49.イニシアティ 1
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アクアがぶーぶーと文句を言っている間に、畑へと着く。一ヵ月半前は大森林とも言えるそこは、今や視界の奥まで広がる畑。
澄み渡る青空の下、作物はすくすくと育ち、収穫の早いものは実をつけていた。
ハーピーとオーガ達が見つけて持って来た果物の木々も順調に育っている。
皆で耕した土も豊富に養分を含んでいた。
アクアは規模の大きさに口を開けて驚く。
「ねぇ、ケヴィン。僕が想像してた畑と大分違うんだけど!」
「おっ、そうなのか?」
「うん、ここって馬を使って移動しなきゃならないレベルだよね?」
「まぁ、そうだな。増えていく住人達のことを考えたら、ドンドン広くなっていった」
「広すぎだよ、それにあの奥に見えるの外壁?」
「あー、ありゃ外壁だな!」
「ケヴィンは要塞でも作る気?」
「いや、あれくらい普通だろ?」
「普通じゃないよ!あんなに立派な外壁、僕見たことないもん!」
アクアの言う通り畑を囲う外壁は、要塞を想像されるような立派なものだった。
これはディーケイに任せたら、このようになったのである。
そして増えていく住人に食料を供給することを考えた結果、畑の規模も大きくせざるをえなかった。
しかし嬉しい誤算もあった。
それは作物の成長速度が地球のものと違って明らかに早かったこと。
遅い作物でも地球の半分くらいの期間で収穫出来る。早い作物なんかは地球の四分の一の期間で収穫時期が来る。
その為、今の住人の倍の人数に増えても、難無く供給できるようになった。
予想外に収穫量が多くなったので、今では販売を視野に入れて作っている。
ケヴィン達は畑を歩き併設されている屋根付きの休憩スペースに腰を落とす。
このスペースは畑内に一定の間隔で設けており、紫狐族のアイデアで作ったもの。
というのも、畑仕事は太陽の下で動く為、結構体力を使う。そして畑作り班は比較的年齢層が高い。
そんなこともあり日影でゆっくりと腰を落とし、お茶を飲みながら休憩出来るような場所を設けた。
ケヴィン達が休憩スペースに腰を落とすと、畑作り班の皆が続々と集まってくる。
手には自分が育てた野菜や果物を持って。
「ケヴィン様、今日の収穫持って行ってください!」
「あっ、私のも!最高に美味しいですよ!」
「「「「「ウチのも!」」」」」
「だから、いつも言ってるけど俺、こんなに食えないって!まあ美味いのは確かだけど」
「ケヴィン様が言ってた通り、自分達で作った野菜って本当に美味しいです!最近はウチの旦那より野菜達が可愛く見えてくるの。ふふふっ、不思議よね」
「ん、まあ良くある話だな。野菜は愛情込めた分だけ美味くなってくれるからな!」
「ところでお連れのお客様は、精霊様でしょうか?」
「よく分かったな、水の精霊アクアだ。皆、よろしくな!」
アクアが住人達に挨拶をすると、畑作り班の皆は神を崇めるように祈り始めた。
水の精霊ということで畑作りに勤しむ者にとってはアクアは神同然。
勿論、目の前には大量のお供え物を添えられていた。
予想外の出来事に焦るアクア。
だが住人達の笑顔と笑い声につられて、アクアは自然と笑みがこぼれていく。
住人達が作った漬け物をお茶受けに、皆で一服と称したお茶会が始まる。
気付けば百人以上の住人達に囲まれ、休憩スペースの外に腰を落としている者達もいた。
笑い声が絶えない、とても暖かい雰囲気。
畑作りの苦労や失敗談に華を咲かせ、皆が見据える未来はどれも明るいものばかり。
アクアにとって、その空間は初めて味わうとても居心地のいいところだった。
話題は水路の話になり、その流れで水の精霊が使う魔法の話へと移っていった。
この時アクアは皆の為に何かしたいという気持ちになり、自ら「魔法を見てみない?」と住人達に提案した。
断わる者もなく、アクアは魔法を実演することに。
アクアは畑の前に移動し、空へ向けて手をかざす。
畑の上空にはキラキラと輝く光の粒――霧のように小さな水滴が太陽の光に照らされ、普段見馴れているはずの場景が別の場所のように思えた。
空から舞い降りてくる光の粒。
ゆっくりと大地へと降り、作物に、畑に降り注ぐ。
畑には噴霧の影響もあり、綺麗な七色の虹が現れた。
その色鮮やかな虹に、皆心を奪われる。
「わー、綺麗!凄いですアクア様!」
「素敵です!アクア様、私達の畑がまるで祝福を受けているみたいです!」
「んだな。やっぱり精霊様の魔法っていうのは心も癒してくれんだな!」
「えっ、僕の魔法にそんな効果はないよ」
「いや、アクア様。見てください皆の顔、幸せそうな顔してますよ?」
「アクア様の魔法は私達に喜びを与えてくださったのですわ!」
「そんなこと言われたの僕、初めてだよ」
光輝く眼差しを向けられ……
アクアは盛大に照れていた。
気付けば畑に来てから一時間近く過ぎており、仕事の邪魔になるのを考慮してケヴィン達は畑を後にする。
畑の次に向かうのは牧場班。
いつの間にか馬車が用意されており、ヴァンの気遣いに感謝しケヴィン達は馬車に乗りこむ。
馬車の中でアクアが興奮気味に話す。
アクアは感じたこと、思ったことを飾らない言葉でケヴィンへ伝えた。
まず思ったことは住人達の関係性。
お互いが尊重し合えるのが羨ましく思った。
そして住人達の優しさに触れ、身体の内側からポカポカと暖かく、とても居心地がいい。
自然と笑みがこぼれるてしまう。
まるで皆の心と繋がっているような感覚。
アクアは生まれて初めて、そんな感覚になった。
それから自分自信の変化。
住人達と触れ合い、言葉を交わしていくうちにいつの間にかこのイニシアティが大好きになっていた。
そんな風に思ってたら、自身の記憶の中で経験したことのない感情が生まれた。
個人に対してではなく、皆の為に何か自分が出来ることをしてあげたいという気持ち。
アクアが正直に伝える……
「ん、なるほどな!アクアが言いたいことは俺も分かる。実は俺もここに来た時に似たような経験をしたからな」
「ケヴィンも?」
「ん、そうだぞ。俺も色々と考えてみたけど、今アクアが言った内容こそ――イニシアティの魅力なのかなって思ってる」
「イニシアティの魅力?」
「そう、イニシアティの魅力。イニシアティは元々、皆が安心して、楽しく過ごせることを目的に作ったコミュニティなんだ。
この目的に向かって住人達が支えあい、尊重し、手を取り合っているのが今の状況だ。
実はこれってそんなに簡単なことじゃない。
人間だと違う方向へと向かっていったり、他人を蹴落そうとする奴が必ず出でくる。
じゃあ何で住人達はそれが出来ているのか。
――それはここの住人達は安心して過ごせないような日々を経験しているから、真っ直ぐに目的に向かうことが出来てるんだと思う。
――そして傷ついた時の痛みを知ってるから、住人達は優しさに溢れ、暖かい。そんな住人達だから尊重し合え、支え合える。
アクアがイニシアティを大好きになったり、新しい感情が生まれたのはそんな魅力に触れたからだと思う。そんでここが居心地がいいのは、俺が思うに家族に囲まれて生活しているのに近い感じがするんだ。まぁ、何て表現したらいいか分からんけど。アクアはどう思う?」
「うん、僕もケヴィンと同じかも!ふふっ」
アクアはそう言うと晴れやかな笑顔を見せた。
ケヴィンの説明によって腑に落ちるところがあった。
アクアの脳裏にケヴィンの言葉が浮かぶ。
「家族に囲まれて生活してるのに近い」
まさにその通りだった。
一つの目的に向かって、住人達がお互いに協力し、支え合う街――イニシアティ。
アクアにとって暖かく、とても居心地がいいところだった。
そしてアクアは新たな感情が芽生えてきていた。
このイニシアティで過ごしたい。
住人達の役に立ちたい。
このイニシアティを守り、皆で作っていきたい。そしてこの愛おしい地の未来をみんなで一緒に見てみたい……
「ねぇ、ケヴィン。あのね……」
「ん、どした?真面目な顔して」
「僕も、イニシアティに住みたい!」
「へ?住むもんだと思ってたけど」
「えっ?!どういうこと?」
「あー、だからルナと友達だったんだろ?じゃあ元々住んでたんだろ?」
「違うよ、ルナが起きてた時は僕、別の場所に住んでたんだからね!」
「そう?なら、ようこそイニシアティへ!」
「ありがと、ケヴィン!大好き!」
「こら抱きつくなアクア、そういうのは大人になってからな!」
嬉しさのあまり感情を爆発させ、ケヴィンに抱きつくアクア。
そんなアクアをお子様組を扱うように、子供扱いするケヴィン。
アクアはぷくっと頰を膨らませ、ケヴィンに女の子の扱いについて説いていく。
そしてアクアがイニシアティに住むと決めたので、今後について話し合う。
まずはアクアの友人であるリリアの件だ。
リリアは今夜にでも目を覚ますだろう。
起きたらアクアが状況を説明し、リリアが聖・フィーリアに帰ると言ったら、予定通りアクアが説得するという流れになった。
ケヴィンはリリアの今後の選択肢として、王都に建設中の教会に勤めることも出来る旨をアクアに伝え、現在建設中の港町でも教会を建設する旨を話すと、アクアは「えっ?」「は?」と連発して反応。
それからケヴィンは捕えられていた子供達についても、王都、港町に孤児院を作っていて預かることが出来ると説明。
話を聞いているアクアはこれまた「えっ?」「は?」としか反応しなかった。
アクアは気持ちを落ち着かせ、再びケヴィンに訊ねる。
「えーと、じゃあケヴィンは王都と港町に教会と孤児院を建てるってことなの?」
「王都の方はまもなく完成する。で、港町の方は予定になるから早くて三ヶ月後くらいかな」
「へ?ケヴィンって召喚されて三ヶ月経ってないんだよね?」
「ん、そういえばそうだな。ほとんどここにいるから時間の感覚がないけど」
「ねぇ、ケヴィン。普通に考えたら凄いことだよ?イニシアティをここまで発展させて、更に港町を作ってるの?」
「ん、そうだな」
「はぁ、僕の常識が変になりそう!」
「まぁ、イニシアティの皆を食わせていくために色々と手を出してるからな」
「えぇぇ、もしかしてまだあるの?」
「ん、あるぞ。さっき行った畑作り班は野菜と果物の販売、これから行く牧場班は乳製品、服飾班は衣服類。これらはもう店を作っている」
大きく口を開けアクアがフリーズ。
どうやら想像以上だったようだ。
ケヴィンがアクアの再起動を待ち、内容を説明していく。
そもそもの話。
ケヴィンが手を広げていったのは、作物の収穫時期を地球と同じように考え、増え続ける住人達に必要な食料を確保する為、食料自給の他に金を稼いで外部から食料を調達しようとしたのが始まりである。
その為にまず港町に手を出した。
増え続ける住人達のことを考えると、食料自給以外の手段が無いと、いずれ食べさせることが出来なくなると考え、畑作りと併せて港町の建設に着手するのはやむを得なかった。
そして服飾班の店、乳製品の店を用意していたところ、ケヴィンの想像以上に収穫時期が早いというのが分かり、とりあえず食料が余りそうだからそれも売る流れになった。
要は全てのタイミングが合わず、仕方なかったとケヴィンは結論を出す。
「うん、なるほど。そう言われると仕方ないのかも。でも港町とかは国がやる事業じゃないの?」
「ん、まぁな。でも港町はこの国で一番の都市になる可能性を秘めている。そんな美味しい事業あいつらには勿体ない!ま、国王は精霊契約で縛っているから俺達には何も口出ししないだろうけど!」
「ぷっ、ふふふっ。僕、精霊契約をそんな風に使うの初めて聞いたよ!」
「そうか?しかし便利だな精霊契約って」
「あれはね、闇の精霊達が呪いをかけてるんだ」
「アクアもそういう魔法が使えるのか?」
「僕が使えるのは水に関連した魔法だけだよ。精霊はね――」
アクアが精霊について説明をする。
この世界にはアクアの他にも勿論精霊がいる。
精霊達は大きくは属性ごとに分かれており、その属性に関連した魔法しか使えない。
そして滅多に人前には姿を現さず、普段は姿を消して行動しているという。
たまに相性が良かったり、世話好きな精霊とかは人前に姿を見せたりするようだが、そんなケースは珍しい。
アクア曰く、精霊が姿を見せたりすると余り良いことがないという。
自身の経験を踏まえアクアは苦笑いを浮かべる。
精霊達は基本的には姿を消して、結構のんびりとした時間を過ごしているそうだ。
「アクアは姿を見せてて良いのか?」
「うん!僕、イニシアティが大好きになっちゃったし、ここの皆は悪いことはしないでしょ?」
「まぁ、そうだな。でも仲間以外の人間は気をつけろよ!」
「うん、気をつけるよ!」
話をしていると、牧場班が活動してる施設が見えてきた。
なだらかな丘の上にログハウス風の巨大な建造物がぽつり。
丸太を使っているからか、周りの景色とよく馴染んでおり、全く違和感がない。
そして視界一面に広がる淡緑色。
そこに放牧された馬達が自由に走り回り、牛達はのんびりと草を食べている。
ここだけはゆっくりと時間が流れている。そう思えるほどの錯覚に陥ってしまう。




