#070.チェルン岬防衛
【フライ】で自陣から出撃した俺は、近くにあった森林に一度入ってから大きく弧を描くような形で敵の前哨基地の上空までやってきた。規模としては相当なもので、下手したらパワードスーツも数機収容できるレベルだ。完全にこちらを物量で潰すか2手にわかれて同時にドンパチやろうという姿勢が見て取れる。
「こりゃあ単独でやるのは無理だな……素直に増援が来るのを待つしかあるまい」
ただ、今回も俺はある程度まで一人でやる気満々だ。ちょうどまたマッドサイエンティストに作らせた”ブツ”が仕上がったので、それの実験も兼ねて時間稼ぎをしようと思う。
「よっと」
丁度広場のようなところに人が結構いるのを確認した俺は、腰のベルトに刺していた毒々しい色をした液体が入った試験管を上空から敵拠点入り口に向けて投下。そして、次にきれいな赤色の液体が入った試験管のふたを開ける。その間にも落下した試験管はちょうどベースゾーンの入り口付近に着弾して、周囲に何やら黒い煙幕のようなガスを噴射させる。
このガスは試験管に入っていた液体が空気に反応したときに出す特殊なガス。その効果は濃い霧のような感じで広まり、なかなか払えないことだ。そのためいくら吹いても散らそうとしても中々霧払いをすることができない。
「おし、もうちょっとで両方向来るな」
そして、特性がもう一つ。砦の方面からパワードスーツが、岬のほうからサリー率いる1個中隊がかなり接近していることを上空で確認した俺は赤い液体の入った試験管を紫色の霧がかかっているところに向かって投下。それと同時に”キョウ”で買ってきた刀を引き抜いて一気に降下する構えに入る。
そして、次の瞬間――
さっき落とした試験管が割れると同時に赤い閃光が辺りを照らし……爆ぜた。
「よっしゃ、突撃!」
先ほど霧になっていた物質のもう一つの性質、それは先ほど落とした赤色の液体……弱酸性の物質に反応した瞬間に広範囲に爆発すること。簡単に言えばレモン汁かけたら爆発するあの薬草と同じような感じであり、とあるなんの害もない花と毒草を混ぜ合わせた原液を使用することで起きる現象だ。今回は敵に索敵をさせないのと一気に先制攻撃を仕掛けることができるという点で持ってきた。
もちろんその成果は絶大。爆発で吹っ飛ばされた敵兵の数人は問答無用でロストになり、さらに俺が上空から急降下で奇襲を仕掛けることもできる。少しだけ衝撃波が来るのが難点だが、それはシールドで防いで一気に切り込む。
「はぁぁ!」
「クソ、なんなん――!」
爆煙に上空から滑り込んだ俺は空間把握能力(仮)をフルで使いむくりと起き上がった敵兵の一人を斬り捨てる。さらに後ろにいた一人をローキックで体勢を崩させてから一太刀。
「【ソードビット】」
3,4,5人目を一気に捉えると同時にポケットから4本の投げナイフが意識を持った生物のように動き始める。視界はもちろんまだ爆煙でやられているが俺は違う。たとえ目が見えなくても生活ができるレベルの空間認識の高さと、それを活かした【ソードビット】はこの状況下では止まらない。
「ぐっ」
「うっ」
「おふっ」
4本あるビットは効率よく敵3人の弱点にあたる場所を数回、高速で狙い打ち。最後に俺が斬り捨ててロスト状態に持っていく。
決まった……と気持ちよくなっている場合ではない。タイミング的には完璧だがそれでもまだ1分弱ほど急襲隊は到着に時間がかかる。それを持たせるのも今回の俺の役目だ。
「な、なんじゃあてめぇ!」
「おい、誰かいるぞ、一人だ!」
「チッ! やれやれ! 一人でここに来たことを後悔させてやらんかい!」
一気に2個小隊規模を潰された現場指揮官はどうも血の気が多いタイプのようだ。これはありがたい……こういう一直線なタイプがあしらいやすい。
「魔術隊、最大火力打ち込まんかい!」
「「「イエッサー!!」」」
「【変わり身の術】」
建物の2階部分に陣取った10人くらいの魔導士は現場指揮官の図太い声に返事を返すと、こちらに様々な色の魔方陣を向けてくる。そうしたらこっちはその魔法ラッシュを躱せばいいだけ。【変わり身の術】で瞬時的に近くにあった建設用と思しき丸太と自分の位置を変えて消し炭にされることを回避。ちゃんと丁寧に入れ替わるときに人形みたいな彫刻をしておいたからか敵は全員ガッツポーズ。で、俺が今度は資材置き場にある丸太の上でピンピンしてるのを見たら全員があんぐりと口を開ける。
「な、な、な……もう一発ぶち込んだれ!」
「【チェンジマジック”陽炎”】」
先ほどと同じようにまたしても魔法の光線が俺の立っているところに向かって伸びてくる。ここも凌ぐために【変わり身の術】を使う……と見せかけて攻勢に出る。いったん【インビジブル】を使った直後に【マジックチェンジ】というものを使う。
これは一度魔法やスキルを使ったものと、新たに使う魔法等に使用する魔力の差分を支払うことで瞬時に別の魔法を発動させることができるやつだ。
で、今回使いたかったのは”キョウ”で教えてもらった剣技の1つ【陽炎】。素早い踏み込みで一瞬敵から姿を視認させずに間合いを詰めて斬るというものだ。そのまま近くの一人を斬り捨て、次に【ソードビット】を踏み台にジャンプしてもう一人を肩口から斬り伏せる。
そうすれば、中央に居座っている偉そうな現場指揮官まで一本道が出来上がる。そうすればあとは一瞬の”溜め”を作ってから……勢いよく踏み込む!
「【紫電一閃】!」
それはまさに電光石火、まるで雷が地上に落ちるほどのスピードで間合いを詰めた俺はそのまま大将の胴向けて刀を振り切る。
「な、なんやてめぇ……」
あまりの一瞬すぎて気づかなかったのであろう。俺が敵を屠る仕事を終えた刀を鞘にしまおうとしている頃にようやく正気に戻ったらしい敵将がそんなことを言ってきた。
そうだな……素直にただの人間と答えてもいいが。どっちかというと――
「……忍者さ」
そう答えて鞘に刀を完全に収納した瞬間、軽い爆発が起きて敵将はその場に崩れ落ちる。さすがある種奥義として極めようとされるくらいの技なだけあって威力はすさまじい。その代わり反動を完全に消せないとほぼ動けなくなってしまうのだが……。
「ししょぉーーっ」
反動のおかげで棒立ちになっていた俺に向かってチャンスだとばかりに敵兵が群がり始めたころ、今度は資材置き場近くの壁が”ドン”という音とともに打ち破られる。そこから現れたのは一人の小さい少女……と、ごつい肉体にでかい刀を背負った侍のような兵士たち。チェルン岬から来たサリー率いる急襲隊だ。先陣きったサリーは動揺しながらも向かってくる敵兵を大太刀で斬り捨てながらこちらに向かってきて、俺の周りにいた敵の群れに刀を横薙ぎに振って威嚇する。
「ししょー、だいじょぶ?」
「おー大丈夫大丈夫」
「とりあえず、ここはこっちに任せて。……総員、かかれ!」
「「「イエス、マム!!!」」」
珍しくサリーが声を張り上げると、大太刀を持ったゴリマッチョな野武士たちは飼い主から「よし!」と言われた犬のように猛ダッシュで敵兵へと襲い掛かる。なんというか、ドーベルマンとかそういうのに似てる気がする。
「俺の大隊にあんな奴らいたっけ……」
「……私が育てた」
「育てた!?」
「一人一人と勝負して、倒して、それから剣を全部教えて育てた」
あぁ……だからなんか親衛隊みたいになってたのね? サリーってコミュ障ではあるけど実力で全部黙らせて従わせるタイプだからなぁ。きっとあいつらもその高度で緻密(?)な罠に引っかかってしまったんだろう。
なんて思ってたら、今度は裏手から地震のような衝撃波と土煙が起きる。サリーの一派に気を持っていかれていたが、この時チェルン砦から出撃したパワードスーツはこの前哨基地の裏手に回って突撃をしたらしい。弾薬庫と思われる建物が半壊すると同時にあちこちから断末魔が聞こえだし、衝撃波で櫓等が壊れる音が響き渡る。
最終的に阿鼻叫喚の地獄絵図が完成してしまったが……とにかくこれで俺たちはチェルン岬の防衛には成功したのだった。
ちなみに、最後まで俺はパワードスーツの攻撃に巻き込まれないかどうかでビクビクしていたのは内緒だったりする。




