第102話 水の都と探偵団 3
宿に帰った俺は朝飯を食べ、ユエルに事の顛末を説明。捜査に協力してくれることに。
とりあえず俺たちは、水路の水質から調べてみることにした。
「おい、そーっと、そーっとだぞ!」
「大丈夫ですご主人様。我々は対毒訓練も受けていますので、多少の毒は効きません」
「俺が対毒訓練受けてねーんだよ!」
近くの貸船に乗った俺たちは透明なコップを借りて、そこに汚染されているすいろの水を入れた。ユエルが勢いよく掬うものだから、俺にかからないかヒヤヒヤした。
一度船から地上へと戻りその水を詳しく調べてみる。
「やっぱ硫黄臭がするな……」
「あと、ほんのりですけど催眠毒と同じ甘い香りがします」
マジで? どれどれどういうやつ?
「アーモンド、という果実と同じ匂いが……」
「アーモンド臭!」
ということはシアン化カリウムが入っているんだ。アーモンド臭は収穫前のアーモンドの匂いだが、およそ半数の人は遺伝的に嗅ぐことが出来ないという。多分、もしかしたらわかるかもしれないけど、硫黄臭とアンモニア臭のおかげで区別などつくはずもない。
「よし、まずは火を起こしてこれを煮沸してみよう」
というわけで、ひとまず実験的に火を起こして煮沸することに。予想ではアンモニア水溶液と同じで、アンモニアが上に行き、水が蒸発したらそこに硫黄が残ると思うんだが……まあ異世界だ。現代科学が通用するなんてこと……。
30分後。水路の水を蒸発させてもやはり何も残らず、逆に周囲に異臭が漂うという結果になってしまった。
「現代科学が通用するわけねぇか……考えが甘かった」
「ゲンダイカガクとは何ですか?」
「いや、俺たちの間での知識のことさ。んじゃ、次はどうすっかね」
リトマス紙とかそういうのがあればなんとかなったんだけどなぁ……あいにく持たされた魔石の魔力はあと2回使えるかどうかってところだし。緊急用にとっておくに越したことはないだろう。
「そうだな……塩か砂糖か香辛料でも入れてなんか反応するか調べてみるか」
ここからはとにかく思いついたことをやるしかない……そう思った。なのでユエルにもう一度水を汲んでおくように頼み、俺は騎士団の詰所に塩と砂糖、香辛料その他諸々を借りに行った。
〇 〇 〇
「やっぱ塩と砂糖と香辛料じゃなんにも起こらないか」
「……そもそもアテにすらされてなかったのでは?」
「してなかったけど……何かしら起こってほしかったじゃん?」
「それはそうですが……」
民家の近くの足場で水を汲んで砂糖やら塩やらを入れているのを見かけた街の住人たちは俺たちを変わり者扱いしているようだ。視線が痛い。ま、まあそれはいつものことだし!?
気にせずやっていくとしようそうしよう!
「次は、この中では本命の金属だな。とりあえず鉄と銅を持ってきた」
というわけで、手始めに鉄をコップの中に投入。ここ3回と同じように少しだけコップから離れて結果を見る。
しかし、特に目立った結果はない……ん?
「やはり何もな……ご主人様?」
俺はコップに目を近づけて鉄の周りを見る。すると、鉄の周りがシュワシュワと泡立ち、5分としないうちに持ってきた鉄は溶けてしまった。
「これは……!」
「酸性ってことか!」
鉄を溶かしてしまうという事は塩酸などと同じ人体に有害な酸性の物質に間違いない。
人体実験をしたわけではないからわからないが、多分人間の器官でも溶けてしまうのではないだろうか。
「……とりあえず銅でも試してみるか」
念のために銅を入れてみても同じで、10分もしないうちに溶けてしまった。
「……同じですね」
「そうだな。ひとまず人体に有害ってことは言っておいた方が良さそうだ」
水路の水が人体な有害なことがわかった時間は丁度正午。コップは念のために割って捨てておいた。昼飯を挟んで午後も実験をしようと思う。
実験をしていた場所からボートで騎士団の詰所へ戻り、塩と砂糖と香辛料を返し、宿へ向かおうとしたその瞬間。俺たちの前に3人のガキが立ちはだかった。
「そこのおっさんとお姉さん! ちょっと来い!」
「あなたたちが犯人だったんですね!」
「私たち見てたよ! お姉さんたちが水路の岩場の所で何かやってたの!」
「「は?」」
一人は一番背が低くて気の強そうな少年。もう一人も同じく背が低く眼鏡をかけた少年。もう1名はどこにでも居そうな町娘……なんじゃこの集団は。
「とうとう犯人を見つけたねアラー!」
「ああ、やったなスカラ! モーリーも!」
俺たちを犯人呼ばわりするガキ3人組は目の前でハイタッチしている。まさかとは思うけど……探偵ごっことかしてたなこいつら。
「はぁ……俺たちは犯人じゃあない。ここの水質調査をしている冒険者だ。あとおっさんでもない」
「それは違いますね! そっちのお姉さんは奴隷の証拠、“呪いのチョーカー”を付けてます。見るからに戦闘用か性奴隷、相場からしてそこの自称冒険者の総資産では買えないはずです!」
おいおいおいおい! なんでガキが奴隷の相場知ってんだよ! どうなってんだこの世界は! 教育に悪すぎだろ。
「モーリー、どのくらいなんだ?」
「だいたい65万ゴルドから180万ゴルドが相場だから……」
「確かにこの人、冒険者ランクはEとかそのくらいですね!」
この野郎……誰がEランクだ……! アルヴィンの方はDランク、中身はCランクで魔力さえ戻ればBランクも確実の大川さんだぞ……!
「ご主人様、ギルド証とアレを見せればいいのでは?」
「ああ、そういう手があったか」
ユエルが俺に耳打ちして言ったことは、ギルド証を見せてちゃんとした身分があること、そして同時に賞金首を捕まえたときの感謝状と国王からの依頼書のことだ。
「なんだよ!」
「まあ待てガキども。ひとまずこれを見れば俺の身分と強さはわかるぞ?」
「……どうせ雑魚なんだろ!」
気の強い少年は俺からギルド証と感謝状諸々を受け取り目を通していく。
「なんだ、ランク……D!? こっちはこの前噂になってた盗賊団討伐の感謝状!? こっちは……国王からの依頼書じゃねーか! でもなんでこんな奴が……そうか、偽物なんだ!」
「いえ、違うと思います! ギルド証は製法が国家にすら機密にされていますから偽造はまずできません! それに感謝状の印は偽造できても感謝状自体がちゃんとした手書き、しかも日付が書いてありますからそこの詰所で聴けば本当かわかります。国王の捺印はいう魔法でもなく偽造は出来ませんので……」
「つまり、本物なの!?」
おいちょっと待てこの背が低いガキ物知りすぎんだろ。どこで仕入れたそんな情報。
「そういうことだ。ほれ、わかったら返さんか。あと、これも証明になるな。フィーアからヴィーネへの渡航チケット。日付が書いてあるだろ。それに感謝状の日付では既に水質汚濁は発生していただろ? だから俺たちが犯人じゃないのは証明される」
「わ、わからないぞ! そっちのお姉さんがやってその間にお前がやったかもしれないんだぞ!」
「渡航チケットは2枚ある。1人なのに2つも取ったら怪しまれるだろ?」
「ぬう……」
いまだに納得しないといった感じの少年だが、完全に言いくるめられて何も言えない。
「わかったらそれでいい。探偵ごっこしているらしいが、水路の水は鉄をも溶かす猛毒だからな。うろちょろせずに家に居ろ」
「た、探偵ごっこじゃなくてちゃんとした探偵だ!」
「この前も近所のおばあさんが飼ってた猫の捜索してちゃんとみつけたもん!」
「そうです! ぼくたち“オーシャン少年探偵団”に解けない謎はありません!」
お……“オーシャン少年探偵団”だぁ? やっぱただのお遊びじゃねーか。
「ま、じゃあ探偵団さんよ、言っておくけど水には手を触れるな、人体でも溶ける。あと毒をもってそうな魔物、魔獣を見たら即座に騎士団の詰所に行くこと」
「こ、子供じゃないんだぞ! そんくらいわかってる!」
「あと……俺に用があるんだったらそこの詰所でアルヴィン・ヴェルトールって人に用事があるって言えばつながるからな」
「だ、誰があんたなんか頼るか! 行くぞモーリー、スカラも」
気が強い少年はそう吐き捨てると、他の2名を伴ってどこかへ行ってしまった。……何事もなければいいが。こっちはこっちで昼飯にしよう。
コ〇ンの探偵団ではありません。




