第26話 反動はでかかった。
めのまえが、真っ暗だ。
横でおとが聞こえる。たぶん、人間の声—それも、多分、知っている人ひとの、もの。
あれ? 頭が、のうがうまく働いてくれないぞ? どうなって、どうなってしまったんだろうか、俺は。
たしか、俺はシーサーペントっていう大蛇を倒して。それで…すべてを使いきって、倒れたんだっけ……。
そ、そろそろ起きよう。こう寝てもいられない。みんなに心配もかけてしまう。さあ。目を開けよう。
「う……」
目を開けると、そこは過去いつだったか忘れたけど見たことのある場所だった。ちょっとだけだが、脳が働いてきた気がする。まだまだ回らないけど。
さっき音が聞こえてきた方向を向くと、そこには新田の姿が。なんだこいつ、寝てやがる。おーい、椅子に座りながらだと首痛くなるぞ~。
「う……いけない、寝ちゃった」
どーも気恥ずかしい。なんなのこのアニメとかである見舞いに来たヒロインが寝てるときに主人公が起きるって。どうなってんだよタイミング。まあどうせ、俺の人生に「恋愛」の2文字はない。それに新田もフラグクラッシャー(天然の)。
「あ、先輩、今回は割と早かったですね」
俺が起きていることに気が付いた新田がすぐに声をかけてくる。いや、時間がわからん。
「あー、今は大体5時くらいです。夕日が見えますし」
うん、俺は見えないけどね! ていうか窓がどこにあるかをそしらないんですけどね! いや待て、ここってどこ?
……僕は誰とは言わないぞ。ちゃんと記憶はある。
「ああ、ここは2年前にも来た治療院です。それで、先輩はあの時ほぼ全部の魔力使いましたよね?」
「いや、全部。うん、出し惜しみしてない。それに脳がパンクしそうなんだが」
「やっぱり……外傷は治りましたけど、魔力欠乏症と軽い身体障害が出てるらしいです。記憶障害を起こさなくてよかったですよ」
ふーん、なるほど。多分治療可能で元通りになるだろう。もしかかしなくても【ソードビット】と同時にいろいろやったから情報量に頭がついていかなかったのか。
……笑っちまうぜ。鍛えなおさないとな~。ははは……って笑ってる場合じゃないや。
「寝てる間になんかあった?」
「いろいろありましたよ。受付嬢さんは「なんでそんなことできるんですか!? というかそれ人間ですか!?」と騒いで、マスターからは今度こそ2週間の業務停止命令です。依頼は一切できません。あの3人は「料理作る~」と言っていたので止めておきました。赤坂は、シーサーペントをギルドまで輸送するのを手伝ってます」
「一番うれしいのが【エリート】3人が俺に料理を作るのを止めてくれたことなんだけど」
こればっかりはナイスアシスト! と叫ばずにはいられない。実はこの前彼女らの料理を見たのだが、それはそれはある意味すごいものを作り上げていたのだ。言わない方がいいな。この作品見ながら飯食べてる人のために言わない方がいいな。
そしてホーネストに関しては、「言われなくてもそうするわい!」と反応する以外に思いつかんかった。軽い身体障害のリハビリし終わったらだよ、依頼なんて。
受付嬢……俺一応人間だよ! あの人の毒舌相変わらずだな。ああもう。容姿はかわいいのにな~。
赤坂は……頑張れ。
〇 〇 〇
俺はその後無事退院し(退院時に例のシスターからお叱りの言葉をいただいた)、馬車でログハウスに戻る。というのも、いまだに魔力欠乏症の症状が治っておらず、魔力がほぼ生み出されていないのだ。大気からも取り込んではいるが、体内環境の整備に使ってしまうのでため込むことができない。ちゃんと魔力を溜めこめるようになるまで、全治1週間。
身体障害の方は、普通に身体能力の低下と、骨の強度が下がっているため、むやみに走ったりできないくらいのもの。あと、しばらくは同時に複数のことをするなと言われた。
早く治りたいのでちゃんと言うことを聞く。新田に上から岩とか落とされそうだし、魔法で殺されそうなので。
家に着くと、俺はすぐさま夕食の準備をしようとする。それをまたしても新田に止められた。
何故だ、俺が作らなかったら誰が作る。
「私が作りますよ。時間かけないとだけどちゃんとしたのなら作れますし。どうしても何か食べたいんだったらそこのぶどうでも食べててください」
なんだなんだ、今まではそんなことひとっっっつも言い出さなかったのに。洗濯以外は全部俺にやらせてたのに(自分の部屋の掃除含む)。
まあそういうならそうしよっかな。こいつの料理の腕も見てみたいし。大人しくぶどうを受け取って、自室に戻る。
「出来たら呼びに行きますから~」
「あいよ~」
後ろでエプロンをした新田がそんなことを言っている。なんか、地球の家にいるみたいだ。
むずかゆい気持ちを抑えながら、俺は自室に入っていった。
〇 〇 〇
それからかる~~く2時間。とっくのとうにぶどうは完食。持っているラノベも1冊を読み直し終わった。
気になったので、俺は自分の部屋を出て、リビングに降りてみる。入るにはドアを開けるのだが、そこから確認すると疲れている赤坂が席についていて、半目になっている。ここからだとキッチンが見えない。なのでなんか言われても「ブドウの皮とか捨てに来た」といえばいいと思い、中に入る。
「あ、先輩、もうちょっとでできますから席ついててください!」
俺が入ると同時に鍋でなにかを作っていた新田がこっちを向いて、俺に席に着くように言う。なんだろ、エプロン似合ってる。
「先輩、大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
俺は席に座りながら疲れている赤坂の質問に応答する。
「あれも大丈夫なんですか?」
「わからん。だが、せっかく作ってくれるんだからな~」
たまにはこういうのもいいんじゃないのか? ゆっくりできて、どこか今までの生活を思い出せるじゃないか。俺はこういうのは好きだぞ?
「さっきから「すぐできるよ~」って言ってますが、1時間以上経過してまっせ?」
……いや、うん。しょうがないよ。ハハハ。
それに、時間かけて作ってくれてるんだから、おいしいに違いないさ。
(頼むからそうであってくれよぉ……!)
そんな淡い期待と不安を胸に、待つこと更に30分弱。ようやく、新田が大皿を持ってこっちに歩いてきた。
「先輩、赤坂~、できたよ~」
「「やっとをつけたせ、こんちくしょう!」」
流石に、2時間半はかけすぎだこんにゃろう。男子高校生はすぐできると言ったら5分くらいしか待てないぞ。カップラーメンが作れる時間で限界やぞ?
「ああ、はい……でも、さっき自分で毒見はしたんで。ちゃんと食べれますよ?」
「うん、これで食べれなかったらタイキックじゃ済まねぇよ」
「同上」
「ま、まあとにかく、これどうぞ! 主食はパンで申し訳ないけどね」
食卓の中心に大皿が置かれた。そこには、とんかつやらハンバーグやらがあり、緑黄野菜のソテーやサラダもある。何気にゴールデントマトまで……色合いがいい。なんというか、芸術品。
パンを取りに戻った新田を待ってから、俺たちは豪勢な夕食を食べ始めた。カツサンドを再現したり、それこそハンバーガーにしたり。
みんなでワイワイガヤガヤできて、楽しかった。うん、楽しかったんだが……。
俺は食べ終わって自分の部屋に戻り、部屋の中心でしゃがみ込んで、つぶやく。
「………………………俺が作ったのよりも、おいしかったっっっ!」
何故か感じる敗北感。料理とか家事だけが取り柄の俺が、料理下手に負ける……だと……!?
ゆ・る・せ・ん!
翌日。俺はものすごい気合を入れて朝食を作りはじめ、それを見た新田と赤坂に呆れられた。
登場人物名鑑ー8
診療所のお姉さん
身長/体重:155くらい?/誰も知らない
治療失敗回数:20回くらい(確率でいうと80%)
ドジっ子係数:50くらい?
好きなもの:結構だらしない姉の世話、甘いもの、北方のビールと犬
苦手なもの:馬車に長時間乗る、南方のワインと面倒くさい冒険者