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48.アクア2

 48


 古代遺跡へと帰って来たケヴィン達。

 アクアとリリアを客間に寝かせ、ケヴィンはその横でコーヒーを飲みながら寛いでいた。


 二人を同じ部屋にしたのはケヴィンの気遣い。

 リリアが目を覚ましたら不安になるだろうと思い同室にした。

 そしてアクアの回復を早める為、アクアの周囲には魔力が溢れていた。

 そんなケヴィンの優しさにアクアは目を細める。


「ねぇ、ケヴィン。ありがとね」

「ん、寝れないのか?」

「ううん、違うよ。僕の為に魔力を放出して側にいてくれてるんだよね?」

「それは気のせいだ、夜寝る前の魔力はこんなもんだ」

「ふふっ、本当は優しいのに、そんなところもそっくりなんだ」

「いいからもう寝ろ!」



 静かな夜、ランプの灯りがゆらゆらと揺れ、時間の流れが緩やかに過ぎていく。



 そんな時間を裂くようにドタバタと通路を走る音が聞こえてくる。そしてバタンと乱暴に扉を開ける音と共にお子様組が襲来。

 お子様組が部屋に入るなりケヴィンに抱きつく。


「こら、お前ら。まだ起きてたのかよ!お客さんの前だから静かにしろ!」

「ケ、ケヴィン様、誰ですかその女は」

「マスター、夜のお相手なら私が!」

「僕、知ってるよ!これがハルナの言ってたお持ち帰りってやつだ!」

「違ぇーよ!ハルナの奴、子供になんてこと教えてんだ!今日言ってた水の精霊だよ!ほら挨拶、挨拶」


 お子様組が挨拶をし、互いに自己紹介を済ませる。しかしソフィはアクアに対抗意識があるようで……


「アクア、ケヴィン様の正妻はソフィなのです!」

「ソフィ何言ってるの?おねしょする正妻なんて聞いたことないわよ!」

「ぐぬぬ、うるさいのです!ソフィの溢れるじょしりょくは子供には分からないのです!」

「ふん、ソフィの方が子供じゃないのよ!」

「黙るのですチビっ子!」

「ハイハイ、お前らどっちも子供だかんな。そういう話は大人になってからしような!アクアは体調が良くないんだ。今日はゆっくり休ませよう。良くなったらアクアが遊んでくれるってよ!」

「えっ、本当なのです?」

「あぁ、勿論だ!」

「「「わーい!」」」

「……」


 アクアが遊んでくれるというケヴィンの言葉にすっかり気を良くしたお子様組の三人。

 お子様組はアクアに近寄り、動けないアクアが早く良くなるようにと、頭を撫でたりペタペタと顔を触ったり、マッサージといい手足を揉みほぐす。


 されるがままにフリーズするアクア。

 自分より小さい子供たちに頭を撫でられたり、妹のように扱われ反応に困っていた。


 その姿、まさにおままごと。

 ケヴィンの目にはそのように映り、笑いを堪えるのに必死だった。

 お子様組はおままごとが終わると、満足して部屋を出ていく。


「ははは、子供って凄いね。僕、あの子達の勢いに飲まれちゃったよ」

「気に入られたみたいだな。良いおもちゃ――良いお姉さんが出来て助かるよ!」

「ねぇ、ケヴィン。今言い直したけど、ハッキリとおもちゃっていったよね?」

「気のせいだ!いいからもう寝ろ、子供は寝る時間だぞ!」

「何で僕まで子供扱いするの!そういうケヴィンは寝ないの?」

「あぁ、これ読んでからな。寝るまでここにいるから安心して寝てな」

「うん、ありがと。おやすみケヴィン」

「ん」


 ゆっくりと瞼を閉じるアクア。


 ケヴィンは再び本を手に取り、本の世界へと降り立つ。

 微かに香るコーヒーの匂い。

 ゆっくりとページをめくる音。

 ゆらゆらと揺れるオレンジ色の灯りの中、静かに、深く、夜が過ぎていく。



 ◇◆◇



 翌朝。

 アクアは誰かに頭を撫でられている感覚で覚醒した。目を開けず、誰が頭を撫でているのか思考を巡らす。

 もしかして頭を撫でているのはケヴィン?そう思うと、恥ずかしさが込み上げてくる。

 勇気を出して目を開ける……


 目の前にいたのは、心配そうに見つめるお子様組の三人だった。

 アクアは彼女たちの純粋な瞳を見て、一瞬でもケヴィンが頭を撫でていると思った事が恥ずかしくなった。


 身体を起こしお子様組にお礼を言うと、遊ぶ約束をして元気に部屋から出て行った。

 隣のベッドで眠るリリアは起きていない。

 ケヴィンの話では術の効果が丸一日あるようなので今日の夜くらいには目を覚ますだろう。


 しばらくするとケヴィンが部屋にやって来た。

 配膳トレーから朝食をテーブルに並べていく。


「アクア、一応朝食用意して貰ったんだけど、精霊って食事するのか?」

「僕達は基本魔力があれば大丈夫だけど食べれないことはないよ」

「なら、朝食にしよう。体内からの栄養も取った方が良いだろう」

「うん、ありがと!」

「って、起きれるか?」

「おかげさまで、ほらこの通りだよ!」

「ん、良かった!あんまり無理すんなよ」


 二人で小さな丸テーブルを囲んでの朝食。

 今日は副料理長が作ってくれた食事だ。

 精霊の好みが分からないこともあって種類は豊富に用意されていた。

 一般的な朝食にあるようなサンドイッチとサラダ、温かいスープにデザートの他、消化のいいお粥や果物がテーブルに並ぶ。


 アクアがぱくりと一口サンドイッチを食べると透き通る淡緑の目を輝かせ、次々に料理を頬張る。

 口いっぱいに頬張った結果、ぷくりと膨らんだ頬はまるで小動物の食事風景だった。


 ケヴィンはそれを見て「リスみたいだな」と突っ込みたくなったが、幸せそうに食べるアクアを見て堪えた。


 ケヴィンは食事をしながらルナとの出会いまでの経緯を話していく。

 自分が他の世界から召喚された事やこの国の状況、魔物達や獣人族達の状況など出来るだけ詳しく多くの情報をアクアに話した。


「そっか、そういうところは昔と変わらないね」

「詳しく聞ける時間が無かったから知らないんだが、そもそもコレって何なんだ?」

「えー、知らないで付けてたの?」

「付けてた、というより勝手に付いて、何やっても外れないんだけど!」

「ぷっ、ふふっ。イニシアティリングにそんな迷惑そうな顔するのケヴィンくらいだよ!このリングはね、遡れば初代獣人国王、初代魔王、初代竜人国王、初代ドワーフ国王とか錚々たる面子が付けてた代物なんだよ!」

「ん、そうなのか?それ聞いたらますます外したくなるな!再生魔法使えるようになったら、最悪腕切り落とすか」

「あはははっ、そんな事したらルナが悲しむでしょ!外そうとして外れないなんて、よっぽど魂刻の適性が高いんだろうね。腕を切っても、ぜっったいルナが逃がさないはずだよ!」

「魂刻?遺伝子みたいなものか?!」


 アクアが魂刻の説明をする。

 魂刻はその者が持つ性質、資質、思考を指す言葉であり遺伝に加え、その者が経験した内容や環境によっても変化していく。


 アクア曰く、魂刻に適性がある者はケヴィンがアクアの反応、所在地が分かったように、ルナはこの世界に適性者がいれば分かるという。

 適性者がいれば一年以内に何かしらの接触を図り、リングを託すだろうという話だ。


 ケヴィンの場合は偶然にも自ら足を運んだが、イニシアティに来なかった場合は精霊や獣人族の使いを出し、いずれにせよ接触していただろうとアクアはいう。


「あー、今の聞いたらますます間違いなような気がしてきた!自分で言っちゃなんだけど俺、正義とか清廉潔白とかとは真逆の人間だぞ?」

「そんなこと言ってたらキリがないよ!でもね魂刻が示す導きに間違いは無いよ。例え世間では悪と言われても、世界を切り拓いて多くの者へ光を与えてくれる存在がリング継承者なんだから」

「俺は森を切り拓いて、作物作って美味い料理が食えれば、それだけでいいかな!」

「ふふっ、僕はそれでもいいと思うよ!ねぇケヴィン。イニシアティに色々作ったんでしょう?」

「お、よく知ってんな」

「さっきね、ソフィちゃん達が来て色々話を聞いたの!」

「なら、これ食べたら散歩がてらに見るか?」

「うん、見たい見たい!」


 アクアが嬉しそうにはしゃぐ。

 そんな彼女を見てケヴィンはお子様組と同じ反応だな、と思ったが怒られそうだったので口には出さなかった。



 ◇◆◇



 食事を終え部屋を出ると紫狐族の長、ヴァンが待っていた。最近ヴァンはケヴィンの執事的な立ち回り、集落の管理・調整役をしている。

 集落のことであればほとんど把握しており、何でもこなせる為、ケヴィンは重宝していた。


 ヴァンにアクアを案内する旨を伝えると、すぐに最適なルートを示し、ケヴィンが行く前に先触れまで出す徹底ぶり。


 まず案内するのは戦闘班。

 第一訓練室に入ると大歓声が出迎える。

「ケヴィン様」と野郎どもの野太い声が大空間の隅々まで響き渡っていく。

 あまりの歓迎ぶりにアクアは目を見開いて驚いていた。


「こら、こっちは気にしなくていいから訓練に集中しろ!死ぬ気でやれよ、死ぬ気で。よそ見してる奴はゲンコツだからな!」

「「「「「ハイッ、了解です!」」」」」


 三百人はいるだろう声がピッタリと揃う。

 戦闘班は相変わらずの体育会系のノリだった。


 ゆっくりと歩きながら訓練を見ていく。

 アクアが指をさしながら「ねぇケヴィン、あれ魔法?鎧、貫いてるんだけど!」と言い、信じられないという表情を浮かべる。

 ケヴィンはそれに「あー、あれは銃という武器だ」と答え、武器の仕組みを説明する。


 訓練には緋鬼族の長、バーグスが参加していた。銃の扱いは手馴れたもので、死角からの斜線を視野に入れた行動や素早い動作などは特殊部隊のようだ。

 躰の使い方を見るに相当な時間を訓練に費やしているのが分かる。


 次に剣の訓練区画を見て回った。

 スラッシュがイジーと立ち合いをしていた。Sランク冒険者であるイジーをスラッシュは押していた。

 訓練中ということもあってイジーは真剣だった。


 アクアはこの時点で彼らの異常さに気付いた。


 黒騎士は勿論のこと、オーガやゴブリン、ハーピーに至るまで魔物達、獣人族達の身体能力が明らかにおかしい。


 そのことをケヴィンに指摘すると「訓練の賜物だ」と返えされ、アクアは納得のいかない表情を浮かべる。

 ケヴィンは続けて魔物達が強くなることに生き甲斐、楽しさを見出していること、班分けを作った経緯を説明していった。

 それを聞いたアクアは嬉しそうに微笑む。


 ヴァンの案内で戦闘班の次は畑作り班へと向かう。


 古代遺跡を出て、集落を見渡すアクア。

 彼女の目に映るのは、集落というよりは巨大な街。

 長い年月を経ているとはいえ、アクアが記憶していたものは欠けらも見当たらなかった。


「ねぇケヴィン、あの巨大な壁みたいなのは何?」

「あー、あれは近代型の居住用建造物だ。俺たちがいた世界ではマンションって言ってた」

「あ、あれに人が住めるの?」

「勿論住めるさ、まあまだ作り始めたばっかだけどな。あれが実現出来たのは、ここにいるヴァン達紫狐族の研究のおかげでもあったりする!」

「いえ、私達はマスターの仰る通りに動いたに過ぎません!」

「そう謙遜するな、お前達がこの集落をより良くしているのは誰が見ても明らかだ。本当、助かってんだぞ!」

「有難き御言葉です!」

「ふふっ」

「ん、どうした?アクア」

「いや――笑ったりしてごめんね。何か羨ましい関係だなぁって思って!」

「そうなのか?」

「うん!」


 アクアが羨ましく思う関係。

 主従といえば、一般的には主人が絶対的な存在である。しかしケヴィンは配下、従属として扱うのではなく、仲間として尊重して彼らと付き合っていた。


 互いに尊敬しあうような関係。

 これは主従としてはかなり珍しい。

 ひとつの目的の為に互いに支え、協力する。そんな関係は精霊であるアクアにとって、とても羨ましいものだった。


 そしてケヴィンが集落を移動すると、ケヴィンに気付いた魔物達、獣人達は必ずと言っていいほど声をかけたり、手を振って挨拶をする。

 皆、澄んだ青空のような笑顔で。

 この魔物達、獣人族達の反応にアクアのこれまでの常識が覆され、同時にそんな関係に羨ましさが募っていく。


 しばらく歩みを進めると、中央広場に着いた。


 以前はキャンプ場のようだった中央広場も今では綺麗な石畳みが敷き詰められ、大きな噴水に緑溢れる木々、色とりどりの花が咲いており、住人達の憩いの場所となっていた。


 そこにはベクターとティア、そして多くの住人達が待っており、声を揃え「ようこそアクア様」と大歓迎で迎えられた。


 そんな歓迎イベントにアクアは顔を赤らめ「イニシアティに来て良かった」と呟く。

 そんな小さな呟きを拾ったのが、うっかり王ベクター。彼は古代遺跡がイニシアティと呼ばれていた事を知らなかった。


 正確に言えばルナが姿を見せた時に、ベクターはその場で話を聞いていたのだが、ルナに魅入り、話が頭に入っていなかった。

 故に、勘違いをしてしまう。


(――イニシアティに来て良かった?

 ということは……町の名前がイニシアティということで御座るか?

 ん、主人殿が嬉しそうにしているで御座る!

 よく見れば満足そうな表情で御座るぞ!

 主人殿が嬉しそう……

 主人殿が満足……

 と、と、ということは……

 そうか!そういうことで御座るな!

 な、な、なんと!精霊様が、アクア様が町名を名付けて下さったので御座るな!

 イニシアティ……良い町名で御座る!)


 とんだうっかりである。


 そう。

 彼はアクアが集落をイニシアティと名付けた、と勘違いをしたのだ。

 それだけなら問題なかった。

 それを己の内だけに留めておけば。

 しかしうっかりが過ぎる故に、余計な行動を起こしてしまう。


「おぉ!皆、アクア様が集落に町名をつけて下さったぞ!拙者達が住む場所は今日から『イニシアティ』だぁぁぁ〜〜!」

「「「「「ウォォォォ!」」」」」


 声が重なり空を突き抜けるような大歓声。

 そしていつのまにか「イニシアティ」コールが叫ばれていた。


 何故か集落の町名を付けたことになったアクアはあたふたしながら「違うよ、僕。そんなこと全然言ってないよ!」と叫ぶも、住人達の声でかき消されてしまう。


 ベクターの突き抜けた勘違い。

 被害を受けたアクアがあたふたし、叫ぶ声が聞こえない。

 これにはケヴィンも大笑いしていた。


 そしてベクターの隣にいたティアは……

 盛り上がる住人、満足気なベクター、大笑いしているケヴィンに視線を回しながら、あたふたしていた。


(ちちうぇぇぇぇぇぇ!またやってしまったでござるかぁぁぁぁぁぁ!それは遺跡の総称って聞いたはずでござるのにぃぃぃ。

 イニシアティは、イニシアティは建造物の総称でござるのにぃぃぃぃぃぃぃ。

 先程のアクア様の言葉を、どこをどう捻じ曲げれば名付けになるで御座るかぁあああ!

 しかも大事な集落の町名を勝手にアクア様が付けたことにしてぇぇぇ!主人殿に、主人殿に怒られるでござるよぉぉぉぉぉぉ!)


「うぅ、ケヴィン。僕、どうしよう?」

「ん、諦めろアクア。お前がこの集落の名称者として名を刻むことになっただけだ」

「僕、そんなことひと言も言ってないのに、どうすれば命名したことになるの?」

「まぁいいんじゃないか。集落の町名、ちょうどなかったし、いい町名じゃないか」

「ねぇ、ケヴィン。やだよー僕」

「ぷっ、町名ありがとなアクア!」


 地団駄を踏むアクアにケヴィンは吹き出しながらアクアの頭を撫でる。

 しばらくヤダヤダと駄々をこねていたアクアであったが、ケヴィンは持ち前のスルースキルで軽く受け流していた。

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