#043,学期始め
王国に生け捕りにしたワイバーンを売り払ってから約10日後。俺たちは王都を経由してから無事にルミウス魔法学園に戻ってきていた。数日遅れてしまったが、精霊の里でいろいろあったことを言えば特にお咎めなしにしてくれた。いや、むしろ「どうやって生け捕りにしたん?」と問い詰められた。
そんな中で一番の朗報はやは実技実習という名の仮想戦争が開戦になる日の前日までに学校に帰ってきて来れたことだろう。
「そうか……2件あったか」
「ああ。どちらも直接人的被害をださなかったからよかったものの、やはり年末年始関係なくやりたい放題やってるっぽいな」
そして今、俺はシフォンの部屋まで来て例の自爆テロ事件のことについてまた話を聞いていた。やはりというべきか、俺たちが離れている間にも2件ほど自爆テロがあり、小規模の被害が出たらしい。そして相手はもう隠すことをやめて堂々と亜人や獣人が多い区域をどんどん狙ってきているらしい。今までは多い地域と人間が多い地域を交互にやっていたが、もう直接やっているのか。
「しかし……やはり死体とかももれなくバラバラだからどこでどうやって体内に魔石を埋め込んでるのかわからないのだ」
「そりゃそうだ。爆発前の奴をとっ捕まえないとそんなのわかりっこねぇ。ただ、あいつら普段は一般人とほぼ同じだから困るんだな。ちょっと知識がおかしかったりの矛盾で俺はわかったが、同じ手法は難しいだろうな」
「やはりか。唯一止めたお前に共和国は情報提供を求めてきているが……それくらいしか直前に見つける方法はないものな」
未だにあのデジタルという名のマッドサイエンティストが作った魔石探知の魔道具は実験段階で使われていないから言動や精神が不安定の観点しか手がかりがない現状では見つけ出すのは9割9分不可能と言っても差し支えないだろう。いくら優秀な騎士だろうがちょっとの違いを見抜けない可能性は非常に高い。
「王国の情報部はどうなんだよ。あそこはエリート揃いだろ」
「ああ、特に手掛かりは掴めていないそうだ。一応本土では共和国からの入国には規制を入れているらしいが……彼らが見つけられないとなるとこちらから動くのも無理だろう。今はまだ我々が大胆な行動をとって相手を刺激することが怖い」
そりゃそうか……しょぅ隊を掴めていない未知の集団だからこそ、下手な行動を取った瞬間に自爆テロが激化したりすることもありえる。パターンもないし曜日や時間も問わない完全ランダムから次の自爆テロの地点を割り出すのも不可能。前みたいに偶然の偶然、パチンコで当たるならいいが……。
敵の本部さえわかれば王国情報部が乗り込んだり潜入はできる思うが、そこまでが大変だ。
「ルーツが総本山なら、怪しい施設とかないんか?」
「ある。いや、ありすぎる。ここはグッドサイエンティストもいればマッドサイエンティストもいる研究施設が密集したところだ」
「ああ……」
「わかるか? スライムを油で揚げ物にしてなんとか食ってみようみたいな研究をしてる奴らの巣窟だから言ってしまうとすべて怪しいんだ」
うわぁ……スライムを揚げ物にして食うとかどれだけ頭おかしいんだ……火魔法を受けたら溶けるようなのに片栗粉まぶして揚げ物にしても溶けて終わるのに。むしろ一度全部調査した方がいいんじゃねーのそれ。
「まあそりゃそうだが……」
「はぁ……まだまだ長期戦になりそうだな。さっさとシュベルツィアに帰って細々と依頼こなしながら店舗経営して暮らしてたいんだがねぇ」
「はっはっは、おそらくこの事件をお前が解決すれば共和国から勲章がもらえて、王国本土では爵位につけるだろうから無理だぞ」
「おいおいおい……どうしてそうなる」
「そりゃあお前、半年近く周辺国を震え上がらせた狂気の連続自爆テロから世界を救ったヒーローだからだ」
……マジか。あの国王のことだ、今度こそごり押しで爵位を押し付けられる可能性が非常に高い……グランツ騒動の時もなんだかかんだでそのまま行ってたら爵位授与だった。最悪の場合3人を連れて行方をくらますのもありだな。
「ん、そういえばセレッサがいないじゃん。あいつらどしたん?」
「ああ、君の連れが帰ってきたからお茶会をやるとかなんとか」
「またか」
〇 〇 〇
一方そのころ、大川がいつも使っている部屋のリビングには長旅で疲れた顔をした新田とご機嫌のシルク、外が寒いからか少し元気のないコルニと相変わらずお茶を淹れるセレッサの姿があった。本来は新田の部屋でやるはずだったが、大川がシフォンのところに行くときに鍵をかけ忘れたからか無断で使用されている。実際にここは大川一行のフリースペースとしても使われているから問題はないが……。
「みんな年末年始は楽しめたようで何よりだね、うんうん」
「長旅で疲れましたけどね」
「私はユウイチ様を家族に紹介できたから満足です!」
「シフォン様を休ませるのには苦労しました」
一人だけ年齢が上のコルニが感慨深そうにうんうんと頷けば三者三様の返事が帰ってくる。新田は体力がないからか王国から共和国までの1週間ほどの道のりでかなり疲れたらしくお茶をすすってはソファからずり落ちていき、対照的にシルクは満足そうな笑顔をしながらリラックスしている。あまり表情を変えないセレッサは顔には出さないが自分の主の健康を心配するのに疲れているようだった。
「コルニちゃんは何してたんです?」
「え? 私は暖房器具の周辺でゴロゴロしてたよ~……おかげで少し太ったけど」
「じゃあダイエット中ですか」
「うん……頑張らないとね」
なぜか一人だけお茶請けの量が少ないコルニはお腹周りに手を伸ばして太ったらしいことをアピールしている。王国や共和国では年末年始にご馳走を食べる風習あり、ついつい食べ過ぎてしまった上に寒くて暖房器具に張り付いてゴロゴロした罰があたったコルニはかなりショックを受けているらしかい。しかもここ数日実技実習で運動することもなかったのが追い打ちをかけているらしい。
その後、大川が帰るまでその場はコルニに同情する空気が流れていたという。




