#058.和の国
無事に沈没船を討伐してから数日が経過した。亡霊船長の最期の呪いなのだろうか、なぜか体調を崩し船室で泥のように眠る時間が増えてしまった。シフォンが言うには、亡霊船長やスケルトンの骨は猛毒がしみ込んでいて、掴まれたりするだけで身体の中に毒が入ってくるんだとか。2回くらい掴まれたし、それなら毒が体内に入ってきていてもおかしくはない。接近戦を挑んだのがバカだったのかもしれない。
そんなこんなが続き、リースキット王国の港を出港してから10日後。俺たちはとうとう和の国にたどり着いた。ここからは和の国の帝に挨拶に行くことになっているんだが……。
「遠路はるばるようこそおいでなさいました。迎えを務めさせていただく平澤平政にございます」
「ああ、お世話になる」
「……ちゃんとシフォンって王太子だったんだな」
「だから行ってるだろ! 私はれっきとした王太子だと!」
港について船を降りた瞬間に視界の隅から隅まで広がる侍の数々。和服を着て腰に刀と脇差をつけ片膝をついてこちらに首を垂れている彼らは、まさに日本でも昔見ることのできた”武士”なのであろう。あと、普段飄々として性格悪いことばっか考えているシフォンがしっかり王太子ということも確認できた。……再確認だけど。
「まったく、お前が私のことをどう思ってるか一度素直に聞いてみたいものだな」
「ん? なんならあとで話すが?」
「おい……まあいい。とりあえずヒラサワとやら、帝のところまで頼まれてくれるか」
「ははっ、仰せのままに」
こんなお侍さんの中心でコントを繰り広げている場合ではなかった、そんな顔をしたシフォンはさっそく一番身なりがいい侍に言ってこの国の帝がいる”キョウ”に行くことにしたようだった。ここはその”キョウ”ではなく”ツルガの港”らしく、内陸にあと半日行ったところに”キョウ”があるんだとか。聞き覚えがある地名ばっかりだから、本当にここは別次元の日本のようなものらしい。
「それでは、シフォン様はこちらへ。護衛の方も一人同じ馬車に乗られよ」
「わかった、俺が行こう」
「残りの護衛の方々は後続の馬車に」
そこからは早かった。あっという間に港の近くで待機していた馬車に乗り込み、綺麗な街並みの”ツルガ”を後にして一路山越えにかかる。どうやらまだもう一旅待っていそうである。
〇 〇 〇
翌日の昼前、俺たちを乗せた馬車は無事に”キョウ”の街のはずれまでやってきていた。まるで碁盤のようにきっちりと整備された通りは、どこま真っすぐ90度で交わっている。徐々に寺院や民家が少なくなったと思ったら、今度は道場や武家屋敷といった類が多くなってきた。代表して案内してくれている平澤氏によると、この街は完全に左右対称に作られているらしく、中央の朱雀通りを中心に左右に街がわけられるのだとか。
「そういえば以前来たときはどこかにヒャッケンナガヤなるものがあると教わったな」
「おそらく百閒市場のことでしょう。百軒長屋が連なって市場を形成しているところがありまして。そこの大判焼きがここの名物になっております」
「ほぉ……そりゃうまそうだ」
大判焼きは今川焼きとも言われる和菓子だ。小麦粉の生地を金属製の焼き型で最中のようにする和菓子。現代日本ではチーズとか生クリームとかいちごとか色々な餡の味があるアレのことだ。たい焼きに近いかもしれない。
それにしても、ここまで料理が似たり寄ったりというか、一致しているとなると本当にここはパラレルワールドの日本と言っても過言じゃなくなってくるぞ。
「ふむ……だったら帝に挨拶に言ったら食べに行ってみるか」
「そういや、シフォンが帝に挨拶してるとき俺らその間何してりゃいいんだ?」
「ああ、お前は私についてきてくれ。それ以外は門の外で待機、入ってこれても玄関にあたるところまでだな。こういう挨拶に行くときは多数の護衛を引き連れていくのはご法度だ」
へぇ、そりゃあ知らんかった。聞いてみれば、多数の護衛を連れていくとそのまま攻めてきたという印象を植え付けやすいため訪問するときは護衛を1人か2人だけにするのが常識らしい。家臣からしたら、中までついていく護衛役は信頼の証とか名誉とかでもあるらしいが……俺はいったいどういう気持ちでいりゃいいんだ。俺は王国の民じゃないしなんなら今回だけ雇われた冒険者なんだよなぁ。
「そこらへんは気にするな。とりあえずお前はついてきてくれ」
「りょーかい」
そんなことを話していたら、あっという間に馬車は”キョウ”にある御所に到着。ここに帝と呼ばれる人物が住んでいるんだとか。降り立ったと同時に後ろの馬車からは新田と赤坂、シルクとサリーも降りてくる。思えば女子3人だったから赤坂は死ぬほど肩身が狭かったんじゃないかと思いつつ、先ほど決めたことを伝えに行って、有事の時の対処などを確認してまたシフォンのところに戻って宮殿の中に入っていく。
「そういや、帝さんはどういう人なんだ?」
「ん? ああ、とても容姿端麗で非常に賢い方だと聞いてるぞ」
〇 〇 〇
それからなんやかんやあって1時間後。俺とシフォンは和の国の帝と面会をしていた。俺はシフォンの後ろで片膝ついているだけだけだし、喋ることないけど。しかし、簾で仕切られた奥にいるであろう帝からはかなりの力と威厳を感じる。シルエットがどこか獣人のような感じだが……特に魔力がやばい。量はまあまあだが、そこから感じる魔力がかなりのプレッシャーを放っている。
「シフォン・リースキットよ、よく参られました。お手紙は拝見しました」
「はっ、ありがとうございます」
「御父上……リースキット王のことは心配かもしれませんが、我々和の国とリースキット王国の友好関係は変わりません」
おいおいおい……帝って女性だったのかよ。確かに容姿端麗とは説明を受けていたが、まさか女帝だとは思わないじゃん? マジか。
そんなツッコミもむなしく、どんどんと話が進んでいく。やれ港の優先使用や貿易のなんちゃらからリースキットと和の国の間の修好条約の確認とか。どうも一冒険者にはどうでもいいことが重要なようで延々としゃべっている。もちろんその間、こちらは微動だにせずそのままの姿勢でいないといけないのできついところである。
まさか【インビジブル】を使ってここからどこかに行くこともできずどうしたものかと考えていると、唐突に上着の肩の部分がクイクイッと引っ張られる。チラッと横を見るとかなり小さい子供のような姿が。さらにチラッと尻尾のようなものも確認できる。
「おぬし、おぬし」
次に聞こえてきたのはかなり幼い声。話し合っていたシフォンたちも会話をやめてこちらを見ている。じゃあ俺も見ていいかと思って顔を声の下方面に向けると、白髪に白い獣耳を生やした小さい少年が立っていた。はて、なんだろな。
「おぬし、わたしとあそばぬか?」
「いや、あの……俺、護衛……」
「む……千代姫様じゃないのか?」
「そのようです……これ、千代姫。こっちに参れ」
おい待て姫ってことは少年じゃないのかよ。えらく中性的だったと思えば、帝の一声で千代姫は帝の方面に引っ込んで行った。そこらへんの大人よりも聞き分けがいいようだ。
「すまない、護衛。私の娘が粗相をした」
「娘だったの!?」
「そうじゃ。数年前、千代姫が赤子のときにシフォン様に抱いてもらったことがありますね」
「ええ。大きくなられたものです」
聞いてみれば、数年前にもシフォンは現リースキット王と和の国を訪れており、その時に当時生まれて間もない千代姫に会っていたとのこと。まあもちろん千代姫がシフォンのことを覚えているわけもなく、「あの人だれ~?}というような言葉が簾の奥から聞こえてきた。若干ダメージを受けてるシフォンはあとで弄っておこう。
「……それにしても、そこの護衛はかなりの能力を持っているようですね。守護精霊もほぼ大政令レベルとお見受けしますが」
「ええ。そのように聞いています」
「しかし、彼と守護精霊はまだ一心同体ではないように見えますね。……そうですね、この場が終わったら”キヨミズ”付近にある大川俊介の道場に行ってみるといいでしょう」
大川……奇しくも俺と同じ苗字か。そういえば道場と言えば日本にも道場経営してた親戚がいたな。それはうちが旗本の家系だからだけど。
しかし、この一言が俺の運命を一気に変えることになることなど、まだ誰も知らなかった……。




