第15話 岩龍を倒せ! 前半
ホーネストが蹴り破ったドアを物質変魔法である【チェンジマテリアル】で修繕をし、すぐさま新田と赤坂を拾ってギルドの執務室に入るとすでに例の受付嬢がお茶を並べて待っていた。そういえばここに来るのは初めてだな。
というかわざわざギルドに来る必要があったのかは不明だ。宿の部屋で十分だと思ったのは俺だけのようだ。
若干冷めたこの世界特有の後味がする紅茶を飲みながら、ホーネストは早速本題に入った。
「さっきも言った通り、うちのギルドの【エース】がとある討伐依頼に失敗した。それがグリーンキメラの群れの討伐だ」
グリーンキメラ…引篭もっていた時に読んだ本によれば毒による攻撃で有名なキメラだという。確か、単体ならEランクの冒険者単騎で相手取るもののはず。そんなのに【エース】が負けたのか?
「そう。グリーンキメラはEランクの冒険者が金稼ぎに狩る魔物。それに対してうちの【エース】たちはAランク。どう考えても勝てると思うだろう」
「だから質問してんじゃん」
「実は、その群れの中にいちゃいけないものがいたんだよ」
なにその都内の池に外来種が出て在来種食い荒らしたものを見たときのセリフ。ていうかそれ以外に負ける方法あるのかよおい。
「いたのは、岩龍だ」
「「「岩龍?」」」
「そう、岩龍。全長30mにもなる巨大な龍で、甲羅を持っている。要は亀みたいな龍と思ってくれていい。ちなみに、そいつはAAランクの冒険者パーティーが3組いてやっと倒せるような魔物でね。それを真っ先に排除しようとしたうちの【エース】たちは固いうろこや甲羅で弾き返され、逆にグリーンキメラの毒にやられたんだ」
なんともまあ恐ろしいことで。
…………じゃないよ! なに他人事みたいに言ってるんだよ、今から、はぁ!? それ倒しに行ってこいっていうの!? いや、無理無理無理。
やっぱその強制依頼書類赤紙じゃん! 特攻命令じゃん! おーい、GHQ来るぞー、A級戦犯になるぞー、東京裁判だぞー!
というツッコミをよそに、新田がとある質問をホーネストに浴びせかけた。
「そもそもなんですけど、私達って退会処分されてますよね? もう冒険者じゃないですよね? だったらなんで強制依頼受けなきゃいけないんですか?」
「「あ、そういえばそうだった」」
今の今まで忘れていたが、俺たちは正式には退会処分になった元冒険者だ。つまりはギルドで依頼を受ける行為はできないはずだ。だったらこの依頼受けなくていいじゃん。
横でも赤坂が「うんうん」と頷いている。だよな? そうだよな? 俺たちまだ死にたくないもんな!
「あ……つまりはだな」
ホーネストの額には冷や汗が浮かんでいる。図星だな。
「つまりはだな、その……この依頼をお前たちの復会の試験にすることを決めたんだ。【エース】が失敗した依頼を達成できるなら間違いなくお前らは【エース】よりも上というわけだ。それに直接対決しようにも【エース】のほとんどは片目、片足、片手がないものが多い。五体満足だったのは2人だけだ」
「確かにそのハンディは無理ですね。冒険者を続けることもできないですね」
そういうことか。確かにこればっかりはそうなるかもしれないな。
「それに、実をいうと籍だけは残ってるんだよなぁ」
「「「は?」」」
「どうせ勝つだろうと思ったんでいまだに籍だけは置いてるんで。別にこれといった支障はないんだよね~、実際」
「「「はぁ!?」」」
何やってくれてるんだよ。とは思ったが新田のパンチが襲ってくることは目に見えてるので口には出さないことにしておくが、依頼を受けるのは決定らしい。
「続いて、報酬だが……」
またもホーネストがしゃべり始める。相変わらずムカツクな。
……はぁ……元の世界に帰りたい。
〇 〇 〇
「失礼しました」
俺の背後でドアが閉まる。俺たちは完全にドアが閉まったのを見届けてから廊下を歩き始める。
全員がそれはそれは暗い表情をしている。
「「「はぁ……」」」
全員のため息がついに重なった。
倒すのは岩龍含めたグリーンキメラの群れ。使えない【エース】様の報告だとざっと200はいるらしい。ただでさえ群れとの戦闘は初めてなのに。
あれを使えば一気に4体を相手にできるが、まだまだ制御ができない。
「先輩、とりあえず作戦とかは……」
「決めてるわけないだろうが」
とはいえ、やんなきゃいけなくなったからにはやるべきことをやるだけなのだ。
特に俺たちが得意とする方法で、やるだけやってみるしかないんだろう。
そこで、まず俺はこの3人が最も得意とする方法を考えてみた。
出てきたのは、情報戦。敵の情報をフルで活用して攻略する。少なくともそれなら勝ち目はある。
「そうと決まれば……」
「ああ。情報収集に行くぞ。各自情報収集して2時間後にギルドの前に」
「「了解」」
そういうと、俺が宿屋に、赤坂は市場に、新田は再びギルドに入っていった。
〇 〇 〇
それからちょうど2時間後。俺たちは再び合流し、【フライ】で再びログハウスへ戻り夕食にする。そこで、情報収集の結果を共有しあった。
「じゃ、まず赤坂から」
「はい、グリーンキメラの体長は1m前後、尻尾は蛇で、それに噛まれると猛毒で手足が腐ってしまうらしいです」
「じゃ、次は私ですね。私はそれに加えて、その蛇を切り落とせばあとはジャンガリアンドックと攻撃方法は同じとしか。噛みつき攻撃は毒があるので注意しなければなりませんが。あと、岩龍に関しては、ただ単に固い亀としかいいようがないです」
「俺も大体同じようなものかな。あとは岩龍には牙がなくて、丸のみにされるとか。基本攻撃方法は地ならし程度で、刺激しなきゃ攻撃はしてこないとか」
そこから考えた作戦はこうだ。
俺が弓と引きこもりタイムに開発したバリスタ、新田が魔法で遠くから順にグリーンキメラを撃破、赤坂は装填の支援。近づいてきたら退避して、再び迎撃。それを繰り返してグリーンキメラがいなくなり次第、岩龍を直接叩く。というかこれ以外考えられない。念には念をと思い、毒に効く薬草を入手し、馬も借りて血清を作る準備は万端である。血清は作れるかどうかは不明だが。
「とりあえずこの奥の【エース】共が戦ったところに行くか。岩龍のノロさはわからないが、多分そう遠くへは行ってないだろ」
「じゃあ、夜明けと同時に探索開始ということですか?」
「夕方か夜明けだな。グリーンキメラは夜行性らしい。岩龍は夜行性じゃないけど。どっちも起きてて警戒が薄いのはその時間しかない」
あとは、岩龍に魔法と剣が通用するかどうかだけ。それは強化魔法とかをフルで使えばいいだろうな。
「あ、先輩。あれ以外も例のやつを使えばいいんじゃないですか?」
「「ああ~」」
「だけど近づかなきゃいけないんですけど」
「例のやつ」は未だにどれだけ威力があるかわからないし、正しく発動するとも限らん。それは奥の手だな。個数は3つ。使いどころも考えなくては。
「とりあえず、臨機応変に行きますか」
〇 〇 〇
翌日の夜明け頃から、俺たちは南西に広がる草原を中心に捜索を開始した。広大に広がる草原は、初めて異世界に来た時に見たそれと同じくらい延々と広がっており、都会に住んでいた俺たちに自然を感じさせる。
各々足跡を探したり、前回同様魔力探知を行う。しかし、足跡など一向に見つからず、魔力探知をすれば逆に他の魔物(主に狼のような魔物)ばかりで、肝心のグリーンキメラは発見できない。
また、あのスバローカウのように水辺に水を飲みに行ってるのではと思い川や湖のようなところにも行ってみたが、そこにもいなかった。
そんなことをやること丸2日。
とうとうあの人がキレた。
「あーもー! さっさと姿現せ―!」
と言いながらあおむけに倒れたのは新田である。そういえば、こういう面倒くさい作業は苦手だったはず。表面上変わらなくても中身はメンタル弱いからなぁ。
ちなみに俺は細かい作業は好きな方、じゃないと例のものなんて作っていないし細かい変化をさせる物質変換魔法なんか使っちゃいない。赤坂に至っては見つからない前提で探しているようだ。まあ地平線見える草原で群れ見つけろって方が無理だからな。
時は夕方。見つかれば絶好の襲撃のチャンスである。岩のようなものの陰にどんどん太陽が沈んでいく。半分暗くなった夕空と草原が神秘的な光景を作り出している。
その時、俺は気づいた。なんか岩が動いている。さっきは真正面に岩があったが、それが今も自分から見て1度左にずれたような。
「きれいだな~」
「きれいですね、先輩」
(なんだ……?)
何かに引っかかっている俺の横ではその光景に見とれている赤坂と新田が。
「いや、やっぱり動いてる」
岩がさっきよりも左に移動した。やっぱあれは生き物だ。もしかしたらあれが岩龍なのかもしれない。おそらくだがあの岩までの距離は1キロ。もうすぐそこにグリーンキメラがいる可能性がある。
おい、2人ともと声をかけようとしたとき、背後からいくつもの視線を感じた。いや、囲まれてる? 魔力探知にも反応がある。
「先輩、これ囲まれてますよね?」
新田と赤坂も気が付いたようだ。多分グリーンというからには体が緑色で、草原で擬態していたのか。これはまずい。
さて、どうしたものか……。
登場人物名鑑ー3
名前:赤坂唯一 (あかさか・ゆういち)
身長/体重 165前後/64キロ
大川に握られた弱み:コーヒーが飲めない、実はフラれたことがある、過去に休校日に登校したこと
マイナスフラグ建築数:少なく見積もっても120件。
好きなこと:地道な作業、少し子供っぽいこと、肉(特に牛肉)
苦手なこと:弄り(を受けること)、他力本願、苦いもの全般。