第55話 王都へ!
gg それからすぐ。執務室の壁にぽっかりと空間の扉が開かれる。これが【ゲート】なのだろう。
そこから、シルクと赤坂が姿をのぞかせる。
「先輩! 新田が連れ去られたって……」
「本当のことだ……」
赤坂が入ってくるなり聞いてきた一言は、俺を責めているように感じた。「なんで新田から目を離した」、「どうせわかっていたんだろ」という内容の問いかけに俺は一瞬呼吸ができなくなる。
「すべて俺の落ち度だ!」
「いや、そうじゃなくて……」
いや、そうなのだ。俺が少しでも新田から目を離したのが悪い。最近の敵の動きを知っておきながら、これだ。
もう子供じゃないんだから、大丈夫だなんていう楽観的思考が今回のことを引き起こした。
そうに違いない。
「オオカワさん……」
シルクは、そんな俺を見て、哀れむ目を向けてくる。やめてくれ。俺が悪かったんだ。
向こう側のソファーにシルクは座ると、子供を諭すような口調で、こう言った。
「これは祖父の父……曽祖父の言葉なのですが、失った時こそ冷静に対処しろ、だそうです」
「いや、それ……普通にどっかのアニメキャラのセリフ」
なんだよ、その曽祖父は。ふざけてんだろ。かる~い感じでそんなこと言ってるな、どうせ。
「……人、時に我を失うもの也。時に無くすものあり」
俺は、俺の家に伝わっていた言葉を思い出す。昔、俺の先祖は旗本だったという。その時の当主が受け継がせたらしい。
「……その時は天命を待たずして動くにあらず。冷えた心と静かな動きでこれを取り戻せ」
ようは慌てずに冷静になって失ったものを取り戻せということ。なんでそう「風林火山」的なことを……。
「……!」
シルクが俺の言葉を聞いて、若干驚いたような顔になっている。どうしたのだろうか。
「い、いえ。なんでもないです、よ?」
「そうか」
さすがに「どうかした?」で教えてくれないか。わかっていたけど。
俺は落ち着くために、ひとまずその言葉を3回繰り返したとき、今度はさっきと正反対の位置に【ゲート】が開いた。
中からは、もちろんバーニーとサリーが現れる。ゴーレムは巨大な顔の一部を現した後、すぐに消えた。おそらく、魔導士がいったん閉めて、別の場所に転移させたのだろう。
「……マスター、さっきの魔導士とは連絡取れるよね?」
「もちろんだ。さっき赤坂君たちを送ってきた送ってくれた魔導士はギルドの応接室にいるはずだから、ゴーレムを転移させた後はそこに現れるはずだ。
それなら大丈夫だ。ゴーレムの居場所もすぐにわかる。
「ししょー、私、頑張りますから!」
バーニーがステフに寄って二言三言話したあとに、そう俺に話しかけてきた。
……ったく、なにを頑張るっていうんだ。頑張らないといけないのは、責任を取らないといけないのは俺のはずなのに。どうしてこんなにお人よしが多いのかね。
「「「「「あなたにだけは言われたくない」」」」」
ホーネストを除く全員にそうツッコミを入れられてしまった。別にボケてなんていない。
「先輩がお人好しじゃなかったら、俺のこと既に見捨てているはずですよ」と赤坂。
「「「私たちの依頼を手伝って、手助けしてくれない」」」と祈祷の時雨3姉妹がハモって。
「私のゴブリン退治にも協力していただけなかったはずですが?」とシルク。
赤坂はいいとして……祈祷の時雨とシルクはお前らから激しく揺さぶられたからじゃないか……覚えてるんだぞ。無理に勝負仕掛けてきたり、受付嬢も共犯とはいえ、受けさせられたことを。
さらに、追い打ちをかけたのは、ホーネストだった。
「それにオオカワは強制依頼受託率は100%だし」
「いや、それ受けないと失敗扱いになるからじゃん」
「ほかの冒険者の尻拭いも何度もやってるし」
「それはお前が俺の立場と自分の権利を乱用してだな!」
たまに呼び出されたかと思えば、討ち漏らした盗賊の討伐だの、魔物の討伐だの。やっかいな魔物の捕獲などをさせらていた。
けっこう強制依頼をさせらてたはずだが。
「だったら、辞めればいいじゃないか」
「は?」
「強制依頼は失敗扱いにこそなるが、別に受けなかったらといってペナルティはそこまでない。馬鹿正直に片っ端から受ける【エリート】も【エース】もいないからな……」
ん? なんかすっごい重要なことを聞いたような。
……失敗扱いになるけどおとがめは少ない…だと?
「失敗扱いになるから少しギルドでの序列変動には影響が出る。冒険者から陰口をたたかれる可能性もある。だが、“しょうがない”ことでもある。むやみに受けて命を落とすよりも……ということだ」
「かなり騙されていたようだが、俺は。いや、知識が邪魔をしたな」
今まで、俺は“依頼失敗”はかなりのペナルティだと思っていた。どのラノベも、どのWEB小説もそうだった。だからある程度テンプレが通じるこの世界でも同じだと思い、すべて片っ端から受けてきたのだ。
……今、知ったからには今度から気を付けないと。
「とりあえず、今から君たちは王城に向かってもらう。王都の関所で検問を済ませたら、馬車で直接王城まで行ける。ただ、王都から半径5キロの地点までは敵味方かかわらず魔法を妨害する魔法道具が作動しているから、【ゲート】からは自分たちで歩いて行ってくれ。言っておくが、オオカワに頼んで飛んでいくことはできないからな」
そうか。【フライ】も所詮は魔法。ジャミングがあっては確かに使えない。
そういう時のために今度、フライトユニットか飛行機でも欲しいな……。
「なあ、にっ……」
た、と言おうとして、気づいた。そう、ここに新田明里という人物はいないのだ。俺は、いつもなら「いた」はずの「誰か」に声を自然とかけていたのだ。
「……」
そうか。失ったものは、既に条件反射で話しかけてしまうほどの存在だったのか。
そんなことを考えると、さらに自分を嫌いになってしまう。どうして……どうして!
「先輩、何度も言いますけど俺たちもそれは同じですよ。だから助けに行くんじゃないですか。もちろん、最後に助け出すのは先輩に任せますがね」
赤坂が意味ありげに話してくる。リラックスしながら、出されたお茶を飲んで「うめー」とか言ってるやつがそんなこと言っても、説得力がない。というかお前こういう時はパニックになるの通例じゃなかった?
「だからししょー、一人で背負い込まないで、って言うこと、これはししょーのミスなんかじゃないよ。完全にししょーの思考を読まれたんだろうね」
「なっ……」
俺はその言葉を受けて、部屋の隅まで移動して、カーペットを丸型になぞり始める。ショックを受けた時の癖だ。
「あれ?」
一番、一番自信のあった心理戦で俺は……負けたということなのか? そこまで読まれていたのか。
「大川心斗、未熟なり!!」
今度、心理戦の駆け引きをもう一度練習しなければいけない。
「とにかく、そろそろ出発していただきたいんだが……?」
困った様子のホーネスト。そういえば、かなりの時間がたった気がする。少しは落ち着けた気がする。それでも、まだまだ怒りと悲しみは消えない。おそらく、新田をこの手で救い出す、いや取り戻すまで、この苦しみから、呪縛からは解放されないのだろう。
「わかった……出発しよう」
〇 〇 〇
応接間には2人のローブを羽織った男がいた。片方は初老の男性、もう1人は優男とという印象がある。
「よろしくお願いしますね」
「あいよぉ! 任せな!」
シルクがきれいに頭を下げると、初老の男性の方がケラケラと笑って見せる。かなり軽い性格の人のようだ。
優男の方は、なんか緊張している。
「とりあえず、頼む」
どうしても言葉が重く、暗くなってしまう。さっきまではいつも通りの口調を守れていたのに今になって、さらに喪失感がわいてくる。
(いかんいかん……それを俺は今から取り戻しに行くんだろ)
俺はそう自分に言い聞かせる。
っていくか、ここまで依存心があるのもかなり気持ち悪いな、と冷静に自分のことを分析して、思わず吹き出してしまう。
「はっはっは……」
突然失笑し始めた俺は、周りから見ればかなり気持ち悪いことだろう。
そんなのも気にせずに、俺は己の未熟さを、バカさ加減を笑っていた。
そして、【ゲート】が2人の魔導士によって作り出される。大きさは4m四方といったところだろうか。
「ご健闘を」
「すぐにゴーレムは送りますから」
それを聞いてほっとしたらしいステフが走り出し、門の中で「早く早く」と手を振っている。
やっぱガキだな。
俺はそれに続き【ゲート】を通る。目の前が一瞬まばゆい光に包まれる。おそらく、これが次元の流れとかそういうものなのかもしれない。
次に俺が目を開けると、そこは森の中を通る1本の舗装された道路だった。
遠目には、どでかい都市と、城が見える。
「あれが……王都」
それを見たとき、俺の中の何かが、こっそり騒ぎ立てていた。