第72話 悪魔の宴
ー新田sideー
……目の前で、ワイン色とも、血の赤ともとれるオーラを放つ“誰か”が、剣を振り下ろした。
その剣は、騎士の繰り出したそれと打ち合うことがなく、兜に直撃する。
「……な、なんだあれ……!」
「ひいいい!」
「悪魔……!」
グランツ国王を守るはずの近衛騎士はその狂戦士の姿を見て恐れおののく。私もこんなのと対峙したら、絶対に逃げ出す自信がある。
私は、目の前の人物がわからなかった。そもそも人間かすら怪しい。しかし、事の発端は間違いなく伝令に化けた“どこか”の“人”が応対をしていた近衛騎士を“斬った”ことから始まった。
その近衛騎士が斬られた瞬間に、その人物は“何かを使って”そこに直接現れた。転移魔法を使ったのかどうかまではわからなかったが、とにかくそれは現れ、現在の状態にしたのだ。
そして、その正体がわかったのは、それからすぐだった。
1人を蹴倒した“それ”は、何を使ったのかわからないが、部屋の上空に滞空した。そして、後ろから2丁の“とあるモノ”を取り出して構えたのだ。
「バズーカ……」
それはステフが開発していたバズーカ。私が冗談交じりにミサイルのことを教えてあげたら、それをはっつけてしまった代物。先輩が最も愛用していた飛び道具。
「【爆雷雨】」
その人物が発した声に、私は聞き覚えがあった。
……それは先輩の“それ”とまったくもって同一だったのだ。
「【ソードビット】」
近衛騎士に向かっていく6本の小型ナイフ。それは相手の死角に回り込んで、次々と襲い掛かる。速度こそ段違いだが、あの軌道は、明らかに先輩のものだ。
「つまり……あれは先輩?」
信じられなかった。どこをどう繕っても、あのオーラを説明できない。本来、硬直状態で4本が限界のはずの【ソードビット】を6本同時に操っている。それにあんな全力で攻撃したら先輩とはいえ、魔力が持たない。
それ以外の2名はわかっている。さっき爆発に巻き込まれたときに反乱を起こした騎士は赤坂、端でボケーとしているのはシルク。赤坂はさっきの爆発で「死ぬわ!!」と声を上げていたのでわかった。シルクは……そう、しぐさで。っていうか、赤坂がいるんだから、シルクだろうなって。
そして、最後の兵が倒される。私近くに寄ってきた宰相の顔には恐怖が浮かんでいる。それはあのグランツ公王も同じようだ。
「あとは、お前ら2名だけ……」
先輩(仮)はとても暗い声でそう宣言する。ここから見ると、目が赤く光っているような気がした。その目は殺意を伝え、猛禽類が獲物を捕らえたときに見せる目だ。
「なにが……あと2人! ここが、貴様の墓となる! それに、こっちには捕虜がいるんだぞ! それを忘れたわけでも、あるまい」
宰相さん、無理にそういわなくてもいいんじゃない? 明らかに声が震えてるし、足がガクガクしてるよ?
「あぁ……?」
今の発言に反応した先輩(仮)を取り巻くオーラが、今のでさらに激しくなった。濃い赤色のオーラのような物体は、一瞬で部屋全体を飲み込んでいく。
感じるのは、ものすごいプレッシャー、殺意、怒り。100mほど離れた場所にいる彼の姿がすぐ目の前に立ちはだかる要塞のようだ。
ゆっくりと床に降り立つ“それ”は、まさに悪魔そのものだった……。
〇 〇 〇 ー大川sideー
目の前にいる宰相と思われる人物が新田の近くに行ったのは人質として脅すためだったのか。気づかなかった。確かに、近接戦闘は子供に負けそうなくらい弱い新田だ。それに、接近すれば、俺はバズーカを使えない。爆発に巻き込んでしまう。結構冴えるようだ。
「え……と、大川、先輩ですよね?」
何を思ったのか、新田が俺に尋ねてきた。まあ、無理もないか。この1か月くらいで、かなり変化したからな…。例えばこのオーラみたいなのとか。髪も結構伸びたし。傍から見れば、悪魔で通るかもしれん。
「ああ……。そっちは新田でいいんだな……? お姫様みたいで、ここの住人と化しているようだが……?」
「ええ、そうです。捕らわれの身です。ずっと助けを待ってましたよ」
ああ……そうかい。そうは見えないんですけどぉ?あれでしょ、それって絶対に〇ーチ姫みたいになってないと吐けないセリフだよな……?
まあ、それはいいとして、俺は1つだけ言いたい。
「【ソードビット】」
指示に従って真っすぐに飛んでいったナイフは、新田の目と鼻の先にある壁に直撃する。
「ッ!」
「簡単に捕まりやがって……! なにやってんのぉ!」
「しょうがないじゃないですか! あんな騎士に囲まれて!あとでわかったことですけど、鎧にも兜にも徹底的に対魔法装備がされてたんですよ! それでどうしろと!」
「馬鹿か!? あれは王国の魔導士隊の魔法一発でバラバラになる代物だぞ!お前の魔力の質と量を考えても、【フレイムランス】レベルですら役には立たん!」
「それでも…… !遠くからアーチャーにも狙われてたし! 先輩とかは絶対に助けに来てくれると……! 間違いなくそうしてくれると……!」
なるほど。つまりは、送りバント。自分がいなくても絶対にできる。むしろ、大人しく捕まっておくことでその先を読めなくする。計画が上手くいっていると悟らせる。
それに、たとえ新田の誘拐に失敗していても、結果は同じだったはずだ。どっちみち、全面戦争だった。だが、俺は新田にそれを望んでいない。いくらその意図があり、相手をかく乱する目的があったとしても、危なすぎる。
「まあいい。それはゆっくり話そう。あとでな」
「ええ、そうですね」
『あれ? ひょっとして僕たちいないと思われてない?』
「ですな。公王はお下がりください。ここは私が」
わざと省いていたことに気づいた宰相と公王は、再び行動を開始した。そのまま黙っていればいいものを。宰相は新田の影にすっぽり隠れ、刃を新田の首に押し付けた。
「どうだ、これで攻撃できまい! さあ、武器を捨てろ!」
「お前ら、大人しく武器を捨てろ。まずは新田の命が優先だ」
その行動を見て、俺は大人しく武器を遠くに投げる。赤坂も同じだ。
ただし、俺は「遠くに投げた」だけで、「捨てた」わけじゃない。
「よし、いい子だ。そのまま手を上げろ」
「【ソードビット】」
手を上げながら、離れた場所にあるナイフに指示を入れる。すると、そのナイフは指示通りに飛んでいき、1本目が最初が新田に押し付けていた方の腕に、もう一本は背中に命中する。
「グハッ……!」
いまさら「しまった」という顔をする宰相。思わず新田をホールドしていた腕が外れる。
「【ソードビット】を応用すれば、こんなこともできる!」
俺は今度はバズーカに指示を出す。バズーカはナイフにこそかなわないものの、それなりの速度で飛んでいき、指示と同時に火を噴く。
「え……?」
爆風が辺りを駆け抜ける。宰相は近くの窓を割って外に落ちていき、新田はこっちに吹っ飛んでくる。
「はい奪還」
「どこの世界に人を爆風に巻き込んで救出する作戦があるんですか!」
とツッコミを入れてくる新田を無視。しょうがないだろ、今度はあの公王にバック取られそうだったんだし。
……残るは、公王のみだ。