47.アクア 1
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イニシアティ――ケヴィン達の住む古代遺跡――から南西に位置する聖・フィーリア。
ケヴィン達が転移魔法で移動する頃、聖・フィーリアには夜の闇が訪れていた。
眼前には白、緑、水色の三色の大理石で作られた壮大な建造物――アグレッシア大聖堂。
高さ五十メートルを超える巨大な建造物は細やかな装飾が施され、フィレンツェにある大聖堂を思わせる。
正面扉にあるレリーフなどは絹のようになめらかな模様で、彫刻とは思えないほど見事な出来栄えであった。
その数々の彫刻を松明の炎が陰影を浮き上がらせ、揺らぐ炎に照らされた大聖堂は神秘的な雰囲気を醸し出していた。
転移時に予めベクターの木の葉隠れの術で姿を消しているケヴィン達。周辺を巡回する兵士達を気にせず大聖堂の中へと侵入。
内部に詳しいディーケイを先頭に、一行が堂内を歩いていく。
『ディーケイ、反応は地下からだ。地下に通じているところへ向かってくれ』ケヴィンが念話で支持を出す。
『了解ですマスター!ですが地下に行く扉の前に警備員用の部屋があったはずです。如何しますか?』
『それならば拙者にお任せください!』
と、ベクターが胸を張る。
兵士達が聖堂内を警戒する内、四人はベクターの術により堂々と歩み進めた。
しばらく聖堂内を歩くと地下通路へとたどり着く。
地下は聖堂内とは雰囲気が全く異なり、血の匂いがするような、陰湿な空気が漂っていた。
分厚い鉄扉の前には剣を持つ兵士が立ち、空気口は鉄格子で覆われ、まるで牢獄のよう。
鉄扉付近には兵士達が滞留する部屋が用意されている。
目の前にいる二人の兵士。そして周囲の気配を辿るとここにいる兵士達は十人にも満たない。
先頭を歩くディーケイが立ちとまるとベクターへ視線を送る。
頷きで応えるベクター。
落ち着いた様子で一歩前に出て、ふっと息を吐き、素早く手で印を組む。
12種類の印を組み、ベクターが「幻夢導の術」と言うと小指ほどの大きさの蟲が現れ、一斉に兵士達へ向かい飛んで行く。
蜂のような形態の小さな蟲達は羽音も立てずに兵士達へと近づく。
そして尾ていに付いた針で兵士達を刺していった。
刺された兵士対応はふらふらと足元をふらつかせ、ゆっくりと深い眠りについていく。
ひと仕事終えた蟲達はポンッと煙を出し消えていった。
魔法ではない不思議な術。
思わず感嘆の声を上げるケヴィンにベクターは『さ、参りましょう』と誇らしげ。案外お調子者である。
まずは兵士達の詰所内を調べる。
中にいた兵士達も眠りについていた。詰所内にはケヴィン達が望むような物は無かった。
詰所を出て四人は大きな鉄扉の前に立ち、
『あっ、鍵がかかってんな。詰所を調べてみるか』
『お待ちください主人殿。我々の術に解錠の術があります故、鍵は不要で御座る』
『ほう、そんなことも出来んのか。凄えな、じゃあベクターを任せる!』
『御意に』
自信満々として応えるベクター。
ケヴィンとディーケイはベクターの使う不思議な術にすっかり魅せられていた。
ティアが心配そうにベクターへと駆け寄るが、ベクターが手で制す。
期待の眼差しの中、ベクターは片開きの鉄扉に手をかけ……
『解錠の術・改』と唱えた。
ベクターの手に力が入る。
腰を落とし、顔がどんどん赤みを帯びていく。
むむむと唸りながら額に汗を滲ませる。
メキッ、メキッと鉄の曲がる音。
そして……パキンと聞こえた破壊音。
ベクターが振り向き、満面の笑顔で、
『さ、主人殿。開きました、早速中へ入りましょう!』
『おいベクター!今の術とかじゃなくて力技じゃねーかよ!俺の期待を返せぇぇぇえ』
『本当ですよ、いつもの不思議な術じゃないなら勿体ぶらないでくださいベクター殿』
『そうで御座る父上!こんなのは解錠の術じゃないで御座るよ!』
『ん?!じゃあ解錠の術ってちゃんとしたのがあるのか?』
『あるで御座るよ主人殿。父上は解錠の術が苦手だから力任せに、ただ錠を壊しているだけで御座る!』
『はあ、だったらティアにやってもらいたかったな。ティア、次は頼むな!』
『任せてください主人殿!』
『も、申し訳ない主人殿』
肩を落とすベクター。
木の葉隠れの術、幻夢導の術で、思った以上にケヴィンとディーケイの反応が良かった為、調子に乗ってしまった。
苦手な解錠の術を、調子に乗っていつもどおりにうっかり使ってしまい、批判を浴びてしまうベクター。
ベクターは『解錠の術・改』として使っているが厳密には錠を破壊する力任せの技。
勿論、一族の中ではベクターの言う『解錠の術・改』を解錠の術として誰も認めてはいない。
◇◆◇
扉の中へ足を運ぶとそこは教会とは思えない、陰湿な雰囲気。至る所に血痕があり、まるで砦にある地下牢のようだった。
湿った空気が肌にまとわりつき、微かに血の匂いが鼻をつく。
等間隔に置かれた灯火が不気味さをより印象付けていた。
鼻をつく不快な匂いの中、ケヴィン達は地下を歩いていく。静かな地下道には水の流れる音だけが響いていた。
途中、見回りの兵士がいたが、ベクターとティアが幻夢導の術で眠らせ目的の場所へと急ぐ。
地下三階まで降りると、視界の奥にはこれまでと違って堅強な扉に守られた部屋が見えた。
奥の部屋へと向かう途中、ケヴィンはある部屋の前で足を止める。
『ん、ディーケイ。この反応って』
『はい、魔力が小さいので恐らく捕らえられた子供達とかかと思います』
『本当、屑だなこの国は。ティア、解錠してくれ!』
『了解です!主人殿』
ティアはタタタッと走り、扉の前に立つ。
胸の前で印を組み『解錠の術』と唱える。今度こそちゃんとした解錠の術だ。
ティアの印から液状の物体が出て来て、スルスルと錠に纏わりついていく。そして鍵穴へと入り込むとガチャリと錠が開く音。
液状の物体はポンッと煙を出し消えていった。
扉とを開くと中には痩せ細った子供達。
皆。力無く寝そべったり壁に寄りかかっていた。
ケヴィン達に反応するが目は虚ろで、子供達のその姿は痛々しかった。
ケヴィンが舌打ちし「クソッ」と零す。
それからディーケイに子供達を転移魔法で遺跡へと送るように指示を出す。
四人は子供達を抱き抱え、何度か遺跡へと往復し子供達を保護した。
その数、二十六人。
その中にはようやく歩けるような歳頃の子供までいた。
これに怒りの収まらないケヴィン。
その後はベクターの幻夢導の術を使わずに、殴って兵士達を無力化していた。
四人は奥の部屋までたどり着く。
ケヴィンが反応を確認すると、精霊はやはりこの中にいるようだ。
ティアの解錠の術で扉を開ける。
中はこれまでの部屋と異なり天井が高く、広さ三十メートル四方の部屋。
中央には鉄製の大きな機械類がコードで繋げられ、その上には大きな水槽。
中には溶液に浸された水の精霊アクアがいた。
彼女は目を閉じて眠ってるようにも見えた。
薄青色のウエットスーツのようなものを纏い、短い髪の毛が水の流れで微かに揺れる。
ハルナのように幼さが残る容姿。
中性的な顔立ちをしており、身体中に管を刺されている姿が痛々しい。
ケヴィン達が水槽に近づくとアクアが反応した。
『ル……ナ?ルナなの?』
『悪いがルナじゃない、ルナの頼みで君を助けに来た!動けるか?』
『んんっ、魔力が少なくて全然動けないや。目も見えないし、僕のことはいいから君達は早くここから出た方がいいよ』
『おいおい、今来たばかりだぞ?今そこから出すから少しだけ待っててくれ』
ケヴィンがトンッ、トンッと機械類の上を登り水槽の上に立つ。そしてすぐに水槽の中へと潜っていった。ディーケイもケヴィンの後に続く。
二人でアクアの身体に刺さる管を取っていると――『誰か近づいて来る』とケヴィンが念話で警戒を促し手を止める。
程なくして一人の少女が姿を現わす。
「誰か、誰かいるのですか?!」
『ベクター』ケヴィンがベクターを見向き指示を出す。ベクターは『御意に』と応え幻夢導の術を発動。
「アクアちゃん、大丈夫ですか?アクアちゃ……ん」少女が何かを言い終える前に幻夢導の術にかかり眠りに落ちる。
『あっ、悪い。知り合いだったか?ちょっと眠ってもらった』
『多分、今の声はリリアだと思うけど』
『そういえば目が見えないって言ってたな。ちょっと待ってろ、今魔力を送る』
『んんっ?!』
『キツイか?』
『んーん。ちょっとびっくりしただけだよ。ありがとう!あっ、やっぱりリリアだ。危ないから来るなって言ったのに』
『やっぱ知り合いか、身体に害はない。眠らせてるだけだ、一日経てば起きるだろう』
その言葉にアクアは安堵し、視線をケヴィンへと向ける。そしてまじまじとケヴィンを見つめ、
『えっ、嘘?!ローゼス?ローゼスなの?生きてたんだ!僕だよ、アクアだよ!ねぇ、覚えてないの?』
動かない身体のままアクアは訴えた。
ケヴィンは管を取りながら『悪いが人違いだ。名乗るのが遅れたが俺はケヴィン、そいつはディーケイだ』と言い、作業を続ける。
アクアは我に返り『そ、そうだよね』と言い表情が曇る。
そんなアクアを気にしたケヴィンは『まぁ、生きていればまたいつか会えるさ、体調はどうだ?』と訊ねた。
管が取れた手足を動かすアクア。
思うようには動かない。
『うん、まだ上手く動かないかな』
『そうか、よし全部取れたな。動かないならこうするしかないな』
『うわっ、ちょっと!ケ、ケヴィン、僕この体制恥ずかしいんだけど!』
ケヴィンにお姫様だっこされるアクア。
次第に顔を赤らめさせケヴィンから視線を逸らす。
ケヴィンはそんなアクアに構わず、抱き抱えながら水槽の中から脱出。
一度アクアを水槽の上で待機していたディーケイに渡し、上部にある機械類の上に立つと再びアクアをディーケイから手渡され抱き抱える。
アクアは恥ずかしさのあまり『ケヴィン、だからこの体制恥ずかしいよ』と抗議。
ケヴィンはそれならばとアクアを背負う。
それでも恥ずかしさが残るアクア。
ケヴィンの背に顔を埋めながら『うぅ、これも恥ずかしい』と呟いた。
『わがまま言う子は大きくなれないぞ!』
『ちょっとケヴィン!僕、こう見えてもケヴィンの何倍も生きてるんだからね!』
『あー、そういえばそうだったな。それよりあの子どうする?』
『リリアのこと?』
『あぁ』
『リリアは僕の大切な友達なんだ。出来ればここから連れ出して欲しい!』
『でも急に居なくなったら怪しまれないか?それに本人の意思もあるし』
『この子は凄く良い子、こんな場所にいるべきではないんだ!リリアが起きたらその辺は僕が説得するから!』
『まぁ、確かにここの連中は屑が多いみたいだからいい環境ではないな。ベクター!その子も連れて行く、頼むぞ!』
『ハッ、畏まりました』
ベクターがリリアを抱える。
ケヴィンは機械類を飛び降りると周囲を見回し、先程までアクアが入っていた水槽を見上げ『全部壊すか』と呟く。
ディーケイは天井を見上げながら、
『マスター、あちらも魔術道具のようです』と応えた。視線の先には天井の一面を覆うほどの巨大な造形物。
逆ピラミッド型の形を成し、先端部が水槽の上にある機械類と繋がっている。
ケヴィンは表情を変えず『ならアレも壊すまでだ』と応えた。
アクアを背負いながら巨大な建造物へと右手を翳す。ケヴィンの前には魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣は直径十メートルは超える大きさ。
突然現れた魔法陣にアクアが『何、何?!魔法?!』と困惑している。
灯火に照らされた薄暗い部屋がまばゆいほどの光に包まれていく。
一瞬、光と影の世界となり――そこから魔法が放たれた。
光は渦を巻くように天井の建造物を飲み込む、光が収まるとそこには何もなかった。
そう、何も無いのである。
巨大な建造物も天井も。
天井だったそれは、大きな穴を開けられ美しい星空が見える。
あまりの出来事にアクアは唖然とした表情で、
『えっ、と。ケヴィンって人族だよね?』
『ん、人間。人族だぞ』
『本当?人族で、この規模の魔法を使うなんて僕、見たことないんだけど』
『あー、じゃあ魔法が進化したんじゃないか?今のは初級魔法をアレンジしたやつだからな。アクアがここにいる間、魔法技術も進んだってことだろ』
『そ、そうなの?』
『アクア殿、マスターの魔法に関しては規格外でございます。あまり深く考えない方が』
『おいディーケイ、その言い方だと俺がおかしいみたいだろ!』
ケヴィン達の隣ではベクターとティアが口をあんぐりと大きく開けて空を見上げていた。
彼らは初めてケヴィンの魔法を見たのである。
(あー……主人殿はやっぱり凄いで御座る!天井に穴が開いたで御座る……)
ティアがパチパチと瞬きをし、呆然と空を見つめる。時折、見間違いかと思いゴシゴシと目を拭うも、やはり天井に開けられた穴はそのままだった。
それからケヴィン達は室内にある、あらゆる機械類を魔法で破壊していった。
そしてひと通りの破壊を終える。
最後の仕上げとして大聖堂前。
転移した場所へと戻り、お決まりになりつつある血の雨を降らせ、天誅の文言も忘れずにいれ、遺跡へと転移した。




