39.冒険者 1
39
――北壁の森・旧エルフの里付近
直径二メートルを超える大木が幾つも存在する北壁の森。
大地には剥き出しに張り巡る巨木の根。
未開の地だけあって、まともな路というもの存在しない。
巨木の隙間から漏れる太陽の光が大地を照らし、様々な植物が生い茂る。
森の中は木々がある程度の間隔をおいてあるため、程よい明るさと心地よい風が通り抜けていく。
しかしそれほど居心地の良い場所ではない。
というのも、この地域に居住している魔物達が桁違いに強く、とても人族が安心して住める場所ではないのだ。
そんな森の中に一つの集団が足を踏み入れている。
二十人ほどの集団。
彼らは帝国の冒険者ギルドに所属しているSランククラン、金色の騎士のメンバー。
リーダーのイジーは剛剣とも呼ばれ力強い剣技が評判のバランスの取れたベテラン冒険者。
長く伸ばした金髪、サイドを刈り上げた派手な髪型。整った顔立ち、面倒見が良い性格もあって帝国住民達の人気も高い。
そんな彼の元へは多くの冒険者が彼を慕い、瞬く間に帝国三大クランへと上り詰めた。
イジーを先頭にクランメンバーは陣形を組んで森の中を慎重に歩みを進めていく。
実力者が揃うクランだけあって、ここまでの探索は順調だった。
しかしイジーは少し曇りがかった表情。
「なぁ、ダフ。やっぱよ、あの爺が言うこと怪しくねぇか?」
「またその話かよ?もう受けたんだから仕方ないだろ」
「そうよイジー、今更な話よ!」
「だけどよ、ここに来てやっぱりなんか変な依頼だと思っちまってよ」
「ん、それ!イジーの言うこと分かる!」
イジーは依頼自体に違和感を感じていた。
帝国のギルド長が何故他国であるリエラ王国の依頼を推すのか。それに調査依頼にしては余りにも高額な依頼とかいうのもイジーは少し引っかかっていた。
加えて彼が気になっているのは帝国とリエラ王国の関係、リエラ王国にも優秀なクランがあるのに何故他国のギルドへ依頼をしたのか、という点もある。
そしてこの森に実際に来て見るとイジーの疑念は募るばかりであった。
何度か魔物と戦闘をしてみたが、依頼自体はSランクでなくとも数さえ揃えれば充分遂行できる内容だ。
だからこそ裏に何かあるのではないか?と勘繰ってしまう。
しばらく歩き続けると視界の奥――距離的には相当あるが――の木々の間隔が広がり、日差しが差す面積が広くなっていた。
僅かな森の変化。
こういう時は魔物の生態系にも影響する。
イジーは立ち止まり眉をひそめ「斥候はまだか?」と尋ねると横にいるアリアが「まだ――いや来た!退避の合図!」と応えた。
イジーが後続メンバーに声を荒げ「退避だ!直ぐに退避しろ、急げ!」と指示を出す。
一気に増す緊張感。
クランメンバーの目つきが鋭くなっていく。
空気が変わり前方にいるイジー達四人が殺気立つ。
「ビビアン、敵は?」
「ん、えーと。デスアーマー」
「はぁ?!嘘だろ、ついてないぜ!」
「斥候との距離は?」
「結構ある、いや敵が速い!このままだと追いつかれる!」
「ダフ、行くぞ!ビビアン、ユナ援護頼む!この際、炎系でも構わない!」
「了解!」
「ん!」
前方には全力で逃げてくる斥候。
その後を追うようにデスアーマーが続くが、その異常な速度に四人の表情が強張る。
走るというよりも一歩一歩の間隔が明らかにおかしい。
踏みこむ力が強すぎて、走るというよりも飛んでいるかのようにも見えた。
助けに向かうイジーの眼に焦りの色が滲む。
(おいおいおい、冗談だろ?何だよあの速度。デスアーマーっつたら鈍足の類の筈だぜ。ありゃ変異種か?)
疾走して来た斥候に追いつくイジーとダフ。
イジーは盾を構えながら斥候に「直ぐに後続まで退避しろ!殿は俺らがやる」と指示。
斥候は巨木の根に持つれながらもすぐにその場を離れていく。
デスアーマーはその勢いを止めることなく二人に迫る。
そしてイジーとダフの二人もデスアーマーへと同時に飛び出していく。
互いに全速力での衝突。
鉄が打ち合う轟音と共に空気が波紋のように揺れ、木々に留まる野鳥が一斉に飛び立つ。
一対二という数的優位。
二メートルの巨体のダフ、その頭一つ分低いイジー。冒険者の中でトップに立つ者達。
だがそんな二人をもってしても衝突直後のほんの僅かな瞬間で二メートルほど押され、大地が深く抉られていた。
間髪入れずデスアーマーが横薙ぎに剣を振るう。
その一連の流れは一切の無駄がなく最小限のモーションで剣へ最大の力を注ぐ。
剣が風を斬り裂き、背筋が凍るような音が鳴り、剣に帯びた光の残像が線を引く。
それはまさに一瞬。
思考を巡らす暇さえ与えず。
気付くとイジーとダフは軽々と吹き飛ばされていた。それはまるで銃から射出された弾丸のように。
二人は剣を交わすことはなかった。
しかし何の混じりのない、純粋な暴力であるあの一撃を瞬時に防ぐことは出来た。
それは彼らがこれまで冒険者として積み重ねた経験が、彼らの本能があってこそだろう。
飛ばされた二人は流石Sランクといえる。
三メートルほど飛ばされても木々に衝突することなく、上手く身体を回転させ回避。
(ヤベェヤベェヤベェ!何だってんだ?どうなってんだ?こいつヤベェぞ)
二人が着地する前に、後方にいるビビアンとユナが隙間なく援護。
デスアーマーに炎魔法を放つ。
真っ青な空の色を塗り替えるように紅く鮮やかな炎。双方から狙い放たれる。
しかしデスアーマーは構えることなく、迎え撃つ形で炎に向かって勢いよく走り出す。
そして身体を高速で回転させながら一閃。
空気の層が強引に斬られ空間が歪む。
巨大な炎は小さな粒子へと分解され、まるで花火のように大円を描いて広がってゆく。
二つの大きな大円が鮮やかな緑の森を彩る。紅い粒子が輝きながら、ゆらゆらと風に揺れながら、ゆっくりと消えていく。
そこに存在していたはずの炎は霧のように散り、キラキラと輝く紅い粒子の中には立ち尽くすデスアーマーの姿だけが残った。
イジーはその現象を理解出来なかった。
魔法を剣で消滅。
文献を漁ってもそんな異次元な剣技などないだろう。
(あり得ねぇ、そんなことあり得ねぇって!魔法を斬っちまうなんて!ありゃ本当にデスアーマーか?ん、何だあれ。胸のところに『B×B』?何て書いてあるんだ?古代文字か何かか?)
デスアーマーは炎を斬ると剣を鞘に収める。
そしてグッと腰を落とし体制を低く構える。その姿、まるで捕食する時の獣のように。
右手は鞘に手を添え、低い体制のままに獲物に狙いをつけたように視線をじっと二人から離さない。
ビリビリと肌を突き刺すような感覚。
デスアーマーから放たれる闘気、殺気が桁外れに上がっていく。
先程までとは明らかに違う。
これからがデスアーマーの本気であり、今までは手を抜かれていたのだ。
イジー達は本能で感じとった。
生命の危険を。
敵の次元の高さを。
「逃げろ!距離を取れ、障壁を重ねて退避だ!」
イジーの声が響く。
四人は戦闘を放棄し、逃げることを選択。
彼らのこれまで積み重ねてきた戦いの中でも群を抜く強さ。脅威。
デスアーマーが見せた二度に渡る攻撃。
たったそれだけで力量を推し測り、戦わない判断を下したのは賢明な選択でもあった。
イジーとダフは後方に目を向けながら走る。
ただひたすらに、これで最後かもしれない。そう覚悟を決めながら。
足がもつれ、大地に手をついても、とにかく何が何でも前に進む。
進まなければ死ぬ。
それが彼らに唯一残された選択肢、木の枝で顔や腕が切れてもどうでもいい。
明日は無いかもしれないのだから。
ただただ前に――
◇◆◇
しばらくの間、走り続けた四人は木陰で息を整えていた。
結局、あれからデスアーマーの追撃は無かった。
項垂れる四人は自分達が生き延びた喜びを感じながら、自身に降りかかった脅威を思い出す。
すると彼らの座る木陰からするりと人影が突然現れる。
「ねぇ、ここには何しに来たの?」
ふと声をかけられ、四人は一斉に視線を向けた。
そこに立っていたのは銀髪の少年リヴ。
しかし四人は少年だからと侮ることはなかった。むしろ実力者だからその少年の底知れぬ実力を瞬時に見抜いた。
「あぁ、冒険者ギルドの依頼で調査しに来たんだ。まぁ、こんなザマだけどな」
「ふーん。おじさん達リエラ王国の人じゃないの?この辺は冒険者ギルド、商業ギルド、鍛治ギルド、魔法ギルドとかの連名で特定重要保護地域になってるはずだよ?」
「へ?マジか?それって精霊の地と同じ扱いじゃねぇか!クソッあの爺、どういうことだ」
「そっか、じゃあ騙されたみたいだね」
「あー、すまない。俺達は帝国の者でそうとは知らなかったんだ」
「そうなんだ。マスターからは殺さず追い払えって言われてたけど、次は気をつけてね」
「マスター?……なるほど、そういうことか。君のマスターは凄ぇな、あんなデスアーマー見たことないぞ?」
「ふふっ、そうでしょ!僕のマスターは凄いんだよ!何しろ神だから!」
「か、か、かみぃぃぃ?!マジか?!いや、あれなら納得だな。そうか悪いけど神様にも謝っててくれないか?本当、申し訳無かった!」
「了解。おじさん達元気そうだから、僕もう行くね!じゃあ気を付けてね!」
リヴはマスターを凄いと褒められて上機嫌で帰っていく。
イジー達はリヴと別れてから、クランメンバーと合流し、今後の方針について話す。
彼の口から今回の依頼は何か裏がありそうだから、ひとまずは帝国へは戻らずリエラ王国の王都にて調査をするとメンバーへ伝えた。
また、デスアーマーやリヴ、神様の件も伝え情報を共有。
王都までの道のりは神様の話で持ち切りだった。
四人は死にそうになったにも関わらず、とても楽しそうに話に興じる。
デスアーマーの強さ。
その高みへと導いた神様。
彼らにとって強さとは、金や権力、名声などよりも遥かに重要な位置づけにある。
冒険者だからこそ、あの強さに惹かれ、憧れる。
いつの間にか四人は神様の敬虔な信者となっており、神様にあったら弟子入りしたいという話にまで膨らむ。
ケヴィンの知らないところで、またしても意図しない方面へと勝手に話が進んでいく。
まさか自分が神と崇められ、信者にSランククランがいるとは思わないだろう。
大きな歯車がまたひとつ嵌まろうとしていた……




