第30話 朝日が煌めく地平線
第2章最終話です!
ー新田sideー
朝になった。いまだに火の壁は消えず(魔法は切ったが、草に引火して燃えている)、外で何が起きているかはわからない。爆発の音もしないし、赤坂の雄たけびも聞こえない。正直言って、不安だ。ゴブリンにやられるとは思わないが、万が一というものがある。この場合、その万が一の可能性が非常に高い。
「……ア、アカサカさんたち、遅いですね……どうします?」
後ろからシルクが聞いてくる。うん、私もどうしようか迷ってたのよ。魔力は全体の3分の1くらいは残っている。近接戦闘は苦手だけど、多分【フレイムランス】で倒れると思うけど、どうしようかな。
「だ、だったら私の使い魔に護衛してもらいましょう! ワトソンは敵感知ができますし、このクリックはゴブリン程度なら近接戦闘だけなら互角に行けると思います」
そう言うと、猫のワトソンが現れる。そして、シルクの横にクリックと呼ばれた犬が現れた。あ、毛並みが白い。かわいい。思わずモフりたくなる衝動を抑え、冷静に考える。
先輩のような戦術家ではないが、ある程度の戦闘の判断くらいはできる。この場合、ひとまずこの【ファイアーウォール】の外に出て、様子を確認した方がいいと思われる。できれば捜索をする。これでいい。
「じゃあ、周りに注意しながら探しに行こっか」
「はい!」
私はそう決めると、炎を水魔法で消火して、外に出た。
外に出ると同時に、矢が飛んでこないかを警戒しながら周りを見渡す。ところどころに私が落としたと思われる岩が転がっており、中央に、黒く焦げたクレーター、あちこちにゴブリンの死体がごろごろ転がっている。くっさい。ものすごく臭い。は、早く探そう。
私はこんな時にアンモニアの時のガスマスクがあればと独り言ちながら、丘を下って、戦場だったところに向かっていく。
それから、先輩たちを探さなきゃいけないんだけど。視界の隅から隅までゴブリンの死体の山だ。ぬー、どうしたものか。
「そうだ、シルクの使い魔で鳥みたいに上空から探せるのっている?」
私は早くも自分の目で捜索するのをあきらめる。だって、視界には緑色の体から赤い液体を流しているのしかいないんだもん。
「い、いるにはいるんですけど。まだ契約したばっかりで、命令に従ってくれるかどうかわからなくて」
「あーうん、とりあえず頼むよ。まず合流しないと話にならないから」
私の言葉に「わ、わかりました」と返事をしたシルクは、今度はインコのような鳥を召喚した。こっちもかわいい。
「じゃ、じゃあケプラー、一緒にいたアカサカさんとオオカワさんを探してくれる?」
『ピュイ??』
首をかしげるケプラー。これは、大丈夫なのかな。反応的に、絶対わかってないよねこれ。
すっごい不安。
「だから、アカサカさんたちを探して! お願いします!」
『ピー?』
いやふつうそこは一鳴きして飛び去って行くのがセオリーってもんでしょ! 本当になついていないのかな。
「お願いします、お願いします!」
『ピー……ピッ!』
とうとう使い魔にまで頭を下げ始めたシルク。それを見たケプラーはやっとのことで重い腰(翼?)を上げて、翼を広げて西側、クレーターとは反対方面に向かっていった。
多分言われた通り赤坂を探しに行ったのだろう。確かに赤坂は見境なくゴブリンを見つけては突進して斬り捨ててはいたけれど。
じゃあ、こっちは先輩か。あの人の性格なら、直接ボスをたたいているはずだからあの”ガルガンチュア“に向かっていけばいいんだ。そして、先輩は直線で帰るはずだから丘の上から”ガルガンチュア“まで直線に歩けば。
そう思って、私とシルクはキョロキョロしながら“ガルガンチュア”に続く直線を進んでいく。周りにはバズーカの弾頭が着弾したと思われる小さいクレーターが複数ある。先輩も派手に暴れたな~。
なんて思いながら進んでいくと……見つけた。
「ど、どうしたんですか、ニッタさん……。あ、これはぁ……」
「………………うん」
先輩は地面にうつぶせになって倒れていた。背中にはX状にバズーカを抱え、ナイフと短剣が腰にぶら下がっている。
それだけなら、先輩は普通だ。そう、なにもなく、普通。ゴブリンからの攻撃を受け、撃墜されたんじゃない。
……先輩はうつぶせになって倒れていた。私が【フォールストーン】で落としたと思われる岩の下敷きになって! しかも、私の自己ベストを大きく上回る大きさの岩の直撃を受けて!
「……先輩ィィィ!」
私は思わず叫んだ。自分のせいだけど、自分のせいなんだけど、叫ばずにはいられなかった。
「【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】ゥゥ!」
私は必死になって、無詠唱の【ヒール】を使いまくる。頭に直撃を受けていれば、先輩でも命を落としかねない。その時はシルクに頼み込んで蘇生魔法をかけてもらおう。
「だ、大丈夫だと思いますよ…? ちゃんと魂はこの体にいますし……」
私の必死の【ヒール】ラッシュをみていたシルクがそんなことを言う。なに? 魂? なんですかそれ? ここはファンタジーの世界かい? いや、そうだけど。
「私は生まれつき、霊感が高いんです。だからアンデッドとかよく見えるんです」
なるほど。だから生きとし生ける者の“魂”も“見える”わけか。それってつまり、弱点が一発でわかるということなんじゃ……。
「と、とりあえずオオカワさんを運びましょうか。それからケプラーとアカサカさんを探せばいいですし」
「うん、だけどね」
どうやって先輩を運ぼうか……と言おうとしたところで、思いついた。
『我が力よ、願いに応じ岩の壁を作り出せ!【アースウォール】!』
私は岩でできた壁を小さくして、地面と平行にし、その上に先輩を載せる。そして、それをコントロールして、動かし、丘の上までもっていく。魔力は消費したけど、ちゃんと運べた。
「先輩、大丈夫ですか……?」
私は返事がないのをわかっていながら声をかける。だが、「う~ん」といううなり声しかしなかった。でも、反応があるということは、生きているということ! よかった……。
まあ、先輩を撃墜した犯人は私だけども……。
「ニッタさん、かなり焦ってらっしゃいましたね」
後ろからシルクが声をかけてくる。だって、頭に当たれば即死だよ? 仲間心配すんの当たり前じゃん。
「で? 本当のところどうなんですか?」
「え? なんのこと?」
「とぼけないでくださいよ。だから、ニッタさんはオオカワさんが好きなんですか?」
…………………。
「ふえええええええええ!?」
な、なんでそうなるの!? どんどん顔が真っ赤になっている気がする。いや、絶対そうだ!そうに違いない! で、でもさ! いきなり聞いてくるとかひどい!
「ええ、ちょっと、待ってシルクさん!! 色恋沙汰を丸めてポイしてきた私には恋愛感情もわからないし!!!! 好きかもしれないし!!! そうじゃないかもしれないし!!!」
「そうとう動揺してますね~」
しょうがないでしょ!? 私は勉強優先、勉強優先、あーでも同人誌即売会とかっていう、色恋沙汰なんてかすりもしない生活送ってきたんだからさ!
「ふーん?」
シルクは、こちらにいたずらっ子の笑みを向けてくる。
でも、私は知ってるぞ?シルクはさっき赤坂に矢から守ってもらった時、なんかときめいていたのをね!
「そっちこそ、赤坂に守ってもらえてよかったね?」
「ふ、ふえええええええええ!? そ、そりゃ毒塗ってあったみたいですから!」
「で、実際どうなの?」
「ど、どうって! 何がですか!?」
「だーかーら、赤坂好きになっちゃった?」
「ふえええええええええ!? そんなのまだわかりません! わかりませんったらわかりませんからあああああ!」
ふふふ、この反応が面白いのよ。さっきこっちに聞いてきたお返しだよ!
……まだ好きかどうかわからないのは本当。仲間と思ったこともあれば、ただの先輩と思ったこともあるし、家族と思ったこともある。そもそも“好き”とは何かがわからないのよ。
漫画とか、小説でそういうの見てても、実際はわからないんですね~、これが。
「よし、わかりました。お互い腹を割って話をしましょう」
「なんでよ~。別にいいじゃん」
正直言って、面倒くさい。自分に好きな人なんていなかったし、今までもクラスの女子からそういうの嫌になるほど聞かされてたから。
「とにかく! 一回でいいですから! お互い話しましょうよ!」
「嫌だよ! もう飽き飽きだもんそんなもの!」
なんていいながら、私は一歩、また一歩と後退していくうちに、何かに乗り上げた。下を見てみると、足が。そして、その足は先輩のだった。
「先輩いいいい! すいませんんんん!」
再び私は先輩に謝る。今度はスライディング土下座で謝る。もちろん、先輩の反応はなし。
かすかに眉間を動かしただけだ。
私は大急ぎで【ヒール】を足にかける。そうしながら、本当の気持ちをシルクに話してしまう。少しはこの人がどんな人か知ってもらいたい。
「どっちかっていうと、感謝……かな?」
〇 〇 〇
これは私たちがまだ地球にいたころ。
4月に先輩を含め4人の高校1年生がPC部の入部してきた。1人はコロポックルのように身長が低い先輩、もう1人は逆に背が高いノッポだった。さらに1人いたが、すぐにやめてしまったので記憶にない。
大川先輩は呑み込みが早かった。教えたところは次の部活までにマスターしているし、運動部に助っ人に行き、そのまま部長になって帰ってきたりした。
そして、私たち後輩に対してものすごくよくしてくれた。例えば赤坂。あいつは英語の成績悪が悪すぎて、部活内で愚痴っていたところ、先輩が現れ「どれ、教えたろーか」と言って、無駄とわかってもみっちり丁寧に教えてくれた。
部長だった奴は、イジられながらも、陰で手をまわして自信をつけようとしたり、私たちの悪ノリに付き合ってくれたりと。
私の場合、勉強で少しできたからと言って、親から、教師から、周りのクラスメートや友達から、過剰ともいえる期待をされていて、勉強するのをストレスに感じて、とうとう鬱になってしまった。 周りをなにも見えなかった時、手を差し伸べてくれたのが、大川先輩だった。
私の気持ちを真っ向から理解してくれたうえで、こんなことを言ってくれた。
「期待は、人を強くする道具であり、人を害する毒でもある。大人も、周りも、ただ新田の“成績”だけを見て“中身”を見てないんだ。期待はお前にとっては毒でしかない。おそらくな。
だから、俺はお前に過度な期待はしない。それは諦めてるんじゃなく、期待でもない。それが、お前にとっていいからだ」
「これからの人生は長いんだ。自分が進みたいと思う方に、光を感じた方に進めばいいんでないの?
俺は、メリットしか追いかけてないように思えるけど」
と笑いながら言ってくれた。それが、今でも私の原動力になっていて、私の行動する“意義”になっている。
〇 〇 〇
「そう、感謝……」
そんな話をし終わったと同時に、遠くから一羽の鳥が飛んできて、シルクの指にとまった。
ケプラーだ。もしかして、赤坂を見つけたのかな?
「ケプラー、アカサカさん見つけたの?」
『ピー!』
元気よく鳴くケプラー。反応からして見つけたみたいだ。
『ピピィ!』
「自分が先導する」と言わんばかりに、ケプラーは羽ばたいて、先ほど戻ってきた方面に飛んでいく。私達はそれを追いかけていく。
そして、丘から500mほど行ったところに赤坂はうつぶせになって倒れていた。そこからは寝息が聞こえてくる
どうやら酔いつぶれて、そのまま寝たらしい。まったく、お騒がせな奴だ。
私は、同じ方法で赤坂を運び、丘に戻ると、先輩が起き上がって、体を動かしていた。
「おお……なんか知らない間にここにいたんだけど……俺ってどうなったの?」
「ああ、ええと、それは……」
私は目をそらしながら言い訳を考える。ここで自分の犯行というバカはいない。ここは、なんとか嘘八百で……。
「せ、先輩は魔力切れ起こして、地面にうつぶせになって倒れてて……発見したので、ここに搬送したんです」
「ああ、そうか、サンキュー」
そういった大川先輩は、1度大きく伸びをする。シルクは戸惑いながらも赤坂を看病。やっぱ好きじゃんあんた。
「さて、新田よ。覚悟はいいか?」
「……はい?」
「あの時正直に言えばよかったものを……」
「へ……?」
「俺は、ちゃんと見たぞ。空に魔法陣が出て、そっから岩が降ってきたのを」
あ、えーと……ソレハ……ドウセツメイスレバイイノカナ……?
「ふざけんな! お前のせいだろーがー!!!」
「す、すいませんでしたー!」
私は直後に反射的に走り始める。それと同時に大川先輩は背後で【フライ】を使って追いかけてきた。
「おいこら! 待て―!!」
「謝ったじゃないですか!」
「うるせー! もうちょい反省しろ―――!!」
私達は平原を走る。後ろからバズーカの弾が襲ってくるが、明らかに標準が外れていた。遊んでいるのだろう。
「おいこら待てやあああああ!」
「そう簡単につかまってたまりますか!」
私たちは、そうやって、自分たちが戦いに勝ち生きていることを実感した。
その時、地平線には眩しいくらいに煌く朝日が、私たちを照らしていた……。