7.リヴィアの雫 1
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応接室でベネスとの話し合いを済ませ、慰謝料を手に入れたケヴィンとエレイン。
残りの慰謝料は一カ月後、城に取りに来ることになった。
ベネスと別れ、ハルナの案内で王都の宿へと向かう。
城を出て大きな城門をくぐると三人は眼下に広がる王都の場景に目を奪われる。
小高い丘の上から眺める美しい街並み。
王都を囲む三層の防壁。
城を中心に一番外側は平民達が住む住居区域、その内側には貴族達が住む貴族区域、そして城を囲む防壁。
街を防壁が囲んでるのを見て、改めてここが異世界であるとケヴィンは実感する。
建物の外壁は白、屋根は薄い緑色に統一されていて、夕陽に染まる街を彩っていた。
「はぁ、やっぱりここは異世界なんだな。似たような街並みは俺たちの世界にもあるけど、十字路の上に浮かんでるアレはなんだ?」
「えーと。アレはですね、前に召喚された勇者様が作った魔術道具で、馬車の通行を制御する信号機です。王都は馬車の行き交いが多い為接触事故が多かったので、勇者様が事故防止の為に作ったみたいです」
「アレ、信号機なんだ。だったらわざわざ浮かせる必要なんかないんじゃないか?」
「それは勇者様が『前の世界と同じにしては情緒がない』と言って、王国の名産である浮遊石を使ってこの国ならではのものを作ったらしいです」
「なるほどね、まさにファンタジーの世界ならではの道具ということね。こんなの見たら、異世界も悪くなさそうって気になっちゃうわね!」
エレインは楽しそうに笑いながらその魔術道具を見つめている。
三人が見ているのは以前召喚された勇者が作った魔術道具。
大通りの交差点に設置してあり、遠目に見ても分かる程の大きさである。
高さ四メートル程の空中で浮かんでおり、赤と青の光によって交通を制御していた。
「でも、あの信号機。実は近くにいる衛兵が手動で信号を切り替えているんです。魔法で光を放つことは出来たみたいなのですが、それを一定の時間、繰り返し信号を切り替えるのが魔法では難しいようです」
「そこは頑張って欲しかったな。まぁ、便利な魔法でも出来ることには限りがあるってことか」
三人は勇者が作った魔術道具の話をしながらしばらく歩み進めると、ようやく大通りにたどり着いた。
大通り沿いに大きな街路樹が立ち並び、多くの人々が行き交っている。
通り沿いの建物のほとんどが何かしらの商売をしており、店先からは呼子の声が聞こえ賑わいを見せていた。
三人は通り沿いを散策しながら歩いていく。
武器屋、鍛冶屋、雑貨屋に食料品。
どれも初めて見るようなものばかり。
そのせいかハルナは興奮気味で、テンションが少し変になっていた。
「ちょっとハルナ、少し落ち着きなさい!ほら、そんなところ走ったら危ないわよ?」
「大丈夫ですよエレインさん!実は私、自由に王都を見て回るの今日が初めてなんです!エヘへ、やっぱりこの異世界って感じがいいですね。久しぶりにテンションが上がります。さぁ、ケヴィンさんエレインさん。次はあの店に行ってみましょう!」
「もうハルナったら、はしゃぎ過ぎじゃない?スキップしながら歩いている人なんて初めて見たわよ」
「はははっ、本当にな。俺もスキップして歩いている人、初めて見たわ!見た目はお嬢様っぽくて大人しそうなのに、ああいうところ見るとやっぱり子供だな。それにハルナが今日初めてって言ってたけど、どうせアイツらがハルナの行動を制限してたんだろ。まぁ、テンションが上がるのも仕方ないんじゃないか?」
ハルナに先導され後を歩く二人。
子供のようにはしゃぐハルナを優しい眼差しで見つめ、微笑みを浮かべる。
三人は衣料品店、魔術道具店、武器屋に立ち寄って必要な品々を買い揃え、宿へと到着。
宿は大通りから二本通りを歩いたところにあり、五階建ての大きく立派な宿だ。
エントランスは神殿にあるような円柱が天井を支え、真っ白な大理石の床が淡く光りを帯びている。
高級感溢れる佇まい。
扉の前で壮年の男が三人を出迎え、受け付けへと案内された。
宿へ入るとそこは高級ホテルと遜色ない内装が施してある。
当初はベネスに勧められた宿に行く予定だった。
しかし買い物で立ち寄った店の店主達から勧められたのがこの宿であり、ケヴィン達は店主達の話を聞いてここにすることにした。
この宿は情報を得た店主達からの信頼も厚く、決め手となったのが宿の防衛体制。
何よりも顧客を優先し、貴族達が強引な手口で宿に圧力をかけても決して顧客の情報を渡すことはなく、貴族に協力することもない。
それに諜報対策も万全を期しているという。
三人が受け付けをしていると、奥から三十歳前後の男性が歩み寄って来た。
「本日はリヴィアの雫へ足を運んで頂き、誠に有難う御座います。私、オーナーのマティスと申します。 ご用命などありましたら、何なりとお申し付けください」
「あぁ、今日は世話になる。俺はケヴィン、こっちはエレインで、この子はハルナだ」
「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ。それとハルナ様、お久しぶりで御座います。お元気そうでなによりです」
「お久し、ぶり、です?」
「ハルナ。その顔、覚えてないの?」
「エヘヘ」
「まったく、ハルナったら」
呆れ顔でハルナを見つめるエレイン。
その隣ではハルナがポリポリと指で頰をかきながら、緩んだ笑みを浮かべていた。
ハルナが覚えていなかったマティス。
彼はこの国でよく見かける茶色の髪に茶色の瞳。
端正な顔立ちではあるが、外見的には際立って目立つような特徴はない。
マティスはハルナを気遣うように、慌ててフォローを入れる。
「――いえ、ハルナ様が私のことを覚えていらっしゃらないのは当然かと思います。以前、勇者様のお披露目パーティーに参加させて頂いた時に、一度ご挨拶させて頂いただけですので」
「へぇ、アイツらそんな事やってんだ。そんな暇あるなら、他にやるべきこと山ほどありそうだけどな」
「閣下、アレでもこの国の王らしいので、外で聞かれたら、また厄介な事になりますよ?」
「そういうエレインこそ、王をアレ呼ばわりしてるじゃないか」
「お二人共、色々とあるようですね。皆様、夕食まで時間も御座います。宜しければ夕食までの間、当宿自慢の中庭を見ながらお茶などは如何でしょうか?きっと、気に入って頂けるかと思います。特にハルナ様には――」
「へぇ、面白そうだな。行ってみるか!」
三人はマティスの誘いに応じて、お茶をすることにした。
ロビーを通り、奥の部屋へと案内される。
人目に付かない廊下を歩み進めると厳重に管理された鉄製の大きな扉が見えてきた。
マティスは扉の前に立ち、懐から一枚のカードを取り出して、扉の中心へかざす。
するとカードが淡く光り、扉が自動で開く。
扉を抜けると、これまでの宿の雰囲気とは全く異なる空間が三人を出迎える。
リヴィアの雫の内装は全体的に華美な装飾で彩られ、高級感のある作りである。
しかし三人が案内された部屋は質素な作り。
趣きのある作りともいえるだろう。
床には畳が敷き詰められ天井は木目が綺麗に映える板張り、そして部屋を仕切る障子に襖。
案内されたその部屋は、ハルナにとって馴染みの深い日本の和室であった。