第74話 決着
公王は、未だに脳内に入ってくる多数の情報を処理できずにいる。空間把握能力(仮)頼みで制御しているのを知らず、見てて強力そうに見えたからこそ、このスキルを選んだのだろうか。
「貴様……どうやってこれを!」
ようやく頭を押さえていた公王が立ち上がって、そんなことを聞いてくる。そんなもの簡単だ、生まれが、育ちが、努力が違うからに決まっているだろう。
「そんなことだけで、この僕が制御できないとでも……! 現人神のこの僕が……!」
「そんなもん関係ない。これは俺の過去と、目の悪さの常人とのハンデがあってこそできたスキル。貴様は俺のやってきた努力をしていない。目隠しをしてまっすぐ歩くことに始まり、そのまま階段を上り下り、トイレに行ったり、掃除をしたり」
「な……なにを……!」
「そして、最終的に俺は目隠しした状態で、東京から横須賀…約60キロを1人で歩いた。日光の山奥を目隠ししながらハイキングしたりもした。そこまでして……そこまでして、手に入れた力を簡単に使えるわけがない!」
ちなみに、横須賀は盛った。正確には赤レンガ倉庫までです、はい。それ以外は事実。どこにどれがあるかなどがわかり、水の気配、木のぬくもり、全てをわが身で体験して、何年も努力を積み重ねたからこそ習得できている空間把握能力(仮)。それがあるだけで、3次元の座標指定を簡略化でき、他の情報を裁くだけでよくなる。自分を中心とした半円の中に点を打ち、移動速度と道のりを指定するのをこれなしでやったら、常人は脳がパンクするだろう。
「だ、だったら……! 【フライ】」
「【フライ】」
公王が地面から浮いた瞬間に俺もそれに続いて上空へと飛び上がる。公王はそのまま地面に落ちていた剣を拾い上げて、それをもって突進してくる。
「……遅い」
周りからは早く見えるかもしれないが、俺からしたらまだまだだ。十二分に余裕をもって、剣の一撃を宙返りの要領で避ける。
「くそっ!」
またしても公王は俺に向かって突進してくる。少し速度が上がっていたが、それもあっさりと避けることができた。
「ならば、【インビジブル】」
突如、公王の姿が視認できなくなる。【インビジブル】の効果で体を透明にさせたのだろう。だが、たかが“姿が見えなくなっただけ”だ。
風の流れで、気配でまだ公王が狙っていることがわかる。そして、今、真後ろから突っ込んでくることも。
当たる直前に、俺は素早く宙返りをして攻撃を避け、後ろにつく。
「よっと」
素早く背中にあるバズーカを方に構えて、撃ってみる。すると、ある空中の一点で爆発が起きて、そこから公王が墜落していく。気配でわかっていたとはいえ、本当に命中するとは思っていなかった……。
「公王、あんたちょっと弱すぎじゃないの……? ラスボスなんだからもっとしっかりしてくれないと困るよ」
「ま、まだだ! 貴様は【超覚醒】を使っている! だったら、私もその【超覚醒】を使えばいい!」
個人的に、公王の健康を考えたらやめておいた方がいいと思うがあえて止めない。少し強者との闘いに飢えている。こんなにあっさり終わってもらっては、逆に困る。
「【超覚醒】」
公王がついにその名を口にしてしまう。すると、公王の周りに暗黒色のオーラのようなものが渦巻き始める。
俺は待機中の魔力の流れを見てみる。見た瞬間、魔力はどんどん公王に集まっていくのが確信できた。
「これは……!」
「ど、どういうこと……」
部屋の隅で赤坂とシルクがお互いの手をとりながらびくびくしており、新田は新田で立ち尽くしている。
そして、次に聞こえていたのは、公王のうめき声だった。
「ぐおお……なんなのだ、この流れ込んでくる感情は……!」
その言葉は、俺にはよくわからなかった。俺はこの状態になっても、なんの感情も流れ込んできていない。いったい何を言っているのであろうか。
「怒り……悲しみ……憎悪……!」
公王はまた頭を押さえながらうずくまる。そして、今の3つの感情の種類を聞いてわかった。おそらく、流れ込んでいるのはこの【超覚醒】が初めて発動したときに俺が感じた感情。新田を連れ去られた怒りと悲しみに、憎悪。それが流れ込んでいるに違いない。
「まだだ……まだ終わらんよ!」
やがて、頭を抱えてうずくまっていた公王が剣を杖代わりにして立ち上がって、俺に向かって突進してくる。
「……!?」
今までとは桁違いの速さに、俺は驚愕する。一瞬で右腕に傷がつけられ、そこから血が流れ落ちる。
「貴様は、現人神たる僕が殺す……コロす………………コロス!」
そんなことを言いながら公王は何回も、何十回も攻撃を打ち込んでくる。その速さと威力は、一撃ごとにどんどん速く、重くなっていく。俺に一撃を加えるたびにオーラはどんどん大きく、強力になっていくのがわかる。
俺は徐々に目が慣れていき、それにあわせて防御する。そして、とうとうつばぜり合いをするまでになる。そこで、相手の目を見ると、その目は血走っている。
「これは……怒りに支配された……?」
確か、俺が誰かに殺意を抱くと、オーラは一層強くなり、力も感じた。つまり、怒りの感情が強いほど、【超覚醒】の能力は強くなる。
「コロス…………コロスコロスコロス!!」
「こいつ……もはや元の人格すら失ってる!?」
既に、公王は人と言えないような精神状態に陥っている。ものすごい精神汚濁効果だ。もし、フルでこの能力を使っていたら、俺もこうなっていたかもしれない。
「そうならなかっただけ、運は強かったな」
俺は心の中からそう思う。リースキットの追撃戦の時にフル使用して、こうならなかったのは奇跡としかいいようがない。
「そして」
こいつは、もはや人間ではない。殺しても、罪悪感は感じることがない。
「つまり」
今なら、殺せる。
俺は公王を押しのけて、素早く後方に下がり、たまたまあった柱に足をかけると、【フライ】を発動させながら、柱を蹴って、短剣を手に勢いよく突っ込む。
「コロス……!」
それを見た公王も高速で突っ込んでくる。その目は、血に飢えているようだった。
「これで、終わりだッ!」
そのまま、俺と公王の影は重なっていき、その一撃にすべての想いをのせるーー
〇 〇 〇
「ふぅ……なんとか勝てたって感じか……」
「その割には、元気そうですね」
俺の背中で、新田が軽口をたたいてくる。【フライ】で上空を飛んでいる俺たちに、地上に居る騎士たちは両手を振っている。
グランツ城には、今は帝国の旗ではなく、王国の旗がたなびいている。ユニオンジャックにも似た旗は、晴天の下、俺たちの戦いを労うようだった。
「……あれか」
飛んでいると、近くの丘に転移魔法で現れた近衛騎士団の騎士たちが整列している場所があった。左右に分かれて、中央に道を作っている。まるで滑走路のようだ。
「先輩、帰ったら何します?」
「ゆっくり風呂に入って、うまい飯でも食べてえな……」
「私もです。もうこの国独特の味付けは飽きました」
「ははっ、簡単に捕まっておいてなにを」
俺は新田と軽口を叩き合いながら、その即席滑走路にゆっくりと着陸する。
「我らが勇者に、捧げ、剣!」
俺の到着と同時に、近衛騎士団は一斉に捧げ剣をする。奥には、転移魔法の魔法陣が。俺たちはそこを通り、転移魔法を制御している魔導士と軽く挨拶して、転移していき。
その転移先で、俺は力尽きた。
ご観覧ありがとうございました。
ご感想・ご要望、誤字脱字報告、ブクマ、レビュー、評価、よろしくお願いします。
これにて、第4章終了!次回からは第5章!