第31話 トラウマつまったパンドラボックス
第3章始まりました!
その夜、俺は夢を見た。今までの18年の人生の中で、一番思い出したくないときの夢を見た。絶対に俺はうなされてたり、金縛りとかになっていたことだろう。
他の2名とお掃除ロボ1号が安眠しているとき、俺は苦悩に満ちた今までの日々を強制的に思い返していた。
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俺はとてもナイーヴで、運動よりも読書、3度の飯より読書が好きな、いわゆる陰キャラという部類に入っていた。昼休みも毎度のごとく図書室に足を運び、気に入ったのがあればそれを家でも読み漁っていた。クラスメートは元気で、いつもドッジボールなりバスケなり、よく体がもつなというくらいに運動をしていた。周りは陽キャばかりで、学級員はモテ男とパリピの恋愛ガチ勢。鬱陶しい たらありゃしない。
俺は趣味でやってた野球を本格的に始めるために、野球部に入り、人数が少ないためにすぐ外野のレギュラーになった。ここまではよかった。
そんな、陰キャの中学生活5か月目。俺はある噂を耳にした。どうも近くの川の河川敷に住み着いている、いわゆるホームレスというやつに、俺に似たり寄ったりの奴がいたらしい。
それが、俺なんじゃないかという噂だ。
そこから、俺に対する差別が始まった。汚い、汚らわしい、金なし…いろんなことをささやかれ始めた。一部の、同じ小学校出身で、同じ登校班のやつは、ある程度はかばってくれた。
だが、世論は人気がある方が勝つ。人気があった俺のホームレス説はあっという間に学校全体に広まった。
それは、かろうじて先生たちの説明によって、止められたかに思えた。だが、今度は「元ホームレス」説があげられるようになり、川で体を洗っていただの、事実無根の行動を勝手にささやかれる。
俺は必死に、
「俺は最初から家があったし、それにホームレスは悪い人じゃない! ちょっと人生の道を間違えちゃっただけで、ちゃんとした人間だろ!」
そういう固定観念による偏見を、俺を馬鹿にするのをやめろ、と何度も主張した。
だが、それは「所詮負け犬が吠えているだけ」と言われ、誰も真に受けるものはいなかった。
それに言い返していくこと2か月。俺はどんどん自分に自信を失っていった。丁度野球部では秋季のトーナメントが始まっており、そこでチーム唯一の両打で出場。エラーなどはしてないものの、ベンチの奴らは「なんで大川なんかが試合に出てるんだ」というバッシング。
日々、人よりも早くグラウンドに出て、ベースを置き、球が詰まったカートを出してから人数分のヘルメットを移動、バットを運んで監督が来るまで壁あて、素振り。
そんな努力と態度で勝ち取ったレギュラーなのに、なんでうんたら文句を言われなければいけないんだ。お前たちはいつもぐだぐだ着替えているだけで、そんなこともしてないからなのに。
そして、学校では何故か俺の試合での成績(9番レフトで、3打数0安打、1四死球)が広まり、「打ってもないのになぜレギュラーなんだ」という話が持ち上がり、人気を勝ち取ったのは「監督に賄賂で何か渡した」という説。どうせベンチの奴らが悔し紛れにやったんだろうと思って、こればっかりはばかばかしくて、無視することにした。
……それが悪かった。
それが事実と取られてしまったのだ。そして、「大川の前では何を言っても大丈夫」、「何をやっても気づかない」なんて思いでもあったのだろうか。今度は堂々と俺の前で、しかもわざとそういう話をしてくるようになった。ある者は俺を椅子から落とそうとし、あるものはタックルで給食をこぼさせようとする。
目に見えた行動を、どんどん担任が注意することがなくなった。いや、あきらめた…というか自分のクラスでの不祥事を認めたくない、始末書を書きたくない、親御さんから連絡されて、学校長に伝われば自分の立場が、給料が、ボーナスが、危うい。そう考えたのだろう。
だから“なかったことにして”、罪を“認める”ことで、自分の“立場をこのままに”しようと、自己防衛本能でも働いたかのように、そんな態度になっていく。
案の定俺はセオリー通り、親を使い、担任ではなく、直接学校長に談判をしてもらった。
こればっかりは、しょうがない。自分へのバッシング、いや……いじめを止めてもらう最善の方法だからだ。
それが瞬く間に校内に広まる。どこに俺の監視網があるのかと思う。案の定、帰ってからまじめに盗聴器とか探したのは言うまでもない。さらには「親を、他人を頼らないと何もできない無能」だの、「度胸なしで、元ホームレスの汚い人間」だの言われるようになった。
2学期末の考査で、得意な英語、国語をはじめとする3教科でトップをとれば。
「また賄賂を使ったんだぜあいつ」
「へえ、相変わらず心も体も汚いんだな」
とののしられるようになった。
正直、周り全員を殺したくなった。頑張って勉強し、努力で結びついた結果が「賄賂」「汚い」の一言で片づけられる。そうやってあらぬ冤罪をかけてくる。こいつらはいったい何なんだ。これは本当に人間なのか?と、考える日々が続いていく。
冬になると、毎度のごとくインフルエンザが流行り始めた。俺は、かからなかったが、学校では学級閉鎖、学年閉鎖が相次ぐ。予想もしなかったインフルエンザの広まりに、ある意味感謝しながら閉鎖中は家で籠っていた。ちなみに、このころこのオタク趣味にはまっていったんだ。
そしてその学年閉鎖明け。なんとなんとそのインフルを学校に持ち込んだのがこの俺という話になった。まったく冗談じゃない。んな意図的に学校にウイルス持ち込めるわけないだろうが。出来たら逆にすごいわ! 尊敬する! 定期考査勉強せず閉鎖になってほしいと考えている全国の中高生から引っ張りだこじゃ!
そんなこんなで、俺が病原菌を持っているだのという話になり、いじめ、いやがらせのネタになった。
それにより加速するいじめ行為。階段から突き落とされ、校舎の外に筆箱を投げられ、トイレで用を足していたら後ろから蹴りを入れられ、上履きを投げつけられたかと思えば、中に画びょうを入れてみたり。ばれたら今度は手でとる(要はアキレス腱当たりの場所)にセロハンで、それがばれれば直接靴底にはめていたり。朝いったらテーブルと椅子が外に放り投げられていたり。そして、とうとう教師までそれに便乗し始める。意図的に俺の答案に誤採点したり、記述を全て間違いにしたり(返すときに採点基準を話すのでバレバレ)等々。
今にして思えば、そのために早起きして学校に行き、そんな工作作業をするその犯人たちも精が出るな~、ばかばかしいと思っている。
だが、まだまだ未熟者な俺はそれに逆上し、さらに精神的に追い詰められていた。
そして、中2になるころ。俺はとうとう感情を失った。
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精神科なんかにいかなくても誰もがわかるような状態で、俺は精神崩壊を起こした。食べ物の味もわからなければ、喜怒哀楽も浮かばない。本を読めといえば、それをただただ機械的に読み、おそらく「死んで来い」と言ったら、無反応で飛び降り自殺でもしただろう。
そんな俺を見て、さらにいじめはエスカレートした。だって、後ろから蹴りを入れても、なんも言われず(されず)、ただ歩いていくのだから。なにもしない俺は格好の餌食というわけだ。
そして7月の夏休み。俺は野球部の練習にすらいかず、ずっと家にいた。何もしてないわけじゃなく、俺にも日課が発生していた。夕方になると、俺は自然と屋上に行き、手すりというか、転落防止用の柵を超え街を見渡していた。それは多分、いつ死んでも悔いを残さないためかもしれない。このまま柵から手を放して、足場から足をはずして、頭から下にあるアスファルトに突っ込んでもいいように、そんな感じだった。
だが、人間はギリギリまでの行動ができても、感情がなくても命を落とす行為を簡単にできるわけがない。そのまま、俺は死ぬことを選べなかった。
そんな俺を見てか、両親は俺に台湾行きを命じた。叔父が住んでいる台湾に着き、有名な朝の台北大橋のバイクの群れを見たり、台湾最南端の灯台から見える海を見たり、夜市を散策したりと、悠々自適に過ごした。
少しは感情らしい感情が出てきたのは確かだが……それだけだった。
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そして夏休みが終わったと同時に、俺は転校した。どうやら、俺が台湾で感情がないままハッスルしていた時に、学校……というか行政機関に対して訴訟を起こしたらしいのだ。
そんなこんなで、今度は学区外なのに目と鼻の先にある中学に編入。そこには同じ塾のダチがうじゃうじゃいた。
彼らは口々に「なんで転校してきた」と聞いてきた。流石に「いじめられたから」とは答えにくかったので、「親の仕事の都合でな」と答えた。自然と、苦笑いをしていた。
それから、俺はいろいろと、なぜ人が人をいじめるのかを考え始めた。
そんなもやもやを抱えていた俺は、後期委員会を蹴り、生徒会役員選挙に出馬。人数がもともと少ないだけに、すぐに書記として生徒会という生徒の最大派閥の幹部に潜り込んだ。
気まぐれで、よそ者だったが、生徒会の4分の3が塾で一緒だったり、顔なじみだったことからすぐに仲良くなれた。
そこには、エリート気質な奴もいた。そんな奴を見ていて、俺は何故人が人を見下すのかを理解した。
結論は、人が人を見下すのは、他人を見下すことにより、自身の地位向上を図るため、と。
つまりは、自分の存在を格付けするために、他人よりも上の立場であることを証明するためにする行為だと。
それをたまたまあったいじめ防止の講習会で、生徒代表として、またいじめの被害者として、壇上で俺はその考えと、どれだけいじめという行為が非人道的で、許されるものじゃないかを力説した。だが、まじめに聞いてたのは講習会の先生と教師団のみで、ほかは知らん顔だった。
……彼らは、本当の恐ろしさを知らないのだ。
余談だが、そのあと講習会の先生から呼び出しを食らい、自分の考えを延々と話さなければならなかった。
その後、俺はちゃんと中学生らしい生活を送れた。普通に友達ができて、普通に遊ぶ仲間を作り、生徒会としての活動をして、リア充を憎んだ。
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高校に入ると、そこには、俺をいじめた張本人の1人がいるとわかった。名前は五十嵐怜音。
人呼んでカメレオン。姑息で、どの色にも染まり、味方になったと思えば、数分後には敵対するような奴だ。
俺はそいつが堂々と廊下を歩いてるのを見て、近いうちにまた俺へのいじめ行為が来るとわかった。
案の定、それは正解。すぐに周りは俺を蔑みの目で見るようになった。そして、バカにする態度も隠さずに話しかけてくる輩も増えた。
そういうのを、俺は片っ端から無視した。というか、なかったことにした。効果はてきめん。いじめで鍛えられた冷静な心と感情抑制能力が働き、なんとも思わなくなった。
そのうち、何故か誰が俺に危害を加える人で、誰が俺に有益であり、打ち解けられるかが一目見るだけでわかるようになった。エスパーじゃない。本能だ。おそらく空間把握能力(仮称)と、俺の本能の合わせ技と思われる。
そして、留学している時に新田と出会い一瞬で意気投合。赤坂とは新田が誘ってくれて入ったPC部で出会い、なんか助けているうちに慕われていったのだ。
そして……そして……。
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「……い……ぱい、先輩! 起きてくださいよ!!」
「う……ぬおっ!」
突然発せられた大声に俺は文字通り飛び起きた。見れば新田が俺の部屋に入ってきて、カーテンを開いているところだった。
「もう朝ですよ! 今日は依頼受けに行かないとはいえ、流石に起きてください。あと、お腹減ったのでご飯作ってくださいよ……」
「あ、ああ。すまないすまない」
もう朝になっていたのか。気づかなかった。……というか、嫌な夢だったな~。まさにパンドラボックスにでも封印しておきたいんだけど。
「そういえば先輩。なんかうなされていたようですけど大丈夫ですか? 夜中トイレに行ったとき、先輩の部屋からうなり声が聞こえたので」
「あ、ああ。なんでもない。つまらない夢を見ただけだ」
「そうですか? なんか悩み事とかあったら絶対に話してくださいよ?」
そう言いながら俺の横にくっついてついてくる新田。あ、そのエプロン。パスしてパス。
「そうだな~。じゃ、早速悩みでもいうか」
最近の、俺の悩みとは……。
「最近、どうも後輩2人が立て続けに身勝手な行動をするので、リーダーとして困ってまーす。ガキみたいで困ってまーす」
そんな冗談交じりの悩み事を聞いた新田は、顔を真っ赤にして、杖を取り出してきた。おい、やるのか?
「せ、先輩、あなたって人は……! こうも人のことを……!!」
俺はすぐに自分の部屋のドアを開けて、逃走を開始する。後ろからは新田が杖を左右にぶん回しながら追ってきた。
「待て―!」
「つかまってたまるかー!」
「少しは反省してください――!」
「やーなこったい! 貴様の足で追いつけるなら追いついてみろ!」
「言いましたね! このぉぉぉ!」
俺たちは家を出て、森の中に入っていく。なんかこうしているのが楽しい。
俺は、今、ここから、新しく人生をやり直し始めている……のかもしれない。
『我が力よ、願いに応じ彼の者を炎で焼き尽くせ! 【フレイムランス】!』
「え、おい! ちょ……魔法は反則……ギャー!」
まあ、生きていけるかの保証はないけど。




