第53話 宣戦布告
【ゲート】をくぐると、そこは王城の通路のような場所だった。通路の中央にはレッドカーペットが通っていて、窓や、飾ってある絵の額縁にも繊細な、そして、豪華な、悪趣味な装飾が施されている。
「ここは……」
「ヒャハハハハハ! もち、グランツ城に決まってるだろ!!」
「いや、わかってるんだけど……」
まあ、念のためにも、ね。これで地獄と言われたらあれだし。テンプレな世界だけど、たまーに予想外の事態が起きるんだよね……。
「じゃ、王様のとこ連れてってよ。どうせいるんでしょ? それに、わけも話してくれるんでしょ?」
「お……おい。なんでそれがわかる? まさか読心術を使えるのか!?」
うん、それは先輩ができることだ。ある程度直感でわかることあるけどさ。
っていうか、ほんとテンプレ通り。やっぱり、私は生きて帰れる。いろんな事やられるだろうけどね。
ま、まあ……記憶の消去魔法とかあるみたいだから……ね。うん。そこは大丈夫。
「じゃあ、ついてこい。我らが公王、ラーディッシュ4世様がお待ちだ」
わかってる。そんくらい。私は周りを岸に囲まれて謁見の間への通路に1っ歩を踏み出す。
ああ、もう! くさぁ! 先輩と赤坂のときは感じなかったけど男くさぁ!
「あと、城の中に馬を乗り入れさせるなー!」
後ろからランスを持った騎兵がやってきてる。そして馬の方は馬糞を……。ねぇこれって本当に大丈夫なのかな……。
帝国は、相当なバカの集まりだった。
私は、赤坂が王様になった方がもっといい国になるんじゃないかって思った。
〇 〇 〇
「ほらほら捕虜が通るぞ!」
「不戦敗でずる勝ちして、だけどね」
「んだとゴラァ!!」
鞘付きの剣を振り回しながら道をあけようとする騎士の誇ったような言葉に、思わず私はツッコミを入れてしまう。しょうがない……しょうがないんだ! こればっかりは!!
そうこう言っているうちに私たちは謁見の間のようなところにたどり着いた。
無駄に……無駄にドアがでかい。ドアには竜が天に昇っていくようなものだった。なんだろ、古代文明のほうが絵心あるし、うまいんじゃないかな……。
「さっさと入れ!」
「はいはい」
後ろから騎士にレイピアでおどされて、しょうがなく中に入っていく。
……イメージしていた通りだ。中央にはさっきと同じようなレッドカーペットが走っていて、両側の壁には大きく切り取られた窓があり、外から光を部屋に流し込んでいる。しかし、差し込んでる光は、紫色である。
レッドカーペットが走ったその先には王座があった。その王座には、1人の巨漢が座っていた。無精ひげを生やして、王冠を馬鹿正直にかぶっていて、ふんぞり返っている。
横にはローブをまとった初老の男性がいる。いわゆる、宰相ってやつ?
私が、目の前を見つめなおしたとき、外からK身なりの音が聞こえてくる。その少し後で一瞬だけ、光が謁見の間を明るく照らす。
……まさに、決戦のような展開だ。魔王城の最後の最後で魔王と対峙したときみたいなシチュエーションだ。
「オラ! 歩け!」
「はいはい」
そんなことを考えていたら、さっきの馬鹿騎士に脅されたので、私はしょうがなく前に向かって歩き出す。
「ラーディッシュ殿下! お言いつけの通り、捕虜を連れてまいりました! おい、お前、頭を下げろ!」
「はいはいはい……」
近くでそのラーディッシュとやらを見たが、かなり太っていた。あ、やだ。なんかこの人だけには頭下げたくない。
でも、今後の身の安全を考えると、頭は嫌でも下げておいた方がよさそうだ。
そう考えて、私はいやいやながら頭を下げる。
「この通り、殿下には危害は一切加えません。私が保証いたします」
じゃあ、裏切ったらあんたの首が飛ぶわけだ。ちょっと今からどっかを媒体にして魔法をとばそっかな。
そんなことを考えていたら、横合いから「保証する」なんて言ったやつが
(た、頼むから魔法今すぐ撃つとか言うなよ……俺は最近結婚したばかり……)
ふむ……それはかわいそうだ。じゃあ少しは勘弁してあげよう。
「よろしい。顔を上げろ」
なんで宰相が言うんだ……こら。せめて公王が直々に話さんか。
なんて思いながら顔を上げると、王であるラーディッシュが、一枚のプレートを持っていt。
……手元が輝いている。おそらく、魔力を流し込んでいると思われる。
すると、ボードには文字が浮かんできて。
『どーも、グランツ帝国公王ラーディッシュ4世でーーす!』
と言ってきた。
私は思わずガクッと横に転がってしまった。しょうがない……これはしょうがないんだ。そう自分に言い聞かせる。
気を取り押して、私はなんで自分たちが連れてこられたかを聞いた。
「なんで、私は連れてこられたの? それだけは教えて」
ふむ……となぜか宰相が言う。おい、王が言え、王が。どっちが王様なのよ。わからないじゃんよ。
『ねえ宰相、話しちゃっていい? さすがにか弱い女の子に隠し事、ボクにはできないよ』
「え、ええ。どうぞどうぞ、許可します」
『ありがとねー』
「えーーーい!! ボード使わずしゃべらんかっ! 自分でしゃべれ自分で! 鬱陶しい!!」
公王は宰相の言葉を聞いてから魔力を流し込んでいるので、遅いったらありゃしない。
「あ……あー……き、きこえ、る?」
聞きなれない、バスに近いテノールのような声が私の耳に入ってきた。上を向くと、ラーディッシュはボードをしまい、口を開いていた。
……うわっ、すっごいくぐもってんだけど。なんなの、こいつ。
「君を捕虜にした、理由は、君も……わかってゲフンゲフン!」
「えーーーい逆に鬱陶しい!! もうわかったからボードで話せボードでぇ!」
半ば自暴自棄になりながら、円滑に会話が進むように努める。なんで私が会議の司会みたいになっているんだろ。
『捕虜にした理由はわかっているだろう。君は“英雄”オオカワの唯一の弱点だから』
「まず言わせてもらうけどね。先輩の弱点は私じゃない。言っちゃうけど、あの人は一点特化にものすごく弱いよ?」
『そうじゃなくて、精神面ということ。一点特化は、英雄パワーに負けてしまう』
英雄パワー? 多分【ブースト】とかだろう。それに今考えてみれば策略で何とかしそうだ。
我ながら、恐ろしい存在を先輩にしたものだ。
『ニッタ・アカリ。お前はあの“英雄”オオカワの居場所。帰る場所。落ち着く場所、信頼できる場所。“英雄”は居場所が弱点。つまり、居場所であるお前を失えばだれでも殺せる』
ちょ……ちょっと待ってほしい。いつ私が先輩の帰る場所になった。私はそんなんじゃない。むしろ、私の帰る場所が、先輩の居場所になっているというのに。
「それに、私みたいな人間を好きになるくらい先輩は落ちぶれてない。知ってる? 犠牲は最低限にしようとするけど、切り捨てるときはバッサリなんだよ?」
過去にも、同じことがあった。同じ学年で、少し中がいい人がいたらしい。助けようとしたらしいが、かなり馬鹿なことをしていたらしく、それを先輩は「なら、不要か」と言って一瞬でバッサリと切り捨てた。目は冷たくて、冷ややかだった。ゴミムシを見る目で、遠目から馬鹿をしているその人を見つめていた。
「ちなみに、男も女も関係ないからね。簡単につかまったのに落胆して「期待外れ」だって言ってもう犠牲にすること決めてるかもよ?」
『ぐっひっひ、それはない。既に事前調査済みだ。“英雄”とおまえは数々の連携スキルを放てている。それは相手を深く信用してないと放てない。中途半端な信頼じゃあない。相手を信じ切って……それこそ妄信してないと無理』
まさか。私は確かに先輩のことを信用しきっていたが、あちらはどうかはわからない。どうでもい いと思っていたかもしれない。
オタクの絆ってだけなのかもしれない。
『絆でなんとかなることじゃないんだよ~っだ』
いちいちむかつくなこのボード……ってか公王は。
ちなみに、この公王の言葉を真に受けるとなると、先輩は、私のことを。
「って、ない! それだけはない! 断言してない!」
『……結構鈍感?こ の女』
「おそらくは。しかし、乙女心は複雑と言います」
おいこら宰相! なにわかったようなこと言っている! 傷つきやすいんだぞ、女の子の心というのは!
「と、とりあえず……今はそんなことはどうでもいいとして」
とにかく、目的だ。この馬鹿公王は(なってないと思うけど)先輩の動きを封じてなにをしたいんだろう。
「時間です。最終回答期限です」
「……わかった」
しゃべった!?
すかさず側近と思われるものが水晶玉を持ってくる。それに2~3人の人々が魔力を流し始める。いったい何をする気なのだろうか。
「準備が整いました。最終回答期限です」
「……わかった。リースキット王国、聞こえるか。我はグランツ帝国の公王、ラーディッシュ4世である。お前たちは、我に背いた。現人神なる我によくもたてついてくれた。その度胸だけは認めよう。だが、そう胸を張っていられるのも今だけ……」
なにを……するつもりなんだ。いや、聞きたくないだけか……。
「我は、我らが神からの啓示を通り、そして我、現人神なる我の意思により、貴国を圧倒的な力でうち滅ぼすだろう。その前に、降伏せよ」
「それは」
つまり、自分に従わなかったから、戦争を仕掛ける。宗教に、そして自分の権力に物言わせた、いわば宣戦布告。
「回答期限は24時間後。使者を遣わせよ。なお、こちらは貴国の隠し玉、“英雄”オオカワの弱点…いな、居場所である、ニッタ・アカリを預かっている。降伏しない場合、命は保証しない」
わかっていた。どうせ、こういうセリフが言われる。でも、どうしても怖い。命を保証しない。
おそらく、王国は宣戦布告をうけて、応戦するだろう。そうなると私の命は……。
怖い。わかっていたけど、怖い。自分の命を失うのが、いやだ。
(先輩……私は、バカでした。どうしようもない、正義感に浸っていた馬鹿でした。だから……助けてください!)
私は、最後にそう心の中で、叫んだのだった。