44.暗躍 2
44
――エルディア帝国、皇帝執務室
皇帝の臣下、リプトは商業ギルドに使者として訪ね、一連の内容を皇帝であるファンヴィオレに報告をしていた。
その内容はファンヴィオレにとって予想外であり、住民達とここまで壁があるとは思ってもいなかった。
眉間に深く皺を刻む。
ここ最近はこのような表情をする為、皺の後が残るようになってきた。
「ふむ、なるほど。して、商業ギルドは何か要求しておるのか?」
「ハッ、特にそのような話は何も。ですが此方の対応次第では商業ギルド、鍛治ギルドを含めた各ギルドは帝都からの撤退も視野に入れているそうです」
「は?何故そんな話になっておる」
「はい、ザボーグ殿曰く、我々には導いてくださる神が付いている。故に帝国が信用できるか見定めさせて貰う、と申しております」
「またケヴィン神の話か、しかし相変わらず食えない男だ。いつの間にか他のギルドまでまとめておるとはな」
「はい、それらの受け入れ先もあるようで強気な姿勢で御座いました」
「ふむ、まぁよい。我々と住民達の間には今、高く分厚い壁がある。まずはこの壁を取り除くのが先決だ。住民達をこれ以上刺激せぬよう、城の者全員に徹底させよ!」
「ハッ、御意のままに」
報告を済ませたリプトが部屋を出て行くと、ファンヴィオレは胸の奥に溜まった心労を吐き出すように深くため息を吐く。
執務室が夕陽に染まる。
窓から見える堅強な城壁をぼんやりと見つめ、か弱い声で「壁……か」と呟く。
◇◆◇
その夜、帝都エルディア城の城壁の前でディーケイ、エル、ティアの三人が立ち話をしていた。
というのも、ケヴィンは偶然にもファンヴィオレと同じように『住民と宮廷には壁がある』という話をしていた。
その話を聞いていたのがエルである。
エルは話の流れから、不要な壁ならいいんじゃないか、と思い、有難く貰うことにした。
丁度、使用する建材が少なくなってきており、現在並行して建設しているケヴィン城の材料も考えると補給しなくてはならなかったので、お互いにとっても良きことと思い行動したのだ。
そもそもの話、ケヴィンは比喩として『住民と宮廷の間には壁がある』と言っただけで、実物の城壁のことを指した訳ではない。
しかし不幸にもエルに城壁が不要な壁と認識されてしまった。
そしてその話をディーケイにすると、ケヴィン神を崇める信者である彼は、ケヴィン城建設の為にケヴィンが建材を欲している、とエルの話を勘違い。
すぐに行動に移し転移魔法で城壁へエルを案内、余計な騒ぎになると面倒なので隠密に行動する為、ティアにも来てもらった。
こうして不幸な勘違いが重なり、この場所にいた。
「エル殿、本当に主人殿が不要と言ったので御座るか?」
「うむ、マスターは『住民との間に壁は無い方がいい』と言っておったぞ!」
「ティア殿、マスターは思慮深いお方です!恐らく壁の話は帝都で広まった『ケヴィン神』の話を気にして、壁の話をされたのではないでしょうか!」
「えーと、どういう事で御座るか?」
「これは私の推測ですが、今や帝都の住民達にとって『ケヴィン神』はなくてはならない神。ですが現状、神を崇める教会はおろかケヴィン城も出来ておりません!ですから優しいマスターは住民の為にその建設を急いでいるのかと思います。そして壁の話に戻りますが、住民との間に壁がある現状を不快に思いその話をしたのでしょう。そもそも壁を作っていいのは神だけにしか許さない行為、帝国宮廷に対し生意気である、という意味も含まれてるかもしれません!」
「なるほど、主人殿はそこまで考えて言ったので御座るか!流石、主人殿で御座る!」
比喩として使った例え話があり得ない方へと捻じ曲げられていく。
そもそもエルに例え話など分かるはずがない。言葉通りに捉えてしまう子なのだ。
そのエルがディーケイに話をしたのもよくなかった。
曲がって認識された例え話。
それをケヴィンを神と崇めるディーケイにケヴィンがそう言っていたと伝えれば、例え話は事実として捉えられる。
ほんの些細な勘違い。
それが帝国の防衛の要である城壁を取り除くまでに発展してしまった。
三人がせっせと城壁の解体作業を始める。
それが一国の歴史を変えるとも知らずに。
◇◆◇
翌朝。
ファンヴィオレは目が覚めてから、いつものように景色を眺め紅茶を飲もうとした。
カーテンを開け朝日が室内を照らす。
そしてファンヴィオレが驚愕。
そこにあるはずの城壁が消えていたのだ。
「……は?」
思わず声が溢れる。
そのたった一言にファンヴィオレの心情が詰まっていた。
脳裏に昨日のことが浮かび上がる。
偶然にも昨日ファンヴィオレは住民との間にある壁を取り除くことが先決だとリプトに話をした。
そう、偶然にも。
それが今や現実のものになっていた。
この目の前にある信じられないような出来事。神がやったとしても、勘違いし過ぎだろう。ファンヴィオレはそう思った。
その日、宮廷は朝から大騒ぎだった。
延々と続く数多の報告、昼には帝都にいる貴族を呼び緊急会議が開かれる。
とにかく情報が欲しかった。
突如消えたエルディア城南門と城壁について。
早急な原因の究明と対策が必要だった。
その会議で錯綜している状況が明らかになる。
「ふむ、それで宮廷の防衛はどうなっておる」
「はっ、現在は第一騎士団が担っております」
「これだけの範囲を第一だけでか?」
「はい、第二騎士団は現在食料調達の為にノエルの森へ、第三騎士団は武器類を見て貰う為に遠征中です」
「第四はどうしておる」
「はい……それが申し上げにくいのですが、アレクサンダー殿下が関係する騎士団、護衛、従者達は全員眠っております!」
「は?どういうことだ」
「は、はい。皆、生命に異常はないのですが、朝から誰も目を覚まさず、邸宅で目を覚ましたのはアレクサンダー殿下ただお一人だけで御座いまして……」
頭によぎるケヴィン神。
その報告にファンヴィオレは言葉が出てこなかった。
そして偶然にも今回の冤罪事件絡みで各騎士団が方々へ遠征していた。
第五騎士団は皇子や皇女らの護衛の為に分散して各国へと遠征してる為、宮廷はいつもより騎士団が少ないことが明るみに出る。
そんな状況で対応策を練り、城門消失の原因を探っていく。
「ふむ、どの話もピンとくるものがないの」
「陛下、少し気になる話が」
「なんじゃ?」
「はい、リエラ王国にて神からの天誅がくだったという噂があり……」
「ふむ、それで?」
「はい、貴族の屋敷に血の雨が降り壁には光輝く大きな文字で『天誅』と、そして夜には屋敷の半分ほどが崩壊したという話を聞いたことがあります!」
「ハッハッハッ、天誅とはの。馬鹿馬鹿しい話だ、それこそ神が隕石でも落としたというのか?そんな話聞いたこともないぞ?それが本当なら是非、見てみたいものじゃ。まぁ、よい。隕石が降ってくるなどあり得ぬ!」
ファンヴィオレはリエラ王国で噂になっている天誅騒動を嘲笑う。
原因究明をひとまず置いて、一同は再び会議で議論を重ねていく。
◇◆◇
同日深夜。
昨夜の作業の続きをする為に、ディーケイ達三人はエルディア城元南門付近に集まっていた。
昨夜に比べ見回りの人間が増えた。
しかし三人はティアの木の葉隠れの術によって不可視の状態である為、気付かれることもなく淡々と作業は進んでいく。
そしてエルの「腹減った」の一言で、ちょっと休憩することに。
三人はせっかくなので、大陸随一の高さとも言われているエルディア城の城壁の上でお茶にすることにした。
城壁の上には馬車が通れるような通路。
そこにテーブルセットを並べ、軽食とお菓子を用意。三人で仲良くお茶会を始めた。
エルは用意されたサンドイッチをパクパクと頬張り、ティアはクッキーを味わう。
眼前にそびえ立つエルディア城を眺めながら、たわいもない話をする。
「そういえば今日、皇帝が拙者達がやった『天誅』の話をしていたで御座る」
「おー、懐かしい話ですね」
「それウチが遺跡に行く前の話だな」
「そうで御座る!ディーケイ殿達がやらかしたので御座るよ」
「ふふっ、すっかり忘れてました。過去のことは水に流す性分ですので!」
「ディーケイ、そこは威張っていうところじゃないぞ!で、ティア。どんな話をしてたんだ」
「えーと、疑っていたで御座る!神が隕石でも落としたのかって笑ってたで御座る」
「ぐぬぬ、何と生意気な!」
「ふむ、我がマスターに喧嘩を売ってやがるなソイツ!なら望みどおりコイツでもぶち込んでやるかッ!」
「うぉぉぉッ!ね、姉さん、何なのそれ?とりあえず落ち着いて姉さんッ!」
「えっ、エ、エ、エル殿ぉぉぉぉぉぉぉッ!勝手なことしたら主人殿に、主人殿に怒られるで御座るよぉぉぉぉぉッッ!」
キレたエルが空間収納からミサイルの形をした巨大な魔鉱石を取り出す。
その魔鉱石、直径二メートルくらいの大きさで後部には魔術道具が組み込まれている。
それを見て慌ててディーケイとティアが宥める。
エルでも分かるように丁寧に説明を重ねていく二人。結局そんなことをしてもケヴィンに得るものは無く、むしろ後々面倒なことに巻き込まれるのがケヴィンだと説明。
エルは落ち着きを取り戻し、再びサンドイッチに手を伸ばす。
ディーケイはエルが取り出した魔鉱石に興味を持ち、エルに質問を重ねていく。
その魔鉱石、ケヴィンのアイデアで作った新兵器ということもあって、ディーケイが次第に我を忘れて熱くなっていく。
そしてエルも……
流石は姉弟。いつの間にか立ち上がって周囲の状況などを考えずに興奮気味に話し合っていた。
ティアはそんな二人を見て、嫌な予感がしてきた。
「な、そんでもって、後ろの部分は何回も使えて前の魔鉱石だけ飛んでいくんだ!」
「おぉ!実に素晴らしい!姉さん、狙いはどこでつければいいんだ?」
「それはこの部分、これを標的にセットしてやる!そんで起動する時は」
「エ、エル殿!そのくらいでやめた方が」
「大丈夫ですよ、ティア殿。で、姉さん起動はここに魔力を?」
「そうそう!ここに魔力を流すと――」
「「「あっ!!」」」
三人の重なる声。
その声を合図に魔鉱石が勢いよく飛んでいく。
風を切ってそれはもう勢いよく。
そして響く轟音。
ドッゴーーーーン!!
ぶち込んでしまった。
そう、やってしまったのである。
興奮し周りが見えなくなった。エルも説明に身が入り過ぎて普通の魔術道具に魔力を流すように、いつもどおりに魔力を流した。
しかしそれは兵器。
いつものように冷蔵庫や洗濯機の魔術道具に魔力を流すのと訳が違うのである。
しばし顔を見合わせる三人。
長い時間をかけて丁寧に説明したのは何だったのだろうか。
唖然として立ち尽くし、ディーケイが「き、今日はもう帰ろうか?」と呟くと、エルとティアはコクコクと頷いて、その場を後にした。
◇◆◇
そのあとエルディア宮廷内は大混乱に陥っていた。
臣下、使用人達は神の怒りが落ちたと騒ぎ荷物をまとめ城を出て行く者や跪き天に向かって祈りを捧げる者。
人々が泣き、喚き、走りる。
そんな中、皇帝であるファンヴィオレは城に突き刺さる魔鉱石を呆然と見つめていた。
偶然だろう。
偶然と思いたかった。
昨日、例え話で民衆との間にある壁を取り除くような話をしたら朝には城壁の一部が消えていた。
そして今日、リエラ王国で噂になっていた天誅騒動を嘲笑し、隕石が降ってくるなどあり得ない。あったら見てみたいと話をした。
それ現在、こうして目の前で現実となっているのだ。
きっとこの隕石は神の怒りなのだろう。ファンヴィオレはそう思った。
その証拠に女神の像や天使の像が彫られいるのだから。
その魔鉱石を彫られた像。
実はエルが練習用に彫ったものである。
よく見ると優しく微笑む女神の前には美味しそうなカレーライスが、天使の像は天使達が皆、手にスプーンを持ち、プリンの周りを楽しそうに飛んでいる姿が彫られてあった。




