第124話 追い込み漁
「なぜだ! あれだけの人数が居てなぜまだ制圧が出来ん!」
「そ、それが片方のつり橋はあと少しで渡りきるというところで橋が落ちどうするか悩んでいたら空から急に激しい光と魔法が降り注いで壊滅状態に……」
「こちら側では渡りきった瞬間に地面から変な魔法が湧き出て多数が戦闘不能になり……」
「ええい、言い訳は良いわ! さっさとあの邪魔な民族どもの里くらい落とさんか!」
目と鼻の先にある陣地は、岩龍という天然の要塞の庇護を受けるようにして作られていた。外界からのありとあらゆる攻撃を通さないであろう生物に守られているのはさぞ気持ちがいいだろう。
しかし、敵の大将……元グランツ公国宰相は椅子に座りながら地面をどんどんと蹴りながら顔を真っ赤に染めて怒っていた。
そりゃそうだろう。バレているはずもないのに攻めるはずの敵に待ち伏せされ、それでも数で押せばあっという間なのにコテンパンにやられて最終的にはシーサーペントという重要戦力も失ったのだから。
『ま、その諸悪の根源がまさか目と鼻の先にいるとは思わんだろうな』
『シッ! 【イリュージョン】とか【インビジブル】使ってても聞こえるときは聞こえるよ!』
俺たちは敵陣からほんの少しだけ離れた草むらの中で【インビジブル】やら【イリュージョン】やらの魔法を駆使して息を潜めて好機を狙っていた。
具体的には……そうだな、あの元宰相さんがしびれを切らしてこの周囲にいる魔導士どもを前線に押し上げたころだろうか。流石に俺とカエデだけでは30~50人規模の魔導士を相手にするのは難しい。できなくはないが……うまくいけば。
「そういえば、【テクスチャ―マジック】も壊されましたねェ」
「なんだと!? それは本当かエリック!」
「ええェ。さっきから魔力が減りませんかラ。ここからわかることは相手は空を飛べるってことですねェ」
なるほど……あれは【テクスチャ―マジック】っていうのか。おそらく球体に自身の魔力を送ってそこから自分の魔法を撃っていたんだろう。ということはあの石っころは魔石の類か。
「ああ、ここを守ってる魔導士サンたちは全員前に出しちゃっていいですヨ。ここはボクだけで守れますからねェ」
「し、しかし」
「この後隣の国とドンパチするんですヨ? こんなところで戦力削グ必要はないと思うんだけどネ。幸いどっかのバカ女にやられた【テクスチャ―スペル】の分身たちも復活したシ」
「うむ、エリックの言うとおりだ。防衛にあたってる魔導士は全員前線へ送れ! その代わり早急にあの少数民族を殲滅しろ!」
「「ははっ!」」
ふ~ん……やっぱここを落とした後は諸国にルーマー族の差と出会った場所を知られてないのをいいことに拠点作ってリースキットとドンパチやろうってことだったんか。俺はこの世界で国籍なんて持ち合わせちゃあいないが転移したのはリースキットだし3年は住んでるからそれなりに愛着もある。
これはちょっと許してもらえませんねぇ。
『あのエリックっていうのが元宰相の懐刀らしいね』
『前回いなかったけどな』
まあ察するに元宰相を占領後のグランツ郊外から助け出したのはこいつなんだろう。確かあの時のグランツ首都は総勢3万人を超す兵が居たはず。それを抜けてるんだ。相当な手練れだぞ。
『よし、あの伝令が行って魔導士が油断したくらいに一気に行くぞ』
『流石にあのエリックっていうのが油断するまで待つのはこっちがバレるかもしれないし里の人たちが危ないもんね……了解』
俺たちの目と鼻の先を鎧を着た伝令の兵が2名ほど左手の方向に走り去っていく。それから数分後、周囲から徐々に人の気配がなくなっていった。この近くにいる魔導士は全て前線に行ったということだろう。
よし、そろそろ……。
「しかし……」
『ストップだ』
『わかってる』
俺たちが仕掛けようとしたその瞬間、元宰相が口を開く。こういう言動は証拠になりやすいため、カエデの持つ王国の制式盗聴器でそれを全て録音しておく。
「なぜここまで苦戦するのだ……歩兵だけでもざっと1000はいたはずだぞ」
「それはですねェ……あそこに原因が居ますヨ?」
そういったエリックという男は、陣地の中からまっすぐに俺たちが隠れている場所を指さしてきた。これにはカエデもびっくりなようで、一瞬動かなくなってしまう。
「そこのお二人サン、そろそろ出てきたらどうなんデス? どうせ不意打ちしに来たんでショ?」
『そーですそーです』
小声で不満げな声を出しているカエデをよそに、俺は背中に背負っていたバズーカをこっそりと肩に担いで……挨拶代わりにそれをぶっ放す。
「……っ!」
いきなりぶっ放されるとは思わなかったのだろう。不意打ちで飛ばした弾は見事着弾して軽い爆発を引き起こす。弾は急造だが魔石のかけらを混ぜ込んでるので着弾時には既存の弾より破壊力はある。
カエデもすがすがしいくらいきれいに着弾したので、多少の笑みをこぼしていたが、周囲の土煙が晴れたときには真剣な表情になっていた。
「ア~……いきなりひどいことしますねェ。コレがないとひとたまりもなかったですヨォ」
そう、どこか間延びしたような声を出したエリックの手には、盾にしたのだろう2つの人影が……。しかし、それはすぐに割れたガラスのように砕け散りって、やがて光を放ちながら消滅してしまう。
「ふぅ……さすがに【テクスチャ―マジック】を破っただけありますねェ。【テクスチャ―スペル】の分身を2つ以上犠牲にさせられタのはあのクソ女以来ですヨ」
そういうが早いか、エリックはこちらに向けて魔法陣を展開。そこから火属性魔法を放ってきた。
「【リフレクタービット】!」
俺はとっさに【ソードビット】を展開してから魔導障壁で敵の攻撃を跳ね返す【リフレクタービット】に変更して、飛んできた魔法を跳ね返す。
「行くぞ」
「だね!」
俺たちはすぐに【インビジブル】を解除し、やつの正面から打って出る。だが、もちろんエリックも馬鹿ではない。すぐさま俺たちを見つけると、火属性魔法を乱射して迎撃してくる。
それをカエデは流石くノ一ともいえるアクロバティックな動きでそれをよけ、俺は【リフレクタービット】で俺に直撃コースを取っている魔法のみを弾き返していく。
エリックまであと10mに迫ったころ、俺たちは足を止めた……いや、止めるほかなかった。
「フフフゥ……止まりましたねぇぇ」
「なに、これ……」
「ホラぁ、私はこっちですよぉ」
「こっちですよぉ」
「ここですよぉ」
「ここに居ますよぉ」
「ここにもいますよぉ」
突如、目がくらんだかと思えば、エリックの身体からさらに2人が横にスッと現れる。そしてまた横に分身がスッと現れ、気付けば360度を囲まれてしまった。
「実をいうト、君たちがあそこに隠れ始めた頃からいるのがわかってましタ。でも、ただただ狩るんじゃ面白くないでショ? たまにはこうやってテクニカルに”追い込み漁”でもしなキャ」
そう満足げに話すエリックの後ろでは、あんぐりと口をあけ放った元宰相様が。どうやらこんなところに宿敵の大川心斗がいるなんて思わなかったらしい。いや、俺もたまたま居合わせたんだが。
「え、エリック、そいつを今すぐ殺せ! そいつだ、そいつが私の計画を台無しにしたんだぞ!」
「わかってますヨォ。リースキットのエイユウさんでショ?」
「自分からそう名乗ったことはないんだけどな」
「でも実のところ?」
「1回だけ新田にマウントとるために使ったことはある」
いや、本当に! 本当に一回だけだから! 全員して痛い奴を見る目すんなし!




