第56話 丘の上の石碑
リースキット王国の王都、アンタレス。建国王アンタレスの名前が付けられたこの王都の直径は6.5km。東急電鉄で言えば多摩川線と同じ長さということ。
かなりでかい。
城壁に近い順に下級市民とスラム街が、そこから中級市民と、役人が住まう中級区、そこから門を隔てて、上流階級の承認や、貴族が住まう上級区があり、中央に王城が来るというつくりだ。
この大陸中央にある王都には世界各地のあらゆる素材が集まる。そのためか「アンタレスに不可能はなし」という言葉まであるそうだ。同じようなことを言われてるのは、東京で言ったら御徒町とか、秋葉原だろう。困ったときのヨ〇バシ頼み、なんて言葉も聞いたことがある。実際、なんでも手に入った気がする。
シルクの説明を聞いて、そんなことを思い出しながら俺たちは王都へ歩いて向かっていた。やはり魔法を阻害する結界があるところでは、重力魔法を使う【フライ】を使うのは不可だった。だから当初の予定通り、歩いているわけだ。
本来あら、さっさと行って、さっさと新田を救出したいところだが、ここで一回心を落ち着けて、冷静になる必要がある。じゃないと、無鉄砲で失敗率の高い行動を起こしかねない。
「あ、皆さんすいません、ちょっと待ってくださいませんか?」
王都まで残り1キロというところで、シルクが俺たちに待つように言いながら、森の中に入っていく。
「……この先に何か、あるのか?」
「あ、ちょっと先輩!」
なにか違和感……というか何かに引っ張られた感覚を覚えた俺はシルクについていく。この先に何があるかわわからないが、俺の中の何かが本能的に動かさせたのかもしれない。
シルクについていくこで5分程度。森が開けた場所に、小さな花畑と丘があった。
その丘の中央には墓のような……石碑があった。
そこではシルクが、石碑に手を当てて、誰かに祈るようなことをしていた。
これは覗く……っていうかついてくるんじゃなかった、と俺は後悔したが、さすがにこっそり帰るのも、あれだと思い、彼女が祈り終わってから、その石碑に近づく。
それに気づいたシルクは、少し微笑みながら声をかけてきた。
「オオカワさんでしたか。よかったら、祈っていってあげてください」
「ああ……」
誰には、わからなかったが、俺はシルクがやっていたように、石碑に手を当て、祈る。
誰に、どう祈ればいい、どういう経緯でこれが作られたかわからなかったので、軽く自己紹介ってだけだけど。
その自己紹介も終わり、俺は石碑から手を放す。石碑に書いてある文字はわからない。おそらく、この世界で、俺たちが知っているものではないんだろう。
「ありがとうございます。英雄に祈っていただけて、おそらく兄も喜んでいるはずです」
「え……?」
シルクって、兄貴がいたのか。それに、石碑ってことは……。
「ええ。兄は私が1歳の時に事故で」
「そ、そうか」
事故、か。それにしては街道から離れすぎているような気がする。
だが、それは聞かない方がいいだろう。聞いたら聞いたで、なんで聞いたんだ、って後悔しそうだから。
「どうしてこんな場所にあるのかって、気になりますよね?」
「い、いや。さすがにそこまで聞くのは……」
「いえ、大丈夫です。両親は詳しく話してくれましたし。それにオオカワさんならなにかわかるような気がして」
なるほど。確かにけっこうオタク系統の知識はあるし、雑学だけならだれにも負けない自信がある。
この際、聞いてみるか。どうせ、今後赤坂から相談受けるかもしれなかったし。
なんでって? 傍から見てもシルクは赤坂が好きみたいだし。
「今、なに考えてたんですか?」
う……鋭い! どうして俺の周りはこう鋭いやつが多いんだ! それとも、俺が感情を顔に出しすぎなのか? いや、それはありえるな……。
「まあ、いいです」
しかも周りは一発あるのばっかりだからこいつら、怖いんだよなぁ。
「私が両親から聞いた話だと、私を含めた家族でハイキングに行った時です。なにが起こったのかはわかりませんが、突然周囲一帯の魔力が急速に濃くなって、それから、兄の真下に空間と繋がる門のようなものが出現して、そこに兄は落ちていったらしいんです」
変な空間と繋がる門……かぁ。セオリー的に考えて、それは転移門の可能性がある。今思えば、俺たちの時も真下に魔法陣が広がっていた。もしかしたら同じ現象なのかもしれない。
「父はそれを見て、必死に兄の腕を掴んで引っ張り出そうとしたそうですが、それでもだめでした。父は最後、自分の手から兄の腕が滑り落ちていくのを今でも夢見るそうです」
「それは……」
相当苦しい思い出だろうな。
まあ、オタクとしては「よくそんなラノベにありそうな設定が現実に起こるもんだ」と言っている。
「父はそれをも笑い話に変えてしまうくらい強いんですよ!」
シルクは笑顔でそんなことをいう。だが、俺にはシルクの親父の苦悩が手に取るようにわかる。大切な人物を失った悲しみはどうにかなるもんじゃない。いつも通りのある日、幸せだった時間、その幸せが一瞬で瓦解する。
それは今の俺も同じだ。
でも、シルクの親父さんの方は、最愛の息子、だ。重みは絶対に違う。
「いつも『もっと握力あればなんとかあったかもな~!それとも地面に足かけて逆立ちみたいにしたら! あ、でもそしたら父さんまで落ちちまうな! はははっ!』って」
うわぁ……なにその人。俺にもその強さを分けてほしい。でも、それでも裏ではすっごい苦悩をしているはず。
「あと、父はよくこの言葉を使うんです。『人、時に我を失うもの也。時に無くすものあり。その時は天命を待たずして動くにあらず。冷心と静動にてこれを取り戻せ』不格好だけど、ためになるんだって。さっき、オオカワさんも使ってたので、びっくりしました」
「え……!?」
その瞬間、俺の周りの空気が一瞬だけ凍った。
『人、時に我を失うもの也。時に無くすものあり。その時は天命を待たずして動くにあらず。冷心と静動にて之を取り戻せ』……これは元旗本だった大川家に代々伝わるという言葉の1つ。知っている人は限られる。
しかし、なぜ目の前の少女の父親はそれを知っている。
まさか、俺の近親者がこの世界に転移しているのか?可能性はある。
「やっぱり、オオカワさんの家に代々伝わるようなものですよ…ね?」
「ああ……」
俺は動揺した心を落ち着かせようと、一回深呼吸をして落ち着かせる。
これは、今度冷静になって考えた方がよさそうだ。
でも、今、まず言えることは1つ。シルクの兄貴は違う世界で生きている可能性があるということ だ。
「多分、空間転移の転移門か何かだと思う。違う世界につながってて、そこで生きてるかもしれない。いわゆる、異世界転移だな」
「異世界……転移?」
「そう。例えば、このエキストラ・ワールドと違う世界がある。その違う世界からこの世界に来れば、それは異世界転移になる。一度死んで、転生した異世界転移を異世界転生っていうんだが……状況を聞いている限り、前者の可能性が高いな」
俺たち同じようなシチュエーションだし。いきなり落下はなかったが、もしかしたら同じようなことが起こっていたのかもしれない。
「そう……ですか」
シルクに若干、笑顔が戻る。自分が全く知らない“兄”の生存の可能性に希望を持てたのだろう。
「さて、そろそろ戻らないと赤坂たちが心配しそうだな」
「そうですね……もう30分くらい経ってると思いますし。早く戻りましょっか」
俺もうなずいて、来た道を戻る。シルクと話したおかげで、少しは楽になることができた。
このまま冷静に新田を助け出せたらいいが、俺は精神状態が荒れると、気性も荒くなる。
そんなことを思いながら、俺はみんなが待っているであろう場所に戻っていった。