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第86話 旅の始まり 2

 近くまで来ていた移動要員の魔導士に転移魔法を使ってもらい、俺とカエデは一気に王都に転移する。


 戦勝ムードが抜けない王都では、今日も真昼間からおっさんどもが飲んだくれており、ところどころで戦勝セールの割引大会が行われている。俺はそれに呆れながらも、王城に侵入していく。

 自分の顔を門番に見せ、「用があるんだけど」と言うが早いか、門番の騎士は「確認してまいります!」とすっ飛んでいく。あくびしてたし眠かったんじゃないのか。

 苦笑するカエデと待つこと5分。執事が現れて俺たちを案内していく。今回はいくつかある城の入口でも3番目に大きい場所……南西側から入場した。そこには驚くべき広さの庭園が広がっている。入り口付近が軍の施設になっているのが残念だが、それすら覆い隠してしまうほどに美しい……ここで目を覚ましたら天国だろうかと見間違えるほどの場所だ。

 いつもは姫様やご令嬢がお茶会をやっているそうな。


 そんな庭園を少々見て回りながら城の内部へ。廊下では俺のことを覚えている……というか俺の手勢の中にいた騎士どもがおり、見つけると声をかけたりして来てくれる。一番困るのは集団で臣下の礼を取られたときの反応だったりする。


 そんなこんなで、指定の会議室についたのは王城の門をくぐってから40分が経過していた。広いというのは時に権力の現れになるのだろうが、時に迷惑になるのだろう。


  執事はドアをコンコンとノックして、「入れ」という言葉に反応して自分だけ入室。用件を伝えて了承を得たのだろうか、俺を中に入らせる。ちなみに、気づけばカエデの姿はなかった。俺が油断していたのもあったが、空間把握能力を使っても追尾不能。さすがはくノ一“もどき”と言ったところか。


 そんなことを思いながらも俺は中に入る。そこにはやはり……リースキット国王が待っていた。手元にある書類は数枚のみ。おそらく何もせずに待っていたのだろうか。それくらい、この案件が重要と言ことだろう。


「待たせたか?」

「いや、待っておらぬ。どうせ庭園に興味を持つだろうと思ってつい5分前に入室したところじゃ。ぶっちゃけ、1時間くらい待たされるとおもったのじゃが……」

「いやいや、きれいだったがさすがにそこまで持ちはせんよ」


 つい1月か2月ほど前に会ったばっかり。特に最初は国王というこの国においての最高権力者を前に小鹿のように怯えていたのに、今じゃ入室しながら他愛のない会話をできるほどに堂々としているのに内心驚愕した。


 ――環境は人を変えると言うが、まさかこれまで変化するとは思わなかった。様々な経験をしたから、人を雇う立場になったから、命に責任を持つ立場になったから、だけじゃ説明がつかない気がする。本能的なことなのだろうか、それとも矯正されたのか。それはわからないが、確実に人間として成長したということを感じた。


「席に着け。それと、この場は無礼講いい。頼みごとをするのは、こっちじゃからな」

「それはどうも。じゃあ、遠慮なく」


 そういって、俺は国王と向かい合うように座る。すかさずメイドがお茶を持ってくる。相変わらず美味しそうだ。元々紅茶などどれも同じに見える俺だが、ティーカップと受け菓子という華が添えられれば、たとえどんなに粗末な紅茶……紅茶に限らず、ただの水でも見違えることだろう。


 お互いにお茶を1口飲んでリラックス。そして、そのカップが再び皿におかれた瞬間に、国王は目の色を変えた。今のは小手調べ。次は本題。交渉する側とされる側では受ける感情も違えば余裕の有無もある。どこまでが想定内で、どこが想定外になるか。そして、どう想定内に収め、どう自分たちが有利になるように丸め込むか。

 交渉される側もそれは同じ。しかし、される側としては、気にいならなければ「降りる」とか「断る」の1言でその場をなかったことにできる特権に近いものを持つ。

 そんな緊張感がお互いを走る中、その戦いの火ぶたが切って落とされた。


「今回、貴様を呼んだのは他でもない。とある依頼を受けてもらいたいのだ」

「ほほぉ? して、その依頼内容はなんだい? こっちには依頼内容を選ぶ権利くらいあるぜ?」


 ここまではお互い想定内だ。お互いがテンプレを述べたところで、今度は視線でバトル。俺はこっちの出す条件は全部飲んでもらうという視線を出し、代わりになんとしてでも依頼を受けてもらうという相手の視線を受信する。目からビームでも出せるのなら、今頃中央でバチバチと鍔迫り合いを繰り広げていることだろう。


「今回の依頼はいたって単純、ただの現地調査だ」

「……は? 現地調査ぁ?」


 先に不意をつかれたのは俺だった。その理由は言うまでもない、現地調査というのが依頼内容だったからだ。

 現地調査は場所にもよるが、基本的に冒険者などに委託するものではない。基本的には騎士か、傭兵か。もしくはその混成部隊で行うのが当たり前だ。ラノベなどでは普通にあったが、この世界では特に国が独自にやるというのが多かったので、思わず声を上げてしまった。


 初手を取ることができた国王は満足そうにニヤリと笑って見せる。なるほど、これは一杯食わされたようだ。


「それで……? どんな危険地帯の現地調査をさせてもらえるのかな?」

「危険地帯ではないわ。調査してほしいのはリースキット新領、要は旧グランツ帝国領全土を貴様1人で見てきてもらいたい」


 全土、と来たか。俺はさらに顔面パンチを食らったようだ。流石は交渉や外交の場を数えるのも億劫なほどに経験してきた国王だ。


「期間は2月~3月ほど。旅の道具など諸々はこちらですべて用意する。ただし、お土産代は自前にしてくれ」

「ははは、流石にお土産代は自分で持つさ、言われずともな。聞いている限り、かかったのは全部経費として計上、領収書貰ってこなきゃだな」

「話が早くて助かるのぉ。そういうことじゃ」


 なるほど。悪くない条件だ。どこかを旅しようと思えば少なくない金がかかる。旧グランツ帝国領内をまんべんなく周る……しかも3月ともなればそこら辺の一般家庭の1年分の金がかかるだろう。

それを自腹で出し、かつ旅の道具は全部出してくれるという。待遇がいい。


「報酬は……そうじゃな」


 考えていなかったのか。それともこちらの意見を受けるのを前提としているのか。そこはわからないが、乗らせてもらうこととする。


「じゃあ、俺からいいか?」

「構わん。なんなりと申してみよ」

「じゃあ、報酬は和の国への渡航チケット、それと……輸入品の白米の一定値を俺たちに優先的に販売ってのでどうだい?」


 俺の提示したものに、国王が目を丸くする。その顔には「そんなもんでいいのか」と書いてある。意外と安いものだったらしい。だったら、追加するまで。


「余裕みたいだから、追加で……俺の魔力を完全回復させる方法をヒントまででいいから探しておいて欲しい」

「妥当じゃな…まあ、その魔力回復については既に仮説ならついておるが」


 なんとぉ! マジですか。そういえば王族が利用するような病院に担ぎ込まれたことあったな俺……その時に外傷は治っても内面……魔力が回復しないのをそこに相談してたんだっけ?


「共和国や帝国にいる魔法や魔力に著名なお偉いさん方がかなり食いついてな……ぜひその者をモルモット、否研究題材にさせていただきたいといった者もいた」

「おい! さらっと人をモルモット扱いしたよな!」


 なにがなんでもそれだけは回避させてもらう。俺はMじゃないので。


「流石に断りは入れた」

「でしょうな……」

「それで、今回貴様が行動するにあたりちゃんとした偽名と戸籍を用意した。これなら旧グランツ帝国民にもにっくき敵側総大将の大川心斗とわかるまい」


 なるほど……そこまで恨まれているとは。そりゃああれだけ同胞殺されてちゃあそうなるか。


「名前とかそういうのは全部書類にまとめてある。目を通しておけ」


 まるで既に交渉は済んだ、受託してくれたというような態度の国王。確かに、破格の待遇。

 領収書さえとれば新しく領地になった場所を自由気ままに旅してこいというもの。

 しかし、俺には1つだけ縦に首をふれない理由があった。

 条件の1つ。俺1人のみで行くこと。それはやっとのことで合流できた新田、最近なんだかんだで家に居ない赤坂とはぐれた単独行動になるということ。

 寂しいとかではない。流石にこの年でホームシックになるようなことはない。むしろ楽しみだ。

 ……だがしかし、だがしかし!

 あいつらだけで生活させたらいったいどんなことになるのだろうか!おそらくだ、俺の想像だが、家に足場がなくなるのでは?いくらお掃除ロボ君がいたとて、それを上回る勢いで汚しまわるのではないだろうか。

 そして食事面。こちらはシルクに土下座してでも頼むしかない。じゃないと、強制的に熊の巣に軟禁状態にするほか方法が見当たらない。


「これは今すぐに返事をしなきゃいけない案件か?」

「うむ……いいだろう、1日考えるがよい。明日の午後、再びそちらに魔導士を送る」

「それじゃ……ちなみに帰りは送ってくれるんだろうな?」

「もちのろんだ。ここからシュベルツィアまで馬車で行ったら3日以上かかるからの」


 などという会話もあり。俺はこの依頼を仲間に伝えるために一度仲間の所へ帰っていった。


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