第87話 旅の始まり 3
家についた俺は、たまたま家に居た赤坂を文字通り拘束してどこにもいかないようにして、とうとう開発という素晴らしいものを発見してしまったと言わんばかりにPCにまとわりつく新田を無理矢理引っ張り、今じゃ自然といるのが当たり前になったシルクを集めた4人で会議を行うことになった。
もちろん議題はーー俺に来た依頼である。
「なるほど……先輩1人で行け、と」
「流石に偽名に偽戸籍まで作ってるんですから、コスト的にも1人で一杯一杯なんじゃないですか?」
との意見が。いつからこいつらはこんなに余計なことを考えずに思考できるようになったのだろうか……。地球時代はどこかに必ずアニメネタが入っているような奴らだったのに。
まあ、俺もその1人だ。
「それで、先輩はどうしたいんですか?」
最終的に、新田からその言葉が発せられる。これもテンプレ、なんて頭の隅で思考しながらも、俺は自分の率直な意見を述べた。
「行けるのなら、行ってみたい。しかし、こうも気がかりなものが多すぎると行きたいものもいけないのだよ」
特に、お前らの生活水準が5割増しで下がりそうだ、というと目を背ける新田と赤坂。図星のようだ。シルクに至っては苦笑いが乾いた笑いに変化していっている。……お前もか。
「最悪の場合、熊の巣に強制軟禁状態。期限は俺が帰ってくるまで。自由気ままな1人旅だからいつ帰ってくるかわからねぇなぁ……もしかしたらそのまま他の国に旅立って存在すら忘れるかもしれないし」
この中で、これを冗談と受け取る者はおらず、シルク以外が顔を真っ青にする。むろん、自分で言ってても高確率でそうなる気がしてならない。それは俺が自由人……というか旅をすればかなりフリーダムになると知っているからだろう。
気になったら寄る、旅では起きたことにとことん身をゆだねるタイプの俺だから、そのうち自分の帰る場所など忘れて遥か彼方の国で新しい家を建てて住み着く可能性だって無視できない。
それがわかっているからこそ、新田と赤坂は「ちゃんと家事やります!」と敬礼しながら返してきた。後々事情を知ったらしいシルクも、一瞬氷点下まで体温が低下したという。
こいつらは、やる時はやる奴らだ。しかし……どうしても不安はぬぐえない。こうなったら、奥の手を使うしかなかろう。
〇 〇 〇
翌日の午後。例の魔導士が現れ、俺を城まで転移させてくれる。今度はちゃんと会議室前に直行だ。
ドアを開けて中に入ると、何やら政務関連の書類を読んでいたのであろう国王が顔を上げるところだった。俺は「返事を伝えに来た」と言いながら近くの席に腰を下ろす。
「では、早速返事を聞くことにしよう」
「ああ。条件付きで受託ってことで」
「条件つき?あれ以外にも条件があるというのか」
「ああ。それはほとんどおまけ程度にしかならんと思う。条件は、うちの馬鹿どもの世話係を派遣するか、いっそのことこの王城のどっかに監禁しておいてほしいんだ」
監禁、という言葉に少しだけ国王の顔が引きつる。そこまでの事態なのか、というような顔をしている。俺は真顔で「マジだ」と言ってやる。
「ぶっちゃけ、俺がいないとあいつらの生活水準が5割増して下がりそうだから。おそらくゴミ屋敷になると思う」
「そこまでとは……わかった。その条件を飲もうではないか」
「交渉成立だな」
その確認を取った俺たちは立ち上がって握手をする。今度こそ、本当に契約は成立した。この後、俺はこの世界に来て初めて1人旅をすることになる。
「おっと……忘れておったが、今回の貴様の身分をまとめた書類だ」
と言われて受け取ったのは日本で言う住民票のようなもの。そこには、これから俺が変装(?)する者の詳細が書かれていた。
「なになに……名前はアルヴィン・ヴェルトール、愛称はアル。年齢22の弓使いでランクはCの王都ギルド所属。職業適性は弓がCと軽戦士がD。馬術に長け、長距離依頼中心にこなす、と。家族構成は元冒険者で隻腕の父と母、そして妹。恋人の名前はテリーア……おいおい」
あまりにもリアルすぎる設定に思わず「おいおい」と言ってしまった。その続きはもちろん
「これ大丈夫なのか」だ。
「出発の日には偽家族役に行ってきますというのもある」
「余計なことすんな!」
「偽恋人役もちゃんと登場するのじゃが?」
「たかだか現地調査で大げさでしょこれ!」
「いやいや、そうでもないんじゃが……」
というのも、聞けば共和国と帝国も友好関係にあるとはいえ、急速に力をつけた王国を危険視しているのだという。特に、旧グランツ領の使用方法如何では危機感を覚えた他の小国と同盟を結んで攻め込んでくる可能性もあるという。
そこで、なんで偽家族まで必要なのかというと、1つは俺が調査しているというのをごまかすため。2つ目は軍を動員して緊張感を募らせるよりは民間に委託することの方がいいため。
そして、3つ目は共和国や帝国にも存在を知られている俺をその現地調査に向かわせているとわかれば、この好機を逃すまいと他国が攻め入ってくるため、そのカモフラージュらしい。
話を聞く限り、基本的には1つ目と3つ目のためだけに用意されたと言っていいのだが……。
ちなみに、俺を選んだ理由だが、単純に「能力が高く道中で一切困らなそうだから。そして単独行動に優れていそうだから」ということらしい。
他の冒険者でもいいのではと質問したら、どうも王国には穏やかな性格をした冒険者はほとんどいないらしい。逆にそこら辺の騎士を変装させても、治安が悪いであろう調査地では盗賊などにやられてしまう可能性がある。小隊長、中隊長レベルを派遣してもいいが今度は本土の守りが手薄になるだろうとのこと。なるほど、納得だ。
まあ、それでも過剰とは思ったが……。
旅の開始は3日後。それまでに色々なものを準備しなくては。