第16話 岩龍を倒せ! 後半
正面からも、背後からも、左右からも鋭い獲物を射抜くような視線が感じられる。獣特有の殺気が夕空の広がる草原の一部を地獄へと変化させていく。
確かにここは見晴らしのいい丘の上。でかい魔物なら接近してくるのくらいわかっただろう。だが気づけなかった。少しの油断でこうなったのはいうまでもない。
「でも、油断していたからじゃないですよね……」
「ああ……多分グリーンキメラは小柄で、体色の緑色をうまく使って接近したんだろ。それに、魔力はほぼないに等しい。毒は体内で分泌されてるから魔法の類じゃない。魔力探知は失敗だったな」
ピンチにもかかわらず俺の脳はしっかりと分析を行っているようだ。いいことでもあり、同時に悪いことでもある。しかしこの場合いいことだろう。数的に見てこれは狩りに来た別働隊。本隊はあの岩のような生物の周りと思われる。
とにかく、どうやってこのピンチを切り抜けるかだが……。
「案はあるんですか…?」
赤坂が盾を構えながら聞いてくる。ないわけじゃないんだが。貴重な例のものを1つ消費しなくちゃならない。それに、一回分解しなきゃだから最低あと2分はかかる。
「先輩、それくらいなら私が稼ぎます!」
「できるのか?」
「魔法の力をなめちゃいけませんよ?」
「なら、頼む」
「任された!」
意気込む新田は、分解作業に入った俺の横で詠唱を始める。なんだか大気中の魔力がどんどん新田の周りに集まっているようだ。
『我が力よ、願いに応じ炎の壁を作り出せ! 【ファイアーウォール】!』
そう唱えると、俺たちの周り360度全てに3mほどの高さの炎の壁が出現した。なるほど、動物は基本火が苦手なものが多い。現に、突然出現した炎の壁にグリーンキメラと思われる反応は少し戦意を喪失しているように見える。
この隙にと、俺はバッグから先ほど倒した狼の肉を分割して、そこに例のものを20分割。それを目立たないようにすべての肉の中へと仕込む。
あとは、退避するだけだ。
『我が力よ、願いに応じ我らの姿を消せ、【インビジブル】、我が力よ、願いに応じ空へと我らをいざなえ、【フライ】』
俺は魔法で全員の姿を周りから視認できなくすると、相変わらず空を飛ぶのが怖い新田を抱えて空へと舞い上がる。赤坂は俺の横にいる。おい、お遊びじゃないんだぞ。
「わかってますけどぉぉぉぉ!」
「んじゃ、ちょっとグロいけど、ここで威力は見てみるか」
「え!? 見るんですか!?」
「ああ。今後の参考にもなるし」
「ひいいいいい!」
新田が叫んでるが知ったことではない。威力がわからないと量を多くするかどうか決められないではないか。これはまだ試作段階で完全な兵器とはいえないんだから。
しょうがなく、赤坂と新田には目隠しをして、念のために50mほど離れた地点で観察する。
炎の壁が解けたと同時にグリーンキメラと思われる魔物が俺たちのいた場所に入ってくる。やはり15匹はいたようだ。
グリーンキメラたちは周りを警戒しながら、置いてある肉に関心を寄せる。それが安全だとわかるや否や、グリーンキメラたちは一心不乱にそれを食べ始めた。
「あと10秒もすれば爆発するな」
「え? え? 内臓とか飛んできませんよね!?」
「威力による」
「そこは『飛んでこないから安心しろ』って言ってくださいよ~!」
そしてきっかり10秒後、グリーンキメラがいたところから派手な爆発が起こった。
〇 〇 〇
「実験は成功だな。酸反応性爆弾……体内に取り込ませ胃酸に反応して爆発するものだったが。これほどとは」
俺は一人で爆発の起こった場所まで戻り、確認をしていた。あたりには原形をとどめないグリーンキメラたちの死体があり、爆発の威力を物語っている。
20等分してこの威力なら岩龍も倒せるんじゃないか。そう思っていまうのもしょうがあるまい。
「とにかく、今の爆発でグリーンキメラの群れはここに来るだろ。いったん退避だ」
そういうと、俺は2人の所まで戻り、急いで【フライ】を使って後方へと下がる。移動中に、新田がとあるものを見つけた。
「先輩、あれって……」
草原が広がる丘にそびえたつ一本の巨木。2年前と同じで緑色の葉っぱをつけて佇んでいる。俺たちの始まりの場所だ。
「あそこで……戦うのはどうですか?」
「始まりの場所で……か。なんか死ぬの覚悟みたいだな」
「でも、あそこがいいです」
「俺もです」
「なら、決まりだな。幸い、視界がいいし、バリスタを設置できるスペースもある」
俺は【フライ】を切って、巨木の目の前に着地する。大体1キロ先では先ほどの爆発の煙が上がっているのが見える。いずれ、こっちにも来るだろう。途中で誘導用の肉をばらまいてやったから。もちろん酸反応性爆弾入り。
着いてから折り畳み式のバリスタを手際よく設置し、近くの石から矢じりを作り、矢を物質返還魔法、【チェンジマテリアル】で生成していく。
「先輩、なんかところどころで爆発起きてませんか?」
おお、やはり酸反応性爆弾入りの肉を食べてるな。よしよし、もうちょっとで視認できるな、これは。
「よし、そろそろ魔法の準備しておけ。赤坂はバリスタに矢の装填、近づいてきたら前面で迎撃だ」
「「はい」」
やがて、岩みたいな物体がこちらに向かってくるのが見えた。でかい、全長30mとかのレベルじゃない、あれは、そう。動く山だ。
よく目を凝らせばグリーンキメラがこっちに駆けてきている。体色はやはり緑。そして、顔は……いやこれブルドックだろ。緑色の大型のブルドックで尻尾が蛇という感じだ。でかさはゴールデンレトリーバーくらい?
空が完全に暗くなった。夜行性のグリーンキメラは活発になってしまうのと反対に、俺たちは視界を奪われてしまう。そこで、この魔法の出番。
『『我が力よ、願いに応じ我らの視界を光で灯せ、【ライト】!』』
俺と新田が魔法を発動。光る2つの球体が空へと打ち上げられる。これで視界は戻り、敵を狙撃しやすい。
早速バリスタの標準機を使って1匹に狙いを定めると、素早くトリガーを引く。それは見事にグリーンキメラの胴体を貫通して、横を走っていたもう一体の腹に突き刺さる。自作とはいえ凄い威力だ。横から赤坂が矢をバリスタにセットしていく。そこら辺の扱い方は教えてあるので、俺は狙いを定めて撃つだけだ。
『我が力よ、願いに応じ彼の者を焼き払え、【フレイムランス】!』
新田は魔力の消費を抑えるために最低威力の【フレイムランス】で応戦していく。とはいえ、こちらも威力的には十分すぎる。
敵の先頭が残り500mまで近づいてきた。少しまずいな。思ったよりも数がいるようだ。しかたない、魔力は使いたくないがスキルを使おう。
バリスタを天に向け、装填してもらった矢に魔力を込め始める。
「【アローレイン】!」
宣言と同時に放たれた矢は、空で分裂して広範囲に矢の雨が無差別に降り注ぐ。それだけでざっと40匹以上のグリーンキメラが頭や、胴体を貫かれて絶命する。だが、まだまだだ。
正面から行くのは危険ととらえたグリーンキメラの別働隊が進路を変えて俺たちの後ろに回り込むような行動をとり始める。
俺は一旦本隊迎撃を新田に任せ、別動隊をつぶしに【フライ】で移動していく。
「まだ制御は完ぺきじゃないけど、やってみるか……」
俺は地面に降りて、別働隊の真正面に陣取り、手にした4本のナイフに魔力を注ぎ込み、意識を集中させる。やがて【絶対集中】を発動させた時、持っていた4本のナイフが宙に浮かび上がり、計25体からなるグリーンキメラの群れに向かっていく。
「【ソードビット】」
これが俺の切り札だ。【絶対集中】による制御と、遠隔での魔力操作による方向転換に攻撃指示、全てのナイフが意思を持ったように動き回っていく。
『ぎゃいん!』
1本が1体の胴体を横から貫通させる。2本目はその横にいた2体目の首筋を同時に切り刻み、3本目は3体目の足を一本もぎ取り、4本目は3体目の脳天に直撃する。今日は調子がいいようだ。
そのまま俺は最前列に来たグリーンキメラを各個撃破していく。だが、いまだに完全ではないので当然うち漏らしが出てくる。それは想定内。半径5mに入ればこちらのものだ。
グリーンキメラが無防備な俺に真正面からとびかかってくるのが目を閉じていてもわかる。それに狙いを定めると俺はカウンター気味に魔力を込めた右ストレートで迎撃する。当たった瞬間にグキャッという骨が砕ける音と手ごたえがどうしてもしてしまう。嫌な感触だ。
【ソードビット】を使ったこともあり、2分足らずで別動隊の迎撃を完了した俺はすぐさま本陣に戻り、バリスタを構えて【アローレイン】を降らせる。
「新田、魔力はどのくらい持つ?」
「あと【フレイムランス】5回ってところです! いくら何でも遅いですよ!」
「一応最速で片付けてきたんだぞ!」
「それでもこっちは6体突破されたんですよ? 赤坂がいたからいいけど私は近接戦闘できないんですからね?」
「あーはいはい、すいませんでした」
適当に謝りながら、新田の魔力が尽きたときのことを考える。赤坂と新田も連携スキルを使える。だが、あれは岩龍の動きを止めるのに取っておきたい。
グリーンキメラは残り50数体。真正面から行くとまだまだ毒を受ける可能性が高い。薬草があるとはいえ、どれだけの効果があるかわからないし……。
ならば、力押ししかあるまい。
「赤坂、風の魔法で迎撃、新田はもう一発【フレイムランス】を使ったらこっちでバリスタの矢の装填だ」
「でも先輩、俺の魔力じゃ……」
「いや、お前一応宮廷魔導士のタンク部隊並みにはあるから。最低限の【ウインドカッター】で1体ずつ撃破していけばいい」
「わかりましたよ……」
乗り気じゃない赤坂をなんとか説得し、場所をチェンジ。俺はひたすらに矢を撃ちまくり、赤坂はがむしゃらに【ウインドカッター】を命中させていく。
そうしているうちに、残りは数体となった。
「【アローレイン】!」
『我が力よ、願いに応じ彼の者を風の刃で切り刻め、【ウインドカッター】!』
同時に放った矢と風の刃が合体し、ものすごい勢いで着弾する。残ったのは土煙と半径5m程度のクレーターだ。
「れ……連携スキル?」
「多分……そうじゃないかな?」
思わぬところで新しい連携スキルを手に入れた俺たちは、無事にグリーンキメラの群れを討伐する。
あとは、ボスだけだ。
〇 〇 〇
神話などで岩龍は「動く要塞」とも言われた防御力を誇り、体長は小さくても30mはある。だが、そんなものは大昔の神話のお話である。
実際の岩龍というものは、凶暴な見た目で、体長は100mを超え、甲羅に至っては「山」と言っても過言ではないくらいにでかい。亀のようだけど、亀じゃない。それが岩龍だ。そんな巨体にかかわらずなんと足跡など一切つけていない。よくよく見れば足の裏には衝撃などを吸収すると思われる膨らんだ器官……犬猫で言う「肉球」のようなものがあり、それが足跡などを作らなくしていると思われる。意外と賢い。
とにかく、そんな化け物の前に立ちはだかっているわけだが。正直言って今からこれと戦わなければいけないと思うと正直言って逃げ出したくなる。
新田は堂々としているが下半身が……ガタガタ揺れている。まあ、曲がりなりにも女子だからなぁ。
「俺は戦える俺は戦える俺は戦える……そうだ……俺は……」
赤坂は既に後ろを向いてしゃがみ込んでこんなことを先ほどから延々と繰り返している。いい加減にしろ。さすがに逃げるときは全て通用しなかった時だ。
「作戦確認するぞ。まず新田と赤坂が連携スキルで足止め。そこから俺が酸反応性爆弾をあいつの口に放り込んだら退避だ」
「わかりましたけど、勝算はあるんですか?」
「これがダメだったら本当に逃げるしかない。さっきの俺と赤坂の連携スキルでもはじかれる可能性が高いからな」
新田が言いたいのは、この作戦で最も危険なのは俺と言いたいんだろう。というのも、新田たちは予想地点から200mほど後方で連携スキル(まあ、魔法の合わせ技なんだが)をし、俺は直接ゼロ距離からだからだろう。
「心配無用だ。ちゃんと無傷で戻ってくる」
「本当ですかね……?」
あ、こんな時にこいつ信用してねぇな。まったく、先輩を信用できないとは悪い奴じゃ。
なんて思ってたら、既に予想到達ポイントに来ているではないか。
「じゃ、やってくれ!」
「「わかりました!」」
何故か最後の最後でやる気を見せた赤坂と新田が詠唱を始める。
『我が力よ、願いに応じ地に穴を開け! 【アースホール】!』
『我が力よ、願いに応じ風の嵐を呼び起こせ! 【ウインドブレス】』
「「連携スキル、【蟻地獄】!」」
突如、岩龍の周りに大穴が表れる。それは這い上がることができない蟻地獄…いや、砂地獄。
昔ゲームをやったときに培った、「デカブツは先に足元を崩せ」作戦である。たいていの敵にこれは通用した。岩龍は体が大きくて重い。おまけに亀もどきときた。転ばせばそれでなにもできなくなるはず。
『!?』
やはり岩龍にもそれは有効だったようで、その巨体の半分が砂に埋もれる。だが、まだ這い上がれそうだ。
だったら、強化魔法で!
『我が力よ、願いに応じその真価を発揮せよ、【マジックエンハンス】!』
【マジックエンハンス】は人に使うことで魔法攻撃力を上げるが、魔法や魔法で起きた現象に使用しても効果は表れる。それを利用すれば、【蟻地獄】は大きくなる!
『オオオオ…!!!』
前足も蟻地獄ならぬ砂地獄に巻き込まれた岩龍は外に出ようともがき始める。だが、そのたびに岩龍はどんどん中心へと落ちていく。ハッ、バーカ! もがけばもがくほど落ちてくんだよー! ざまーみろ!
ま、言ってしまえばもがかなくても落ちるんだけどね(笑)。
俺は余裕を十二分に持って接近し、例の酸反応性爆弾を取り出して、投擲体勢に移る。
が、やはりさすがというべきか。岩龍は本能でそれが危険物と判断するなリ、スキルを発動しようと体の表面を発光させる。
「な……なんだ」
『オオオオ!!!』
岩龍が咆哮を上げたかと思うと、足元の地面に鋭くひびが入り、地面が浮かび上がった!
「うわっ、とぉっ……」
バランスを崩しながらも徐々に岩龍に近づいていく。すると、今度はその浮かび上がった地面が投げナイフのようにものすごいスピードで飛んできた。
「くっ、【ソードビット】!」
意識を集中させ【ソードビット】を階段状に並べ、それを使って上空へと飛び出す。すると、目の前にはこちらを向いて威圧する岩龍の姿が。
『グオオオオオ!』
「誰が飲み込まれるか!」
俺は【絶対集中】を解除し、【フライ】で急速に接近。させじと岩龍は先ほどの地面だったもので壁を作っていくが、それを俺は真正面から蹴り破る。
「うおおおおお! 飯を受け取れやああああああ!」
俺は渾身の力で酸反応性爆弾を岩龍のでかい口の中に投げ込む。1個でもそれなりのでかさだったにもかかわらず、それ以上にでかい岩龍の洞窟の入り口のような食道の穴にスポンと入っていく。
今頃になって岩龍はいかつい顔にもかかわらず「しまった」というような顔をしている。
あとは、退避するだけ!
俺は【フライ】ですぐさま200m後方でボケーっと岩龍のすごいスキルを見ていた新田と赤坂を拾って、例の木の下まで避難する。
そして、俺たちが着地したと同時に、世界が真っ赤な火の色に染まっていった……。
〇 〇 〇
後日、シュベルツィアの街の冒険者ギルドに突如出現した岩龍を木っ端みじんにしたFランク冒険者が現れたという噂がリースキット王国全体に広まった。
それを嘘ととらえるものもいれば、真っ向から信じる者もいる。
その噂はこの国一番の変人と言われる王様にまで知れ渡ることとなる。
なんてことも知らない大川たちはこの一件で報奨金をたんまりもらい、ギルドへの復会を果たし、さらにはCランクまで出世したという。
作者「なんかさ、あれから亀、モンスターで調べたらポケモンのカジリガメって出てきたわ」
大川「あんなかわいいやつと戦われたと思われたくねー!」
新田「ゾウガメ+スッポンみたいな感じでおっかなかったです!」
赤坂「あれ? 今回俺の出番ってほとんどなくね?」
作者「……?」
赤坂「え? なんか俺間違ったこと言った? え? あれぇ?」