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38.ティアの一日 3

 38


 奥のテーブル席から来た男とはディーケイだ。


 彼は左手でクイっとサングラスのブリッジを持ち上げケヴィンに声を掛ける。

 その一連の仕草を見た皆の残念そうな顔。


 ディーケイがブリッジをクイっとする時は決まって、これから熱く語りますという合図でもあるのだ。

 遺跡界隈ではディーケイスイッチとも呼ばれており、急いでいる時はディーケイにブリッジをクイってやらすなと言われるほどにうざい。


 ディーケイスイッチが入った時は相応のスルースキルを持っていないと精神衛生上もよろしくないのである。


「マスター。ちょっと宜しいでしょうか?」

「ん?何だディーケイ、嬉しそうだな」

「ようやく、ようやく完成しました!」

「マジか?!良くやったディーケイ、はっはやっぱりお前は天才だよ!正直諦めてたんだけど、すごいなディーケイ!」

「いえいえ、これもマスターのアイディアがあってこそです!私も正直なところ初めにマスターから依頼された時は難しいのではないかと思っていました。しかしこの魔術道具があれば情報の精度、知識の共有、諜報活動とあらゆる面で有利に働くこと間違いないことは明らか。ならば研究者として挑まない訳にはいけません!マスターの世界ではその技術が一般的になっているのであれば、世界は違えど研究を積み重ねれば私にも出来るということですから、しかしマスターこの魔術道具というのが実に素晴らしい……」


 ディーケイスイッチが入った。

 捲し立てるように熱く語り始めるディーケイ。

 皆も慣れたもので彼のことは気にせず食事に戻っていたが、ティアだけが不思議な生き物を見るような眼差しでポカンと口を開けフリーズしていた。


 ディーケイが完成したと言った魔術道具はケヴィンが依頼した録音録画機能を持つ魔術道具。

 ケヴィンが一番初めにディーケイに依頼したのはパソコンや携帯電話の充電器なのだが、次に依頼したのはこの魔術道具。

 既に完成している銃やミサイル、冷蔵庫よりももっと前から依頼をしていた品である。


 ケヴィンは情報を特に重要視していた。

 だからこそ様々な情報をインストールしているパソコンや携帯を使えるように、一番初めに充電器を依頼したのである。

 そして今回完成した魔術道具はいわば諜報、情報を盗み取る為の魔術道具。

 銃や武器類などを作るよりも遥かに重要度が高いとケヴィンは考えていた。


 この魔術道具とは所謂隠しカメラである。

 この世界に元からあった吸音石という魔力を流すと音、声が録音でき、要領が一杯になると以降録音することが出来ない。

 そして同じように魔力を流すと録音したものが再生されるという特性を持つ石。


 この吸音石、諜報に関しては使いづらいが多くの者に伝達する場合には有用な素材。

 現在では魔術学院や各ギルド、商人達がよく利用している。


 この吸音石をベースに赤竜結晶を錬金術で融合し、ケヴィンが創り出した録画の魔法を解析して魔法陣に書き写し、融合した結晶へと付与。

 この作業だけでも相当な時間を割いていた。

 そしてその融合結晶へは個人認証、認識阻害、魔力阻害などの処置を施す。


 しかし融合結晶単品では映像を映し出すことが出来ない為、映写する為のベースが必要となった。

 そこで利用したのが魔力伝導効率が高いミスリル。このミスリルをベースとしてタブレット型のように持ちやすデザインにし、融合結晶をこのタブレット型ミスリル板にはめ込むことで映像と音声を映し出すことが可能となった。


 要約するとシンプルに聞こえてしまうが、実際にはミスリル板内部に三十以上の部品が組み込まれており、この魔術道具だけでも合計四十を超える魔術付与が施してある。

 試作を繰り返たディーケイの苦労は勿論、ケヴィンも相当心を削られている。


 そんな苦労の果てに産み出された魔術道具を使ってみたいという声が上がる。

 そんな声に、待ってましたとばかりにニヤリと笑うディーケイ。


「実はそう言われると思って、事前に録画していたのです。この結晶をはめ込み、ここを押すと……」

「うぉー、ソフィが映っているのです!」

「本当だ、これさっきのところだよね?」

「すごいですわ!会話もちゃんと聞き取れる!」


 タブレットに映し出される映像はケヴィンが使用しているパソコンやタブレットと遜色なく鮮明であった。

 ひとつのタブレットを皆で食い入るように見つめていると……


『エレインは金さえちらつかせれば、どんなことでもするのです!』

『そうそう!僕思うんだけど、エレインってエルの次くらいに単純だよね!』

『そうですわ!相変わらずのチョロインでしたわ!』


 丁度、お子様組がエレインのことについて話をしている映像が流れる。

 ドドドドドとエレインの背後に効果音が鳴るかのように、次第に変化していく表情、逆立っていく髪の毛。

 その姿はまるでハルナが持って来た悪魔エレインフィギュアにそっくり。


 その姿にティアが目をパチパチと瞬かせパニックになっていた。


(エ、エ、エ、エレイン殿ぉぉぉぉぉぉ?!た、大変で御座る!大変で御座る?!エレイン殿に悪魔が、悪魔が取り憑いてしまったで御座るぅぅぅぅぅぅ?!)


 エレインの変化を一瞬にして察知したお子様組。

 わぁーと言いながら楽しそうに逃げ出す。

 待ちなさいと鬼の形相でエレインが追いかけていく。

 その辺はいつも通りの光景だった。


 しかしこのいつも通りに少し変化がある。

 エレインが追いかけ回している間も延々と熱く語り続けているディーケイ。

 もはやBGMのように誰も気にしていないのだが少しいつもと様子が違う。


 その様子をケヴィンは眉を潜め思考を巡らせる。


(あれ?!気のせいか?なんかディーケイの語りにリズムと音階があるような……

 いや、気のせいじゃないな。段々とミュージカルっぽくなってきてるな。せっかくスルースキル身に付けたってのに、ディーケイのレベル上がってやがるぞ。くそっ、厄介な)


 そう、ディーケイはいつのまにか身振り手振りが大きくなり、リズムに乗ってまるでミュージカルスターのように歌いながら、踊りながら魔術道具のことを熱く語っているのだ。


「なぁ、ハルナ。ディーケイにミュージカル教えたのハルナだろ?」

「えー、何のことですか?ケヴィンさん」

「分かりやすいなぁ、目が泳ぎまくってるぞ」

「えへへ、バレちゃいましたか。こないだですねエレインさんのパソコンにインストールしてあるディズニー映画を一緒に観たんです。その影響かもしれません!」

「まったく!ようやく最近は気にせずに過ごせるようになったのに、あれじゃ流石に気にせずいられないだろ?レベルアップすな!」

「あざます!」

「――褒めてねぇから!」

「でも同士が楽しそうで良かったです!」

「付き合わされる身にもなってくれ」


 ケヴィンは苦笑いを浮かべていると、お子様組やエレイン、ディーケイが各々発散したらしく再び席に着き食事を再開する。


 デザートまで食べ終え、食後のコーヒーや紅茶を楽しんでいるとケヴィンへエレインからクレームが入った。

 そのクレームとはエルがお腹が空くと無意識に食べたい物を彫ってしまう癖について。

 知ってたなら事前に教えて欲しいというものだったが、エレインの警備会社兼工場にケーキやカレー、ハンバーグにホットドッグと至るところに食べ物が彫刻してあり、近隣の住民達からオープンしたら食べに行きますとよく声をかけられるという。


 これにはケヴィンは涙が出てしまうほど笑ってしまい、エレインに怒られていた。


「エレイン殿、あれでも姉さんは昔と比べたら大分分別がつくようになったのですよ」

「そうなの?そんなに酷かったの?」

「えぇ、それはもう。昔は良い素材が落ちてたと言って貴族の城壁を勝手に解体して回収してましたから」

「どう思考すれば落ちてたになるのよ。頭が痛くなるわね」

「それに屋根の上を真っ直ぐ走れば目的地に早く着くと言って、全速力で屋根を破壊しながら走った時は弁償代で死にそうなりましたし、そう考えれば大分ましになりました!」

「そうね、それを聞いたら今回の件なんて可愛いものね。でも……ちょっと待って。そういえば今、建築している素材ってどうしてるの?」

「姉さんはこちらに来る時に真っ直ぐ走って来たと言ってました。その時に邪魔だった城と教会と屋敷を解体して来たと……こ、この件は余り深く考えない方が良さそうですね」

「そ、そうね、私達の精神的なあれもあるし、無かったことにしましょう!」


 目の前の厄介ごとを無かったことにする大人達。

 呆れた眼差しを向けるお子様組に対し、ティアだけがコクコクと頷いていた。

 元引きこもり少女のティア。

 圧倒的に経験が不足しているのは、人付き合いと処世術。

 自身の経験不足を補おうと大人達の対応を見て学ぼうとしている、だがしかしである。

 それは学んではいけないもの。


 お子様組のストッパーの役割を担うティアにとって一番学んではいけないものにティアは心を打たれたかのような眼差しを向けていた。

 それを学んでしまうと将来的にケヴィンへの被害が直撃するのは容易に想像できるだろう。


 お子様組のやらかしを未然に防ごうとするケヴィン。

 しかしそのストッパー役を元引きこもりのティアに任せてしまった為、良し悪しの判断が出来ず、ストッパー役として上手く機能するのは難しいだろう。

 しかもティアはまさに今、無かったことスキルを芽生えさせてしまった。

 こんなところでもケヴィンの思惑とは裏腹により危険な方、被害が大きくなる方へと舵を切っているのであった。

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