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#077.切り札

ひらり、ひらり。


振った短剣が何もない空間を切り裂いていく。いくらカウンターを混ぜて意表をついてみても、4本あるビットの突進も次の瞬間には虚無を通る。これは俺だけじゃない。赤坂が的確に振り下ろす大剣も、新田の範囲魔法も同じ。まるですべてを見透かされているような、”読まれている”ような。そんな感覚に等しい。


「くっそ、流石に当たらんか」

「ほんの数センチで避けられてるっぽいっすねぇ」

「ちょっとイラつきますね……」


ただでさえシフォンを護衛しながらの戦闘だ。万が一でシルクがシフォンの周りを固め、俺たち3人でどんどんと端に追い込むような形を取っているが、一向にチャンスは訪れる気配がしない。カラフルなボールに乗りながら、逆立ちをしたり赤いマントを使ったりして煽りながらすべてを躱すピエロ野郎には正直苛立ちが抑えられない。


ただ、それで攻撃を大振りにでもしようもんなら敵の術中にはまってしまう。攻撃こそ積極的にしてこないものの、時折こちらが攻撃した後の一瞬の隙をついて攻撃を飛ばしてくることが多い。まあ、ここまでは予想はできている。


だって、今さっき”俺たちの全ての戦闘パターン”を読まれたんだから。


「先輩、突破口ないんですか~!」

「いまんとこない。今から新しい技でも生み出さない限り無理」

「それは無茶では?」

「ま、一度当たるかもだが……以降はそれも警戒して行動してくるだろうからさらに厄介だな。めちゃくちゃ性格悪そうな顔してるし」


なんか、どっちかというといつも俺がやっていることをそのままやられているような気分になるんだよなぁ。多分だが、さっき読まれた戦闘パターンは”持っている技と撃ちだすタイミングや傾向”のはず。たとえ魔物であったとしても、”ソードビット”のような空間把握能力(仮)を使って制御しているような膨大な情報量を数分で頭に詰め込んだらただじゃ済まないはず。それに回避パターンまでも全部完璧に見えるのだろうか。


もしかしなくても、どっかで何回か見られていたんじゃなかろうか。


いや、しかしどこだ。俺がここに来てから戦闘をしているところなんて学園の実習の時くらいだぞ。一度外でやらかしたことはあったが、【超覚醒】を使って正面から受けきったから回避行動なんて見せてない。じゃあいつも尾けられていたかといえば違うだろう。人よりも気配に敏感だし、意識は守護精霊と二重だからどっちみち気づくはず。


「仕組みがわからねーんだよなぁ~」

「というと?」

「いや、アレは俺らの攻撃の予兆を読んで避けてるわけだろ? その避ける魔法をどう認識しているのかってところがイマイチなんだ」


魔法を使ううえで必要なのは魔力。魔力を持つ者はほとんどが人の魔力を見ることができる。それは目の前の敵も同じ。だから、魔法を行使するときの魔力量でなんの魔法が飛んでくるかを見ているのか。はたまた、人物の容姿と使う技をリンクさせてと、そのデータを基に避けているのだろうか。はたまた、生物の”魂”や”意識”と使う技をリンクさせているのか。


こんな考えを無意識化で回している中でも、ピエロのような魔物はこちらの攻撃をヒラリヒラリと躱し続ける。シフォンも攻撃に参加しているが、俺たちと行動を共にしていたからか簡単に攻撃を避けられている。同時に複数の方面から逃げられないように攻撃もしてみるが、今度は直撃コースだけ避けて、それでも避けれないものは乗っていたボールのようなものを身代わりにしてやり過ごされてしまう。いくらこちらが数的有利をとっていたとしても、このままだとこっちは一方的に魔力を消費するだけ。誰が見ても圧倒的不利だ。


「……賭けるか?」


ほとんど詰みかけているのだが、実は突破口が1つだけある。それは敵が生物の”魂”や”意識”と使用する魔法をリンクさせている場合。


というのも、まず大前提として生物の”魂”……まあ、この際意識でいいか。意識は1個体につき1つだけだ。だが、世の中には二重人格や俺のような守護精霊を持っている者がいる。二重人格は、人格が変わっている間の記憶がない。つまりは意識が違うから別の人物と認識されるはず。

で、守護精霊の場合。これは意識を2つの生物で共有しているといったほうが正しいだろうか。極論を言えば、俺が仮に”ハンバーグが食べたい”という思考のみをしている間でも、守護精霊が生命維持に必要な全ての動作を代行してやるということができる。


そして、俺の場合だが【超覚醒】の時に意識や人体を操っているのは”守護精霊”になっている。簡単に言えば、守護精霊が人体を使って精霊本来の姿と力を使うというもの。つまり、【超覚醒】を使えば攻撃が当たるのではないか。


「ぶっちゃけ最後の最後まで温存しときたかったが……使うか」


俺たちの想定では、まだあと2つくらい山場があった。この1つ後のフェーズで【超覚醒】を使って一気に殲滅をする予定であったが、周りに先にダウンされては元も子もない。アイコンタクトで全員に賭けに出ることを教えてから、あえて赤坂の大盾の前に出てカウンターを決める態勢をとる。


「あとは頼むぞ、ナナシ」

『了解しました。具体的な指示はお任せします』

「オッケー!」

「『【超覚醒】』」


意識はそのままに、徐々に切り替わっていく感覚と足から体にかけてどんどんと上がってくる強大な力を感じれば、あっという間に準備完了だ。


(とりま優先的にあのピエロ野郎を攻撃してくれ)

『わかりました』


この姿を見るや否や、時間を稼いでいた新田の攻撃の回避につとめていたピエロの注目が一気に俺に集まった。少々挙動不審になった”ヤツ”は、不意打ちをしようとした赤坂の攻撃を間一髪で躱したあとにこちらへ向かって攻撃してきた。


『【ソードビット】』


まあ、もちろんクリーンヒットなんて許さないし空中戦で敵を自由に動かすほどこちらも悠長ではない。ボールを使って跳躍してきたピエロに向かって5方向から同時にビットを射出。空いたところから地上に戻ろうとしたピエロを追尾した一本のビットがボールを捉えて破裂させれば、受け身を取ったピエロの足にもう一本のビットがクリーンヒット。


(よし、ダメージ入ったぞ)

『積極的にこちらを襲ってきたので,この状態ではおそらくデータにない別人物として扱っているようです』

(オーケー。んじゃ追い詰めるぞ)

『了解』


赤坂や新田のように常に一流の魔法や攻撃のスペックがない俺だが、あいつらよりも一つだけ突出していると言える能力がある。それは……ほかでもないタイマン勝負に持ち込んだ時の殲滅力だ。

通常、俺が現代日本で読み漁っていた小説のチート系主人公は全てが大振りで威力の高い技が多くて小回りが利かないことが多い。それに比べたら、俺は手数こそ多くなるが確実に相手の進路を防いでダメージを蓄積させることに長けているんじゃなかろうか。


まあ、要するに陰キャ戦術と言ってしまえばそれまでなんだが。


『【エレクトリックフィールド】』


【超覚醒】によって威力もスピードも増した攻撃に、明らかに敵は混乱しているようだ。【エレクトリックフィールド】を間一髪で回避したと思えば、先ほどのビットの生き残りが背後から一撃決めることに成功。そうすれば、今度はビットを優先的に撃墜しようと意識を向けてくれるから瞬時に差を詰めて持っていた刀で一閃。浅い斬撃になったが、それでも確実にダメージは与えれているし、捉え始めることができている。


「先輩、こっちも援護します!」

『頼みます』

「了解!」


流石にワンマンで色々やりすぎたのか、ピエロに警戒されて距離を離されたときに後ろから赤坂の申し訳なさそうな声がこっちに。体力を奪って疲れとダメージをどんどん蓄積させていってるとはいえ、まだ1vs1だと動かれやすい。一撃のダメージだけみたらあいつらの方が強いから、ここは徹底的に足を奪って回避行動をさせないように立ち回ってみる……とナナシに指示。そういえば俺が自分の身体操縦してるんじゃなかったわ。


(どうだ、なんか弱点わかったか?)

『あのボールを破壊したあとの地面に着地した一瞬に隙があります。それに合わせて【エレクトリックフィールド】を合わせるのがいいかと」

(だよな~。んじゃ、牽制をあいつらに任せて、集中砲火するぞ」


新田にアイコンタクトで敵が動きにくいように魔法の乱射をするように指示して、こっちは赤坂が抑えている間に再び【ソードビット】を放つ。さっきよりも明らかに動きが鈍いピエロはちょくちょく俺以外からの攻撃もくらい始めた。とはいえ、いいようにいなされたり受け流されたりがほとんどだが。それでも、回避を優先するピエロの足元をすくうようにビットを滑らせれば、敵はわかりやすく跳ねてくれた。


(今だ!)


ピエロが空中に飛び出したと同時、新田が初級の魔法ではあるが魔法を乱射して下手に動くと魔法をもろに受ける状態を作り出す。そして、すくいあげたビットを使ってボールを破壊。破裂音と同時に足元を守る術がなくなったピエロは早々に地面に戻ろうとする。


『【エレクトリックフィールド】』


巻き込む可能性があった赤坂がいないのを一瞬で確認してから、手元にあった投げナイフに魔力を込めてあえてピエロの予想落下地点の1mほど手前に投擲。次の瞬間には、いつもよりも高圧で範囲が広くなった電気の地面が道化師をお出迎え。普段のでも10m上空を通った小鳥が感電するくらいに強いのがパワーアップしている。ピエロは地面に触れた瞬間に全身から大量の高圧電流を流されてダウン。【ソードビット】で使っていたビットにも【エレクトリックフィールド】分の魔力をのっけて4隅に刺せば完璧な電気の檻が完成だ。


(んじゃ、あとはトドメ刺すだけっと)

『一度制御をお返ししたほうがいいですか?』

(おう。そうしてくれ)


ナナシに一度身体の制御を返してもらい、ビットを構えて、発射。電気の檻に閉じ込められた敵は抵抗なんてできずにビットの餌食になった。最後の一撃がピエロの眉間に突き刺さったと同時に、白い空間は消え去って元居た通路に戻ってきた。


が、よくよく見たらさっきのとこではない。続いていた道はいつの間にか行き止まりになっていて、一段あがったステージには先ほどのピエロが立っていた。


「倒されてない……?」

『いえ、あれは先ほど倒した敵で間違いないです』


先ほどまでのボールには乗らずぼーっと立ち尽くしていたピエロはこちらを認識すると、唐突にパントマイムを始める。が、どうやらただのパントマイムではないようで、作られたあるはずのない壁には一つの映像のようなものが映し出された。


『ふむ……我がキング・マジシャンを倒しましたかァ……常人では絶対に倒せないはずなんですけどねェ』


映し出された映像の中にいたのは真っ黒いローブを着て金の杖をもった正体不明の男。が、胸の部分には”シュペー”の紋章。こいつが教祖で間違いなさそうだ。


『まあ、いいでしょウ。あなたがたがここに乗り込んでくるのは知ってまシタよォ。だから、事前に逃げさせてもらいまシタ』

「チッ……」


ということは、今この場には討伐対象の教祖はいないか。誰かチンピラが情報漏洩したかとも考えたが、シフォンが連れてきたチンピラたちも突入の30分前くらいに雇われた奴らだけのはず。こいつまでじょうほうがいく頃には既に突入が始まっているはずだ。


『さてさテ、我が教団をボロボロにしてくれたあなた方にはそれ相応の罰を与えねばなりませんねェ。キング・マジシャンくん、あれをしなさい』


教祖が”あれ”と言った瞬間、キング・マジシャンと呼ばれた目の前のピエロは一瞬ビクッとしながらも、舞台脇から片手で持てるボタンのようなものをもってきて、今にも押すような構えをとる。


『それでは、説明しましょうカ。これは——』

「ちょーっとまったああああ!!」


うざいし、なんかやばそうと感じた瞬間、通路の奥から突発的な強風が巻き起こる。少々懐かしく勇ましい風……もちろんその正体は大精霊・シルフィード。


「ちょ、とりあえず早くあのボタン壊して! 今すぐ!」

「【エレクトリックフィールド】」


神出鬼没すぎてビビったが、まずは指示通りに【エレクトリックフィールド】でピエロの行動を制限。あとは【ソードビット】でボタンはボロボロになるまで破壊した。


『チッ……破壊されましたかァ……しょうがありませんねェ。実は、このボタンはもう一つ予備がありましてねェ……あれ? ちょうど手元に同じものガ!』

「茶番ええて……」

「えー……あーもう、今から行っても間に合わないじゃん!」


居場所を掴んでいるのであろうシルフィードは、一瞬ボタンを破壊しようと動こうとしていたが間に合わないことを察知すると一気に態度が豹変。不貞腐れて拗ねてしまった。


『ふふふ、さあ、あなた方……そして、我らグランツに反逆した世界全部に天罰をくだしましょうカ。せいぜい、頑張ってみてくださいよォ』


そんな意味がわからない言葉を口にしたと同時、教祖は手にしていたボタンを押してしまった……と同時に、身体が膨張して破裂。周囲に鮮血が飛び散ったところが見えたのを最後に映像は途切れてしまった。


「あーもう!」


八つ当たりなのか、シルフィードは風魔法でピエロ野郎を粉々に切り裂いてミンチにして、こっちを振り向いて、こういった。


「力を持つ者は持つ者の使命を果たさねばならぬ、この言葉は覚えているね」


「今が、まさにそのときだよ」



ムカつく顔面をしたピエロ野郎を吹っ飛ばした穴の前で、こちらに腕を組みながら浮いているシルフィードは神妙な面持ちでそんなことを言ってくる。俺があったときはほとんど冗談を言うような軽い性格ではあるのだが、今は真剣そのもの。よほどヤバいことなのだろうと感じる取ることができる。

だが、まだ何が起きたかまではわからない。


「で、さっきのボタンはなんだったんだ?」

「簡単に言えばこの世界と異空間に穴を開けて異界の魔物を召喚する魔法、だね」

「要は俺らみたいなもんか」

「そういうこと。使用するには無数の魂を集めた媒体を破壊しないといけなくて、誰にも知られてないけど、破壊したあとで自分の命も途切れるんだ」


なるほど……あの教祖は自信満々でスイッチを押していたが、自分の命が終わることも知らなかったんだろう。それと同時に、徐々にヤツがやりたかったことがわかってきた。おそらくはグランツの思想である人間至上主義を達成するために亜人・獣人を排斥して、その魂で魔法の条件を埋めようとしていたわけか。


「この世界で禁忌魔法に指定されている理由は大きく分けて2つ。こんなふうに大量の生命と術者の命が必要なこと。そしてもう一つは、どんな魔物が出てくるかわからないから」

「そうか、誰も倒せない凶悪な魔物や生物が出てきたら今の文明は滅びるしかないのか」

「そういうこと。大したことがないかもしれないけど、ボクだっていくつあるかわからない異空間に繋がるんだから倒せないほうの確率が圧倒的に高いと思うよ」


だからシルフィードは焦っていたのか……しかし、過ぎてしまったものはしょうがない。俺たちにできるのは、出てくる魔物が大したことがない雑魚であることを願うだけ。一瞬、その魔法を使えば地球に帰れるかもとは思ったが、あくまでつながるのは”異空間”。地球につながるとは限らない。それだったらまだ住み慣れたこの世界にとどまる方が百億倍マシだ。まあ、俺はもともとこのせかいの生物だが。


「とにかく、続報があったら伝えに来るよ。ボクは急いで他の大精霊に伝えにいかなきゃ」

「わかった。もしなんかあったらやれるだけやってみるわ」

「あ、あと連れの人たちは気絶しちゃったから運んでおいてねー」

「は?」


”てへっ☆”という置き土産を残したシルフィードが一瞬で消えた跡、周囲を見渡してみると……赤坂と新田が直立不動でうつ伏せになって倒れている。シフォンはシフォンで貫録の仁王立ちでの気絶。そういえば常人は普通大精霊と真正面から退治したらプレッシャーで気絶するのか。俺が今は【超覚醒】の状態だからなんも感じなかったのか。


で、こいつら上に運べと。めんどっ……






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