第64話 リースキット防衛線戦 2
このままだと赤坂に殺されると思いながら、俺は一心不乱に【ヒール】をかけまくり、心の中でひたすら赤坂とシルクに詫びを入れる。確かに司令部入り口の結界だけでは【ウォーム】の効果を防げるほど甘くなかった。
「とりあえず、このまま安静にしておいて……」
俺は司令部までシルクを引っ張って行き、寝かせてから再び戦闘指揮に集中する。既に先ほどの3万は壊滅状態にあるらしい。まあ、想定通りだ。
こちらの被害は極めて少ないという報告がある。このままいけば、大勝利だ。それを口にしてしまえば死亡フラグなので言わないが。
「3番隊、救援に到着しました!」
「6番隊、敵の横をつくために行動中!」
この世界のオペ子ちゃんから入ってくる情報を片っ端からPCに入力し、画面の中に入れる。それを移動させてみて予想交戦地点を割り出すと、俺はさっきの3万の壊滅を聞いてから、次の指示に移る。
「次波はどれくらいだ?」
「……およそ、6万です。現在作戦行動中のわが軍の2倍の戦力です」
「わかった。2番隊出動、1番隊のステフを呼び出せ!」
「了解!」
2番隊は重装備の歩兵と騎兵で編成した、近接戦闘の火力を重視した隊だ。それに、パワードスーツ100体もそこにいる。参戦すればかなりの火力を出すだろう。
一方のステフだが、あいつは今、ここから西に15キロのところにある山のふもとで、1番隊とともに忍んでいる。つまり、“あれ”も一緒ということだ。
「ステフさんと連絡がつきました!」
「OK、出してくれ」
貴重な映像水晶でつないでもらう。というか便利だな長距離通信できる魔法。俺も今度覚えてみるとしよう。
『どーしたのししょー。まさか壊滅しちゃった?』
「失礼な。壊滅したのは敵の第2陣。これから第3陣の6万が来る。そこで2番隊に出動要請を出した。だが、ぶっちゃけ4番隊で数で押し切られたらまずい。7番隊は待機場所が一番遠い。物量戦になると厄介だ。だから、ステフの出番」
『え、なに? なにすればいいの!?』
出番と言っただけで水晶1つ隔てた先で目を輝かせるステフ。やっぱ子供だな。そう思いながら、俺は再び敵の第3陣との交戦地点を算出する。
「今から大体10分後にそこから6度3分の地点で両軍がぶつかるから、そこにお前のゴーレム君の携行式のミサイルランチャーを打ち込んでほしい」
「いや、6度3分と言われても……」
あ、しまった。自走式りゅう弾砲じゃないからそれわからないじゃん。っていうか6度とか生身の人間、計れないじゃん。それに、ステフは……馬鹿だったか。
『どうせ私は馬鹿だよ!!』
ステフが水晶玉の中で暴れている。もしかして、声出したか? まあいい、気を取り直して解決案を出さなければ……。
「そうか、これを使えば」
俺は武器庫から閃光弾を持ってくる。信号弾用に改造してあり、打ち上げたところから半径15キロからは天候によりけりだけど、視認できるはずだ。
今は初夏。当然日が昇るのも早い。ゴーレムなら十分に見えるはずだ。
「ステフ、交戦が開始して、味方が有効射程範囲外に入った直前を狙え。まあ、つまりは信号弾が撃ちあがったら、1拍おいて、十分にねらってから撃て。遅くても駄目だし早くても駄目、正確性が求められるからな」
なるべく難しいことは言いたくなかったが、今回の場合は仕方ない。俺もこの15万という大群の指揮でてんやわんやなのだ。慣れない万単位の数、今までの指揮の最大の約15倍。
奇襲、強襲能力だけに特化した分隊方式と塹壕。塹壕についてはこれで2回目。手ごたえはあるけど、まだまだ慣れない。キレて前線で大暴れしないだけマシだ。
『とりあえず、難しいことはわからないけど。信号弾撃ちあがったらそこに撃ち込ませればいいんでしょ? とりあえずそれを教えてくる!』
ステフはそれを告げると、すぐに水晶の前からいなくなったようだ。魔力の供給を断ち切って、魔法水晶をただの水晶にする。
今になって、すっごい不安になってきた。キャストを間違ったアニメ監督のような気持ちだ。
実際、これはミステイクだった気がする。2番隊で大人しくさせておくべきだった…。
「だ、だったら俺が少なくとも援護射撃しないと不味いな……不安だし……」
慌ててバズーカに弾を込めていると、2番隊が到着したことを伝えてくる。間に合ったか。
「魔導士部隊は戦略魔法使えそうか?」
「ええ、出番なくてうずうずしているらしいです!」
すいませんでした。見方を巻き込むことを嫌って使ってきてないけど、6万はいるんだ、使って損はない。
ただ、そうすると有効射程範囲が……。再びそれを計算させて割り出し、通達する。面倒くさいが、これも勝つためだ。
「敵の第3陣、前線の塹壕から視認確認! 予想交戦地点に向かってます! その後ろ、今度は2万の増援が接近中!」
なるほど、6万と見せかけて、か。敵の指揮官も馬鹿じゃないということだ。つまり第3陣で8万ということは、次の第4陣を本隊にしているはずだ。
これは早めに先手を打っておいた方がいいな。
「ステフの射撃が終わり次第1番隊も出動、7番隊は即時出撃し、敵本隊、後方にいる第4陣を強襲して一撃離脱に徹しろ。斥候が位置を把握次第、やっちまえ」
「「「了解!」」」
再び指令室が騒がしくなる。朝の豊洲市場もかくやという勢いは、少し離れていてもうるさいくらいだ。
「敵第3陣と味方が交戦開始!」
俺は戻っていた相棒を再び解き放ち、前線の様子を見に行かせる。
まもなく、PCには前線の様子が見えてきた。どちらかというとこちらが押されている。
相棒には自分が気になったところを映せと言っておいた。あいつは頭がいいから、どこがポイントかすぐにわかるだろ。
なにか見つけたのか、相棒が急降下していく。その先にあったのは――
「果物……」
どうやら腹を空かせた相棒は、飯が食べたかったようだ。そっちに飛んでいくと、通信機器を器用に枝にぶら下げて、食事を始めた。
思わずこけそうになったが、そこで俺は気づいた。騎兵が戦っているところよりかなり後ろに歩兵騎士がいて、その庇護下には魔導士がいる。その魔導士たちが魔法をどんどん撃っており、命中精度こそ低いが、こちらの騎士がたまに被弾して落馬している。
対処法は3つ。だが、敵の騎兵を先につぶさないといけない。
だったら、彼らに蹴散らしてもらうしか手はない。
「今交戦している騎兵隊はパワードスーツ隊の到着を待ってから退避。パワードスーツ隊は敵騎兵を力技でいいから蹴散らせ。そうだな、前方に盾構えて横一列で突進すればいいだろ」
パワードスーツ1体はかなりでかい。7人横に並んでやっとだと思う。東京の地下鉄のワイドウィンドウなどの比じゃないでかさだ。
それをすぐに通達してもらい、状況を整理して、次の敵の行動を予測して、こっちの作戦も細かいところを確認する。
「パワードスーツ隊到着! 味方騎兵隊の退避を確認! 総司令の御命令通りに盾を構えて横一列で突進するようです!」
うわぁ……確かに俺はそう言ったけどさ。本当にやるとは思わなかった。意外とこちらも馬鹿は多いらしい。
「ある程度蹴散らしたら旋回して退避しろ、戦略魔法、もしくはミサイルと爆発物の雨に巻き込まれたくなかったらだけど」
もっとも、巻き込まれたい奴なんていないだろうけど。というか軍の中に青龍みたいなドMがいられたら迷惑だ。
「パワードスーツ隊、旋回しています!」
「OK! 射撃終了と同時に騎兵隊に再突入させろ!」
俺は慌てて司令部の外に出て、【フライ】を使って上空へ。見ると、確かにパワードスーツ隊が横一列になって旋回……いや、蹂躙しているのが見えた。敵の魔法も何発か受けているが、機動性はかけてない。思ったより頑丈だ。
パワードスーツ隊はまだ逃げ続ける騎兵を牧場の犬のように追い詰めて、1人、また1人と馬ごと空に放り投げている。
そして、今度こそ撤退しようと離脱を始めた瞬間に、俺は信号弾を直接バズーカから打ち出す。それは飛んでいき、敵の魔導士を庇っている騎士くらいの上空で爆発した。
こっちも攻撃開始だ。
『わが力よ、願いに応じその真価を発揮せよ、【マテリアルブースト】』
【マテリアルブースト】で素材そのものの効果を上げて、射程を伸ばし、標準機でまだ残っている信号弾を目標に構える。信号弾を打ち出した方が装填されているのを確認してから、魔力を込めはじめる。
そうしていると、横合いからミサイルが飛んでくるような、戦艦の主砲が飛んできたような音がする。今だ!
「【爆雷雨】!」
魔力が込められた2つの弾が飛んでいき、それは自由落下する前に数えきれないくらいに分裂する。
「【シールド】!」
弾着する瞬間に俺は【シールド】を発動する。全軍も魔法結界やらなんやらで衝撃に備えている。
それを確認した瞬間に、横合いから飛んできたミサイルと、俺の【爆雷雨】が着弾して、まだ朝だというのに、世界が夕焼けのように赤くなり、爆音が朝の高原に響き渡った。