第20話 大川式訓練譚 1
「う……そろそろ起きるか」
俺はいつもと同じ時間に目覚めた。現在は午前6時前後。この前グリーンキメラと戦った場所に行けば朝陽が綺麗な時間だ。
俺はベットから転げ落ちるように外に出ると、そのままドアの外に出る。おっとっと…エプロンすんの忘れてたぜぃ。学校のジャージの上にエプロンするとか……なんか、どっかで見た光景だな。
……思い出した。2年前までの俺の日常だ。同居していた従妹にいつも弁当を作っていたのは俺だ。わざわざ長野から東京の私立中学に通うために上京してきたのだが。かなり騒がしかったなぁ。
そんなことを思い出しながら部屋の外に出る。ここは角部屋なので、リビングに向かう階段までは一番遠い。新田と赤坂はまだ寝ているので毎度のごとく【フライ】で少し浮遊してリビングまで移動する。
最近はこれのおかげでさらに超低空移動が可能になった。具体的には、5㎝単位の調整までできるようになった。
そのまま顔を洗って歯を磨いて。それからキッチン横にある【チェンジマテリアル】で作った冷蔵庫もどき(氷で内部を冷やす機構)を開けて食材を確認する。あるのはこの前作っておいたパン(あとは焼くだけ)に各種野菜、卵サンドイッチ用のタネ、コンソメスープ用の粉末(物質変換でコンソメ作った)、昨日の夕飯の餃子の残り……朝は卵サンドイッチだな。パンをオーブンで焼けば済むし。別にパンは挟むことができりゃあなんでもいいし。ついでにコンソメスープとサラダでも作れば完ぺきだろ。
そう思った俺は早速焼けばいいだけのパンをオーブンにかけ、鍋でスープを作り始める。サラダは一番最後でいいや。ドレッシングとかほしいんだけどな~。今度魔法ででマヨネーズとか作ってみるか。レシピは知ってる。牛乳からチーズ、チーズからバターが作れるくらいだから成功するだろう。
なんて思いながらスープを作っていると、上で物音が。多分どっちかが起きたのだろう。多分だが新田……ガタガタ物音がしている時点で確定だな。寝起きが悪い証拠。
やがて階段から降りてきた新田がキッチンに顔を出した。
「先輩~、おはようです~……」
「おお~、もはよーって、今日は眠そうだな?」
「はい…昨日ついつい夜更かししちゃったので」
なるほど。だったらコーヒーも淹れるか。眠気が取れるだろう。…というか、なぜ最初からコーヒー添えること考えなかった。俺のバカ。
そうだ、あと1名足りないじゃないか。もうちょっとでパンも焼けるし、あとはサンドするだけ。
「新田、赤坂起こして来てくんない?」
「わかってます~。いつものように起こしてきます」
ハハ……いつものように、ね。この前はあまりにも起きないもんだからとうとうネクタイで首を絞めて起こしたそうだが……大丈夫かな?
だが、悪い予感はすぐに的中。
「起きろおぉぉ! 朝だよぉぉぉ!」
「ギャー!」
うるせっ! もしかしてメガホンを使いやがったな。あんなの作った俺が悪かった。赤坂、許せ反省はしない。
それから1分もしないで赤坂が1階のリビングに降りてきた。
「……おはようございます」
「ああ、おはよー……」
「先輩~、お腹すきました。朝からあんな大声を出す羽目になるとは」
「うん、誰もメガホンで起こせとは言ってないよ」
今日も、いつもと変わらない朝だ。平和だなぁ。
……あ、パン焼きすぎた。
〇 〇 〇
俺たちは今日もギルドに来た。この前は『祈祷の時雨』のおかげで依頼を受けられなかった。
そこで、今日改めてスバローカウに復讐しに行くわけだが。
……少々問題がある。
俺は新田と赤坂を伴ってカウンター直結のドアを開けて、一歩でも中に踏み入れると。
「あ、師匠! 待ってたよ!」
「……師匠、今日こそ稽古をつけていただきたく!」
「おはようございますししょう!」
……そこには既に俺を師匠呼ばわりし始めた『祈祷の時雨』の3名と。
「なんであんなへっぽこに……! 我らの天使が!」
「だが、あいつに勝る者はこのギルドにはいない……!」
「くそ……いつか……いつか!」
敵意をむき出しにしたシュベルツィアギルド所属の冒険者の方々である。どうしてこうなった。いや、わかってるよ。こいつらを軽くいなし、それでいて何度も挑まれる度に返り討ちにして、あげく「師匠」と親しみを込めて言われてるからだってわかってるよ!
「はぁ、またこれか……」
「ししょーどうしたの?」
「誰が師匠じゃ! なった覚えはないわい!」
「強いて言うなら先輩は毎度毎度サンドバッグ代わりにされてると思いますよ。毎回違うフォーメーションとか試してますもんこの子たち」
「あ、やっぱりアカリ姉ちゃんわかってた~?」
「もちろん。あれだけ考えられるっていうのはすごいな~っていつも思ってるよ」
なんてことを言いながら新田がステフとバーニーの頭をなでている。なんなの、いつの間に仲良くなったんだお前らは。女子ってさぁ、よく出会って3秒で友達! とかいう奴いるし、すぐに仲良くなるよね。不思議でしょうがないんだけど。
「ああ、私はそういう人じゃないですけど。なんとなく弟見てるみたいだったのでつい」
そういやこいつ弟居るんだったな。もしかして姉貴気質が出たってか?
それに、言ってしまうと俺にも年下の従妹(同居してた)がいたけどさ。まあいいや。
「とにかく、依頼受けに行くぞ~」
「あ、それなんだけど~」
俺が依頼が貼ってある場所に行こうとすると、後ろからステフが声をかけてくる。
「さっきギルマスが、「あいつら最近依頼やってばっかりだから今日から1週間依頼受けるの禁止」って言ってたよ~」
はぁ!? なにそれ! おいおいせっかく作戦も練ってあの牛野郎に復讐してやろうと思ったのに。
あの治療師さんに出会わせてくれたのは感謝してるけどさ。
とりあえず、それ無視して。俺は手っ取り早く『スバローカウ討伐』の依頼書をとっていつものカウンターに持っていき、提出する。
「あ、おはようございます。って、依頼受けるんですか?」
「ああ。今日こそは復讐しないと気が済まないんでね。俺の足を複雑骨折させてくれたお返しをね」
「はぁ。でも、今日から1週間は依頼受けられませんよ?」
「え、嘘ん……」
マジかよ。じゃあもうやることないじゃん。ちくしょーが。となれば帰って寝るだけだ。
「おーい、2人とも、帰るぞ~……ってあれ?」
俺は素直に諦めて入り口に戻っていく。その過程で他2人を連れて帰ろうと思ったんだが。
赤坂はサリーからの質問攻め(後で聞いたが、赤坂という名字の剣豪もいたそうで)。ステフとバーニーは新田のお姉ちゃんっぷりに骨抜きになっていた。
「なにやってるんだ? けぇるぞ?」
「やっぱダメだったんだ~暇になったね、師匠~?」
「じゃかあしい! 悪かったな!」
ステフが新田から分離してこっちにトテトテやってくる。おい、なんだよ。おごらんぞ。こいつら絶対食費かかるやつらだろ。
「違う違う! ねねね、稽古つけてよ。暇なんでしょ? 私達も最近戦闘に自信なくなってきたからさ、お願いだよ」
う……なにその遠回りな「自信ぽっきり折ったんだから責任取ってね」は。いやなフレーズですなぁ。それを敵対視している冒険者どもの中央で言ってくるとはなんたる鬼畜。おかげで周りのみんなの目線がきついよ。
「でも、私はオオカワさんの料理も食べてみたいんです! アカリさんに聞いてる限りとってもおいしいみたいで! 作り方も教えてほしいんですよっ!」
バーニーは近い! あとお前はやっぱ食いたいだけじゃないか! そんなに上手じゃないぞ料理!
「先輩、それ私の前で言いますか……?」
「俺の前で言いますか……?」
しまったぁぁぁぁぁ! 女子なのにロクに料理できないことを気にしている新田とマヨポン丼(マヨネーズとポン酢を予め炊いてあったご飯に乗せる。しかも自分では米を炊けない)しか作れない赤坂にクリーンヒットしたぁぁぁ!
「そもそもパン作ったり自分でキムチ作って弁当に入れてる奴が料理できないっていうんですか……」
悪かったなぁ! うちの親戚に居酒屋経営しているのいるから! そこで仕込まれたんだよ悪かったね!
「あと、私は彼の剣豪大川新介殿の必殺技にして大川流奥義【五月雨如水撃】を教わりたく……」
なんだよそれ。知るか! なんだよ【五月雨如水撃】って! 中二病か!
……あ、俺たち実質中二病だった。
「「「いいですよね!?」」」
「先輩、私からもお願いします。もっとしゃべりたいので」
「ここまで言われたら連れてくしかないのでは?」
後輩ズが敵(祈祷の時雨)に寝返った! 大川の精神に大ダメ―ジ! 赤坂ってロリコンだったんだ、へー。
もういいや、どうせ暇だし、きっちりしごいてやろう。
「よ~しわかった。きっちりしごいてやるから覚悟しろ。俺のやる訓練は生半可な気持ちで挑んだら死ぬぞ?」
「「「はい!」」」
こうして、投げやり訓練ライフが始まったのだった。
登場キャラ名鑑ー4
名前:バーニー
身長/体重:141/35キロ
身体の成長具合:姉妹では2番目らしい。
けんかを止めた回数:最低1週間で3回。
好きなこと:料理、連携技をきれいに決める、食べること。
苦手なこと:裁縫(大雑把だから)、苦いもの、お化け