第54話 取り戻す覚悟
ー大川sideー
『我は、我らが神の啓示により、そして我、現人神なる我の遺志により……』
「「「………」」」
目の前の水晶から、ややくぐもった声が聞こえてくる。相棒が調べてきてくれた密会現場の所にいた男の一人。それが、まさかラーディッシュだったとは。
『回答期限は24時間後。使者を遣わせよ』
「……」
確かに、これは宣戦布告と取っていいだろう。しかし、なぜだ。なんでそんなに権力を欲したがる んだろう。確かに、人間は欲にまみれた生物だ。
しかし、権力を持つということは同時にかなりのリスクを負う。だから、俺はたとえ力があったとしても権力だけは欲しくない。
まあ、握る力もないんだけどさ。
『……ニッタ・アカリを預かっている。降伏しない場合、命の保証はしない』
「……!」
先ほどの騎士の言葉は合っていた。俺は、絶対にそんなもの、冗談だと思っていた。
だけど、現実だった。
多分、魔法道具屋からの帰りでさらわれたのだろうか。もともとあいつの魔法はかなりの威力がある。それがパワーアップするはずだからどうせ試射はさせてくれなかったはず。
つまり、このギルドの試射場を使うはず。
「くっ……」
どうして、どうしてだ。期限なんてないんだから、どうしてあいつについていかなかった。
予想外の出来高に目を輝かせてギルドに急いで……大事な仲間を連れ去られて……!
いや、あいつは……新田は果たして“仲間”だったのか。
どこから俺は考え始める。
初めて出会ったフィリピンの砂浜。そこで繰り広げた壮絶なバトル。そして、誘われ入ったPC部。教えてくれる教官としての新田と生徒としての俺。学年主任が顧問で、俺の経歴を買われて助っ人に行ったソフトボール部の試合。選手として出場した俺と観客の新田。
一緒に大会に出たチームメイトとしての俺と新田。あいつの悩みを解決するために相談に乗った“相談役”としての俺と、悩みを持っていて、助けを待っていた新田。
高校に入ってから約4~5か月、新田と俺は常に一緒にいたような気がする。
そして、この世界に来てからは……。
来てからは…………?
『あ、先輩おかえりです! 頼んでいたもの買ってきてくれましたか?』
『あ、ああほら。これだろ?』
『無理しちゃだめですよ……っていうか無理しすぎです』
『いや、無理してないさ』
やっぱり一緒にいた。それも、放課後の一時とかじゃない。一日中とかそんくらい。
俺は稼がなきゃ、自分の力を把握しなきゃ……って、一人でも依頼を受けていた。今後、訪れるであろう帰る手がかりを探すときのために……。
そして、帰ってくると……。
『先輩、お帰りです!』
そう、笑顔で出迎えてくれた。うれしかった。今までみたいに俺はなにもない、腹をすかせた従妹がいて、帰ってきた瞬間「ご飯は~?」とか言ってくる……そんなところじゃなく、温かく「おかえり」って言ってくれるところに帰れるのが、うれしかった。
そういう意味では、新田は俺の「帰る場所」で、「居場所」だったのかもしれん。
「ハハ……笑えねぇな」
それは、確かに、ピンポイントで俺の弱点だ。そして、怒りのツボだ。
「くそ!」
「ししょー……」
強く手を握る。手に爪が食い込む。そして、血が出てくる。だが、痛みなんて感じない。
ただ、悲しみ…喪失感と怒りの正反対の2色に俺の体は内部から……まるでピストンに吸われていく水のように、あるいは滝のように、グラデーションされていく紙のように染まっていく。
「し、ししょーおちついて!」
誰だ……誰が俺に話しかけている。
……周りが、見えない。どこまでも闇が続く。いくら走っても、走っても闇の中だ。
「だから、ほら! 落ち着いて! ししょー!」
ししょー……俺のことか? 俺が、ししょー、なのか?
「そうだよ! なんか変だよ?」
目の前の少女……いや、幼女ともとれる人物は握っていた手に、手を置いてくれる。
少しは、少しだけは怒りが減った。
「ねぇししょー……殺されたいの?」
「なんでだ」
「私は幼女じゃない……もう働いてるんだから大人といえっ!」
「譲って背伸びしている少女だ……」
少し、今までのテンポに戻れた。
だが、まだ……俺の中の怒りは、悲しみは消えない。後悔も、最後に見た新田の後ろ姿も……全部、全部。
「と、とりあえず、落ち着け、オオカワ」
ギルドマスター……ホーネストが俺のことをなだめてくる。なんだってんだ。
「仲間を連れていかれて怒っている、悲しむのはわかるが、落ち着け。もうすぐシルクとアカサカもここに現れるはずだ。転移魔法【ゲート】を持った国の魔術師が今彼らを迎えに行っている。むろん、バーニーとサリーもだ。それから……」
「それから、なんだよ」
「さっきの騎士も言ってただろう。お前らは残りと合流したらすぐに王城へと向かってもらう。今回の戦には君たちにも召集がかかっているんだ」
……召集。当たり前か。俺は偽物とは“英雄”なんだ。確かにあれだけの大物ばっかり倒してりゃあそうなるか。
「それに、言われなくても」
「そうだねししょー……ニッタの姉ちゃんを奪ったんだよ。いわれなくても取り返すために戦うよ」
俺が言いたかったことをサラッとステフが奪っていく。こんにゃろう……。
「少しくらい男に花持たせろ」
「ししょーはそんな柄じゃないじゃん」
ぬ……確かにそうだが……だが、今は。
「失ったものは、俺の手で取り戻す!」
そう、心に誓った。
その時、俺の体では……既に”とある”変化が起きていた。
時に恐ろしく、時に役に立つ力。それを、俺はどう使ってしまったんだろう……