8.リヴィアの雫 2
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マティスは土間に座り靴を脱ぎ下駄箱へ入れる。三人はマティスと同じように靴を脱いで部屋へと入っていく。
十二畳の部屋の中には大きな一枚板の座卓、そして畳の上には座布団が置いてあった。
各々座布団に座り、マティスは障子に手をかけて端まで移動させていく。
窓からは眩しい夕陽が部屋を照らし窓の外には宿自慢の中庭が三人を出迎える。
――枯山水。
石と砂で自然を表現してあり、それは一つの世界を作り出していた。
地面を覆い尽くす真っ白な砂。
白砂は綺麗に整えられ、美しく規則的な砂紋が刻まれ庭の情景を際立たせる。
しかしよく注意してみてみると、白砂に浮かぶ島々。それは日本列島を模して表現してあり、中央には大きくそして堂々と構えている岩があった。
「す、すごい。昔、修学旅行で見た庭と同じだ。でも、どうして?この部屋も日本にいた時と同じ和室だし、それに畳まで」
「それはですね、私の祖父がハルナ様と同じ日本人だからで御座います。祖父はハルナ様と同じくらいの歳に、召喚の儀によってこの国に召喚されたと聞いております。この庭はその祖父が故郷を懐かしみ、帰れなくなった故郷へ想いを馳せながら作ったものです。私も小さい頃はよく祖父から故郷の話を聞きながら、この庭を一緒に眺めていたんです。ハルナ様が召喚された時、祖父と同じ日本から来たと伺い是非この庭を見て頂きたいと思っていたのですが、中々思うようにはいかず。でも今日、お見せできて良かったです!」
マティスはそう言うと、晴ればれとした笑顔を見せた。
ハルナはマティスの祖父が日本人だということに驚き、その隣ではエレインが指で唇を弾きながらマティスの様子を見ている。
そしてケヴィンは目を凝らし、その庭をじっくりと見ていた。
(おぉ!よく見たらこれ日本だよ!すげぇ、こんな表現の仕方があるんだ。となると、真ん中のアレは富士山か。よくこんな形の石、見つけたよな。あっ、あそこに小さい家がある!お爺さんの故郷か?しかし凄いな、この庭――)
「ん、素晴らしい庭だ。うん、実に素晴らしい!しかし貴殿の祖父君も大変だっただろうな。俺達も今日召喚されてこの国に来たけど、アイツらは権力を振りかざすばかりで全く話にならなかったからな。この国で生きていくのに苦労したんじゃないか?」
「ケヴィンさんも召喚されてこの国に来たのですね。仰る通り、祖父は大分苦渋を飲まさせたそうです。今でこそ宿として運営しておりますが、祖父がこの宿を開いた当初は酷い状況だったと聞いております。当時の王も、現在の王と同じく権力を振りかざして話をする人でしたので。そういう意味ではケヴィンさん達も今日は大変だったのではなかったでしょうか?」
「あー、まぁ色々ね。アイツら勝手に呼んどいて傲慢な態度で圧力かけてくるもんだから、逆に圧力かけてやったよ」
「 ふふっ、閣下。アレは圧力なんて優しいものには見えませんでしたわ!」
エレインの言葉にマティスは眉を上げた。
これまで召喚されて来た者達に、王をアイツら、アレ呼ばわりする者はいなかった。
皆、目の前にある権力に屈し、王の言いなりになっていたのである。
それが今日召喚され、早々にその王に対して圧力をかけたという。
マティスは興味深げな眼差しをケヴィンに向け「それは大変でしたね、ですがアレは馬鹿ですので、また同じことを繰り返してしまうと思います」と言うと、ケヴィンはニヤリと笑みを浮かべ「だろうね」と短く応えた。
二人の会話にエレインは微笑みを浮かべ「私達、気が合いそうね!」と言うとケヴィンは「あぁ、そうだな!」と応え、マティスは「それは光栄でございます」と頭を下げる。
「まぁ、あんな馬鹿でも彼奴らにはしばらく俺達の金ヅルになってもらわないと、な?」
「うふふ、そうですわね閣下!」
「えーと、金ヅルでしょうか。差し支えなければ、そのお話をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「閣下、構いませんか?」
「あぁ、構わない。事実だし、いずれ分かることだろうしな」
「先程閣下が仰った通り、今日私達が召喚されて、それで謁見の間で王に会ったの。その時に彼奴らが高圧的な態度で話をしてきたので、閣下が煽ったら騎士団長とかいうやつと筆頭宮廷魔法士が襲ってきて、閣下が返り討ち。うふふ、あれほど威勢が良かった二人も呆気なく倒されるし、それに何といっても閣下に恐れをなして土下座する王。本当に楽しかったわ!それで迷惑料として今、慰謝料やら損害賠償金を請求してて、まだまだ回収していく予定だから金ヅルなのよ!」
「ふふっ。はっはは、それはまた凄い話ですね!いや本当にスカッとする話です!」
「まぁ、アイツらは無駄に金があるから、あんな感じなんだろうな。街で聞いた話では為政者としても無能らしいし、搾れるだけとったら老害はさっさと引退して貰おう!」
「そうですね、閣下」
そんな話をしていると部屋に給仕が入って来て、お茶とお菓子を持って来た。
緑茶と和菓子だ。
ケヴィンは出された緑茶を飲みながら中庭を見つめていた。
ハルナは久しぶりの和菓子に目を細め幸せそうに笑みを浮かべる。
三人が和菓子を食べ終えるとマティスは目を輝かせ、
「先程の話なのですが、ケヴィンさんの仰っていた件。私も祖父のことがありアレらには色々と因縁がございます。勿論お金は要りません。私も何か協力させて頂くことは可能でしょうか?」
と言うと、ケヴィンは口角を上げ、
「歓迎するよ!貴殿は被害者のお孫さんでもあるしな。じゃあこれからの計画についても少し話をしよう」
と応えた。
それからケヴィンとエレインは、今後の計画についてマティスに話をしていく。
話をしたのはマティスが協力出来そうな一部の計画だけであった。
その話を聞いたマティスとハルナ。
二人は目を見開いて驚いていた。
ケヴィンとエレインが話す内容は中長期的な計画ではあるが、想定される問題点、それに対する対応策がしっかりと練られていた。
二人が話す計画というのは個人が実行するにはとても難しい筈なのに、話を聞いていると不思議と実現可能な計画に聞こえてしまう。
マティスは時折質問を交えながら、二人の話を聞き感嘆の声を上げていた。
「なるほど、面白いですね!普段なら無謀な計画だと否定してしまいそうですが、お二人の話を聞くと不思議と出来そうに思えてしまいます。あえて不安な点をいえば、第三段階へ移行する時でしょうか。この部分はどうしても相応の数が必要になってきますので」
「そう!そこなんだよな。今の時点で、俺達には数が少ない!まぁ、今日この世界に来たばかりじゃ、しょうがない事なんだけどな」
「閣下、そこは私にお任せください!閣下が修行から帰ってくるまでの間に、協力者の目処が立つようにしておきます!」
「私も信頼できる人達へ声をかけてみます!」
ケヴィンが不安気な表情を浮かべると、エレインとマティスは前のめりになりながら、ケヴィンに反応した。
ケヴィンは二人のやる気に満ちた姿を見て「ほどほどに頼むよ」と苦笑い。
そんな三人の会話を大人しく聞いていたハルナは、スクッと立ち上がり、
「私も頑張ります!勇者ハルナいざ参らん!やってやるのです!」
と小さな拳を作り、鼻息を荒くする。
小さな少女が拳を握り、眉を吊り上げ、まるで歴戦の戦士のように振る舞う。
その可愛らしい姿。
言葉と容姿のギャップ。
ケヴィンはそんなハルナに唇を噛み締めながらプルプルと小刻みに震え笑いを堪える。
隣に座るエレインが「閣下、笑っては駄目ですよ!堪えてください。ハルナは多分、真剣ですから」とケヴィンに釘をさす。
そしてマティスはハルナの豹変ぶりにあんぐりと口を大きく開けて見つめていた。
そんなマティスにエレインは「気にしないで!ハルナは興奮するとこんな感じだから」とフォローを入れる。
それからしばらくの間ハルナの一人舞台が始まり、それが終わる頃にはケヴィンの鍛えられた腹筋はピクピクと痙攣し悲鳴を上げていた。
マティスは三人に夕食が終わた後に、各自必要な物を届けると伝え、部屋を後にする。
読んで頂き有難う御座います。
ケヴィン達の長い一日がやっと終わりました。
この辺は一年以上前に書いたので懐かしくもあります。なろうの流行に倣いテンポよく進めた方がいいのかな、と考えたりしながら書いてました。
次話からはテイストが大分変わります。本来書きたかったプロットです。
――皆さまへのお願いです。
書いていて、このテンポでいいのか?流行に乗って書いた方がいいんじゃないか?と悩んだりしながら書いてます。
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