置ってわけ。まあ幻影魔法の一種と思ってくれて大丈夫だよ」
いやいや、今すっごいこと聞いたんですけど。一時的に遺伝子書き換えるとか。どこのどいつがこれを作ったんだ。
「それと、これがお守り。私からの個人的なものだけど」
「お、サンキュ」
この世界にお守りがあったことに若干驚きつつもそれを受け取る。形状も重量もまんま神社とかの交通安全のお守りと同一だ。それから俺は腕輪をはめて変装してみる。
身長と体型はどうも変わらないようだ。だが、明らかに変化は出てきていた。若干日焼け気味の肌、目にかかるくらい長い前髪は赤く染まっており、鏡を見たら瞳はエメラルドになっている。……これはすごい。
見送りに来た3人もこれには度肝を抜かれたようで、口を半開きにさせたまま固まっている。目の前で手をひらひらさせながら「おーい」と言ってみても反応がない。
「……ハッ!私は一体……」
一番早くに目を覚ましたのは新田だった。白目から黒目に戻るまでの行動はまさに壊れたスロットルマシーンのようである。他2名は仲良くショックの内容をかみ砕いている途中なのだろうか、未だに動く気配はない。
「え……と、私からも先輩に渡すものがありまして」
そういった新田は、ポケットから携行できるサイズの箱のようなものを渡された。スマホよりも少し小さいくらいだから問題なくポケットに入りそうだ。
「これは簡易のトランシーバーみたいなものです。パワードスーツに搭載する予定だった無線機を小型化させたんです」
そこで、今度は俺の思考が停止する。パワードスーツの無線機はどう頑張ってもそこまで小さくなるものではない。コックピットの下部に50cm、高さ30cmほどの制御室を作っていたはずだ。魔法でも使ったのか……いや、こいつは魔法使いだけど。
「いえ。先輩のPCのPDFに無線機のつくり方っていうのがありましたからそれを使って完成させました」
マジですか……確かにあのPCには雑学関係のPDFとかが大量につぎ込んであったはず。政治系統の話題もあれば秘密結社のつくり方なんてのも存在していたはずだ。そんなジャンルの広さだからあっても不思議ではない。
「驚きましたよ……日本を壊滅させる手順、なんてのもありましたから」
うわぁ……俺ってそんなのも調べてたのか。気分とノリで調べるからなぁ……旅から帰ったら真っ先に消しておこう。特にシークレットファイルのコミケ関連資料を優先的に。
そして、ようやく他2名がシンクロしながら再起動が済んだところで、俺は出発することにした。
「それじゃあ、行ってくるから」
「気を付けてくださいね。怪我しないように……」
「たまには手紙くださいね~」
「お土産期待してます~」
定型文で送り出してくれる仲間たち。いちおう心の中で俺が簡単に怪我すると思うか、手紙くらいは書いてやるよ、お前の言うことはそれか!ということをつっこんでおいた。
〇 〇 〇
転移先は王国から南に4キロほどの位置にある小さな村であった。その村の中にある1つの家のとある部屋に転移したのだ。
「ここは……」
「うん、アルヴィンの部屋だね」
ほほぉ……ここが偽とはいえ俺の部屋か。ちなみに、部屋の中にはベッドと一式の机と椅子、部屋の中央に緑色のカーペット。本棚には共和国やら帝国やらの本がある。ご丁寧にエロ本の類もある。多分誤解を招くから任務完了と同時に燃やしておこう。勘違いされるのはご免だ。そのほか、くぎのようなものが刺さっており、そこに着替えがつるしてある。意外と賢いことをするものだ。
気づけばカエデとここにいたはずの魔導士訓の姿は見えなくなっていた。しかし、気配は部屋の中にある。
「【インビジブル】を使ったのか」
『……正解~。流石は心斗君、使用者だからわかったのかな~?』
「気配だよ。空間把握能力(仮)舐めんな」
「へぇ……そういえばそんなこと言ってたね~」
そんな会話をしながら、俺は本棚を物色する。ほほぉ?「馬との接し方」ですか。これは旅の最中に読んでみていいかもしれないな。
「そういえばカエデは無属性魔法使えたんだな」
「モチのロンです!これがないとくノ一……ってか情報部の現場担当は務まりませんから!」
うむ、後ろで決めポーズしているのは気配でわかるぞ、見えてないけどな。ってかくノ一って自覚あったんだ。
そんなことを話しながら本棚の物色を終えた俺は、今度は机の方面に向かってみる。そこにはリースキット新領の見どころスポット含め、世界の都市の情報なんかを集めた「世界街見聞録」と書かれた本が鎮座している。これはこの世界ではかなり珍しい世界中の街のことを書き現した本である。ちなみに、お値段は金貨10枚単位。普通の家にあるかこれ……。
そんなこんなやっていると、ドアを1枚隔てたところに気配を感じた。どうやら玄関から入ってきたようだ。
人数は3人。おそらく、俺の偽家族役と思われる。
「アルヴィンー?いつまで寝ているのー?今日はお仕事に出る日でしょー?」
その中の1人が、俺を呼ぶ。おそらくは母親役だろう。なるほど、現実っぽくなってきた。俺はノリで「今行く~」と返し、ニヤニヤしながら部屋にかけてある服を着る。その間だけカエデたちの気配がなかった。おそらくはリビング方面に避難したと思われる。
服を着て鏡を見る。服や装備を見ると、そこには弱くもなく強そうでもない弓使いの姿をした俺の姿が。後ろに弓をマウントして、矢が入った籠を腰にすると本当にモブだけど強い方のアーチャーって感じになった。
おかしなところがないか確認してから部屋の外に出ると、そこには3人の人物がいた。
エプロンを着て台所に立っているのが、おそらくは母親役。それで、食卓に着いているのが父親役と妹役だろう。
……にしても、父親役と妹役については見覚えがあった。
「おう、おはようアル」
「あ、アル兄ぃ、おはよ~。今日も寝坊したんだね」
そして、その声を聴いた途端。俺は驚愕した。その理由はというと……。
父親役はアルフレッド卿ご本人。妹役はさっきまで【インビジブル】を使用していたカエデさんだからだ。
アルフレッド卿はいつの間にか左腕がなくなっていた。それも俺を驚かせた要因の一つだ。
「……お、おはよう」
俺は動揺を隠さずにいられなかった。なんとかして声を出して食卓に向かい、アルフレッド卿(父役)の正面、カエデ(妹役)の隣に座る。
そして、小声で。
『何やってんスか……!それよりも左腕は本当に?』
『もちろん本当だとも……。先の戦争でもぎ取られてな。それで丁度いいからこの面白いことに参加したってわけよ。なんなら、本当に父親だと思ってくれていいぞ』
小さく「ハッハッハ」と笑って見せるアルフレッド卿・戦争の反動はこんなところにまで現れていた。
「そうか……それで、みんなはこんな朝早くに何をしに?」
「アル兄ぃ……相変わらずだね。教会にお祈りしに行ってたんでしょ……」
あ、そういうことか。何かしらの宗教に入っているという設定か。じゃあ、旅の途中で適当に祈っておかなくては。願う内容は「リア充爆発」で。
「アルヴィン、朝ごはんはどうするの?」
「あ、ああ。食べていくよ」
せっかくだし、名も知らぬ母親役の料理の腕前を拝見しよう。腕がよかったらスカウトも忘れずに。
ちなみに出てきた料理はパンとスープ。この世界の一般人の朝ごはんとしてはオーソドックスなものが出され……ものすごく美味かった。アルフレッド卿(父役)にスカウトしておいてと小声で頼んでおいた。
〇 〇 〇
それから2時間……9時の鐘が教会で鳴ったころ。俺は家を出て、馬を準備していた。今回の旅のお供となる奴だ。
毛並みは茶色でたてがみは黒。蹄からくるぶしのあたりまでは白で、右頬に星形の模様がある。確か、大河ドラマの小説版で主人公が乗馬訓練してたのがナガレボシで、ななつぼしにすると in がついて某高級車両になってしまう。みつぼし だとレストランみたいだから……あーもういいや、適当だ。ヒトツボシで勘弁してくれや。
ちなみにありふれたサラブレット種ではなく、軍用馬らしい。
乗馬(馬術)はやっているので、慣れた手つきで鞍を置きながら馬に話しかける。手綱を付けて、首筋を軽く叩いて(撫でる=馬にとってはくすぐられている感覚)、乗ってもいいか、ということをヒトツボシの目を見ながら問いかける。
ヒトツボシは素直にこっくりと頷く。こいつ、結構頭がいいようだ。
俺は旅の荷物を積んでから鞍に取り付いて、這い上がる。結構高いな……。ちょっと強引に乗ったので馬の状態を確認。並足で少し歩かせて問題がないことを確認する。
そんなことをやっていると、村の中心の方からとある人物がやってきた。村の人が来ているような服を着た美少女(?)だ。おそらく……俺の予想だとこの人が恋人役(偽なので俺の中では付き合った歴には入らない=ノーカン)なのだと思われる。その少女はこっちに手を振りながら俺の家(偽)に続く坂を登ってきている。
俺の全年齢対象版ギャルゲー脳だと、次に言う言葉は……。
「アルヴィーン!よかった!まだ居たのね!」(フッ……ビンゴ)
なんてお遊びをしてた俺は、近づいて来た影を見て、再び驚いていた。色々変装こそしているものの、俺の目は騙せない。あのアルフレッド卿を親バカにさせた原因――セシリア様であった。
どうやら、今回の偽家族はアルフレッド男爵家が大きく関わっているようだ。それを考えると母親役はアルフレッド卿の奥さんかな?
そんなことを思いながらも、俺は一度馬を下りる。どうせ何かあるんでしょ?
「こ、これ!アルヴィンのために用意したの!」
そういって差し出されたのは、茶色と緑色の指輪のようなもの。しかし、その石っころ……宝石からは、Cランク冒険者の平均を超える魔力を感じた。
「あ、ああ……ありがとうテリーゼ(あんた何やってんすかセシリア様!)」
「ええ。いつも通り2か月くらいは使えると思いますよ?(何って、オオカワ様の恋人役を……)」
「そりゃあありがたいや。遠出するのにはこれがないとな(だからって貴族が出張ってくるところですか!?)」
「そうですわね!(私じゃ不満でしたか……?)」
「いつもいつもすまないな、魔力の充填頼んで(そういうことじゃなくて!)」
「いいえ、私にしかできませんから(私としては楽しいんですが……)」
楽しいと来ましたか……それなら俺が止めることは出来ないな。全く、何がしたいんだこの貴族様は。
俺は適当に話しながらこの宝石……魔石の使い方を教わる。使い方はシンプルで、使いたい魔術の詠唱をしながら魔石に振れることで魔法が発生するようだ。ちなみに、魔石に含まれる魔力量と大きさ、純度で使える魔法の威力が上がり、難度の高い魔法も打ち出せるとか。
この世界、道端の石っころが実は魔石で一攫千金出来ましたとかになりそうで怖いな。
「それでは……気を付けてくださいね」
「あ、ああ。それじゃあ行ってくるよ」
そうして別れを済ませると、俺は再びヒトツボシの背中にまたがって、腹を人蹴りして前進させる。
そして村を出た俺は一旦王都へと向かった。




