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36.ティアの一日 1

 36


 窓から淡い光が差し始め、トントントンとリズミカルに料理をする音が室内に響く。

 鼻歌を歌いながら料理をするシャロン。

 彼女はティアの母親である。


 紅く大きな瞳、真っ白な透き通るような肌、まるで成長したティアのような容姿を持つ彼女はやはり美人であった。

 彼女はこの集落に来てから、また親子で一緒に過ごす時間が嬉しいのだろう。

 覚えたての料理を楽しそうに作っている。


 しばらくすると、目をこすりながらティアがやってきた。

 髪はボサボサで眠気まなこ。

 それを見たシャロンは「あらあら」と言いながらティアの髪を梳いてあげる。

 女の子なんだからちゃんとしなさい、とお小言を添えるも、ティアはまだ完全には意識が覚醒していないようだ。


 二人で朝食を摂りながら今日の予定を話し合う。

 父であるベクターは既に早朝訓練に行っている。

 緩やかな時間が流れていく朝。

 おっとりとした親子にとって、大好きな時間でもあった。


 朝食を済ませ遺跡へと足を運ぶ。

 その途中にて緋鬼族の少年に声をかけられる。

 真っ赤な獅子のような髪、幼さが残る顔付き、人間でいえばハルナと同じ位の歳頃の少年である。


「お〜い!ティア、待ってたぞ。朝練しようぜ、朝練!」

「またで御座るか?!スラッシュ殿は訓練ばかりですな。申し訳ないので御座るが拙者、これからディーケイ殿に頼まれた物を届けないといけないので御座る!」

「うん?ディーケイさんなら今日はいないぞ?昨日の夜に王都に行って帰りは明日の朝って言ってたからな!」

「そうで御座るか。しかし情報が早いで御座るな!」

「まぁ、第一訓練室に住んでるからな!」

「えっ?!」

「ん?どうかしたか?」


(スラッシュどのぉおぉぉぉぉぉおお?!聞いてないで御座るよぉぉぉぉぉぉぉぉ?!どうすれば訓練室に住むという発想になるので御座るか?信じられないで御座るよ!)


 スラッシュの予想外の返答に驚くティア。

 彼は剣のことが絡むと想像の斜め上の行動を仕出かす。

 生活のほとんどを剣の上達の為に費やし、その為なら何でもするような男。


 彼がこの集落に来て始めに起こした問題行動は、鍛治班で轟々と燃え盛る炉の中に入ろうとしたこと。

 誰も炉に入るとは思うまい。

 まるでトイレにでも行くかのように躊躇なく炉に足を踏み入れ、慌てて大人達が止めて大騒ぎとなったのである。


 話を聞いたケヴィンも慌てて駆けつけ、全身大火傷を負ったスラッシュを見て頭を抱えていた。

 しかし当の本人はピンピンしており、問題ないという。

 炉に入った理由を聞くと剣の気持ちが分かると思ったから、と晴れやかな笑顔。

 これにはケヴィンも別の意味で頭を抱えた。


 そんな経緯がありスラッシュは現在、お子様組と同様に要注意人物の一人となっている。


 ケヴィンから問題児達のストッパー役としてティアがその大役を任命されている。

 集落の問題児達に何故か慕われるティア。

 生まれながらにして苦労人の気質があるのだろう。

 不思議と引き寄せられるように問題児達がティアの元へと集まってくる。


 訓練室に住み始めたというスラッシュの件を、ケヴィンにどう報告するべきかと頭を悩ませるティアの隣ではケラケラと笑いながら楽しそうに話すスラッシュ。

 悪気はない、悪気はないのは分かっているが……行動する前に一言だけ欲しい。

 ティアはそう思いながら悩ましそうにスラッシュを見つめる。


 ただ緋鬼族の者達から聞いた話に比べれば、今回の訓練室に住みつく話などはまだマシな部類。


 彼は剣と共にありたいという一心で、魔鉱やミスリルの塊を食べたという。

 信じられないような話だが一族のほとんどが知っている話で、後日その魔鉱やミスリルが排泄物と一緒に出たと大笑いしてたので事実なのだろう。


 そして諦めきれないスラッシュは今度は細かく粉末にして食したという。

 これも耳を疑うような話だが、その証拠として彼の目元や身体中にまだら模様のような不可思議な模様がいくつもある。


 これにはスラッシュが大層喜んだようだが、反面、体質にも変化が現れた。

 彼の皮膚は鋼のように硬くなり金属で叩くとカァンと甲高い声が響く。

 そんなこともあり一族の者達からは緋鬼族?と疑問符がつく立ち位置になりつつある。



 談笑しながら歩みを進めると第一訓練室に着く。

 中では三百人近い魔物達、獣人達が既に汗を流していた。

 教会の大聖堂の倍はある巨大な空間。

 地下であるはずの訓練室には灯ではなく、白色の光を放つ魔術道具で照らされている。


 ティアが訓練室をぐるりと見回す。

 すると訓練室の一角に異様に生活感溢れるスペースがあった。

 寝袋のような寝具、干されている着衣、散乱している麻袋。

 どう見てもスラッシュの物だろう。


(ほ、ほ、本当に住んでるぅぅぅぅぅぅぅ!

 スラッシュ殿ぉぉぉぉ正気で御座るかぁぁ?

 うぅ〜。こちらは主人殿に報告しなきゃいけないので御座るな。しかし何と説明したらいいのか難しいで御座る。普通は訓練室に住もうとしないはずなのに……)


 ティアが思考を巡らせていると、スラッシュが満面の笑みを浮かべ声をかける。


「ティア、早く模擬戦やろうぜ!今日は負けないからな!」

「はぁ、分かったで御座るよ!」

「ガハハ、今日は秘策があるんだ!だから今日でティアを勝ち越す」

「なるほど!秘策で御座るか?ちなみにどんな秘策で御座るか?」

「ふふふっ、聞いて驚くなよ?黒騎士殿に教わった隠密者用の対抗策だ!」

「あー、あれで御座るか?なるほど、なるほど。でも……スラッシュ殿、秘策はやる前に言ってしまうと秘策にはならないのでは?」

「えっ?!そう、なの?」

「そうで御座るよ!」


 あっさりと自らの手の内を明かすスラッシュ。

 そんな彼を首を傾げながら見つめるティア。

 二人の間には微妙な空気が流れていた。


 二人の実力は拮抗している。

 緋鬼族は狩猟民族ではあるが、こと対人戦に関しての経験は浅い。

 隠密によって距離をとり、隙を突くティアに対し、剣の間合いまで距離を詰めるスラッシュにとって経験、戦闘スタイル共に分が悪い。


 しかし生活のほとんど時間を割いて訓練しているスラッシュは、何とか引き離されない程度にはティアに食らいついている。

 二人は互いに高め合い、研鑽する仲間でもあった。


 ティアにしてみれば昔の自分では考えられない姿。

 毎日が憂鬱であり、頭の中ではこの世界には自分は必要のない者、と何度も何度も繰り返し考えていた。


 しかしこの集落に来てから霧がかかっていた視界がくっきりと見えるようになり、こうして仲間達と共に歩んでいる。

 ようやく自分の足で大地を踏み、しっかりと歩いているのだ。


 それが身体の芯から震えるほど嬉しい。


 ティアはスラッシュと剣を交わす間、自然と笑みが溢れていた。



 ◇◆◇



 模擬戦を終えたティアは軽く汗を拭き、ケヴィンが何時も訓練で使用しているケヴィン専用の訓練室へと足を向ける。


 訓練室に入るとケヴィンとソフィが魔法訓練をしていた。

 そこでティアはスラッシュが訓練室に住み始めた件を報告。

 それを聞いたケヴィンとソフィは腹を抱えて爆笑していた。


 ティアは予想外の反応に困惑するも、ケヴィンからもう一人の問題児の様子を見て欲しいと言われ気持ちを切り替える。

 その問題児とはエルだ。

 ケヴィンの話では昼近くになると、思考がダダ漏れで仕事に影響が出るらしい。


 どういう意味か理解出来ないティアは訓練室を後にし転移室を使い王都へと向かう。


 遺跡内の転移室と王都にあるリヴィアの雫にある和室は扉ひとつで行き来することができる。

 勿論、厳重に管理されており、専用のカード、個人認証が必要である。

 集落でもごく一部の者にしか使用出来ない。


 和室に転移したティアは足早に教会の建設地へと向かう。

 宿のロビーを抜けエントランスを通ると、グリをブラッシングするマティスの姿。


「おや?ティアさん、またハルナさんが何かやらかしました?」

「いえいえ、主人殿にエル殿の様子を見て来て欲しいと頼まれたので御座る!」

「あぁ、なるほど。ティアさんも大変ですね!ウチはハルナさんだけで、これだけ大変なのに」

「ははは、な、慣れれば大したこと御座らんですよ?」

「ふふっ、ティアさん。そんな事言いながら目が死んでますよ?近いうちにまた(被害者の)お茶会しましょう!」

「是非是非、お願いするで御座る!マティス殿」


 お茶会とは問題児達から被害を受ける者達が定期的に開いているもの。

 お子様組、ハルナ、エル、スラッシュが生み出すトラブルの被害者達が甘いお菓子を爆食いしながら、ただただ愚痴をこぼす。

 傷の舐め合いに近い会合である。

 出席者は主にエレイン、マティス、ティアが固定メンバーとして出席しており、最近では集落の建築を任せられているシェルが顔を見せている。


 ケヴィンとディーケイの二人に関しては参加資格を満たしていない。

 何故かというと、この二人は嬉々として被害を押し付けて、その反応を楽しんでいるからだ。


 ティアはそんなお茶会に心を弾ませながら王都の街中を歩いて行く。

 しばらく歩くと教会の建設地が見えてきた。

 王都の建物でもこれほど立派な建物はないだろう。

 教会を見上げ魅入られてしまう幻想的な佇まい。

 細やかな細工、美しい女神の彫刻、猛々しい戦士の彫刻、それに……ハンバーグ?

 ハンバーグ?

 教会に何故かハンバーグの彫刻があることに困惑するティア。

 あんぐりと口を大きく開け、しばし思考を巡らせる。


 どう考えても答えを見出せずにいるティアに、ドドドドという足音を響かせながらエルが駆け寄る。


「おう!ティア、飯か?飯だな。早く食おう」

「えっ?!あっ、エル殿。それはいいのですが……あそこに彫られているのはハンバーグで御座るか?」

「ん?ありゃハンバーグだな」

「えっ?ハンバーグ?」

「あははは、いや。悪い癖で腹減ったなぁって考えながら作業してるとついつい彫っちゃうんだよね〜。やっぱり飯に会うのはハンバーグっしょ!」

「……」


(は、は、はんばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぐ!

 エ、エ、エル殿ぉぉぉぉぉおぉ?!今日もやらかしたでござるかぁぁ?ハンバーグって?

 そんな笑顔で言われても拙者には意味が分からないで御座る。確かにハンバーグはお米との相性は良いで御座る。

 でも、でも。教会にハンバーグを彫るのは良くないことではないのだろうか?

 しかしエル殿の反応を見る限りでは悪いことではないように思えてしまう。

 うーん、やはり拙者の勉強不足なのだろうか?)


 教会に施してある彫刻を注意して見てみると、女神がプリンを前にスプーンを持っていたり、戦士の右手には剣ではなく骨付き肉を持っていたり、精霊達が戯れている後ろにケーキがあったりと違和感全開のものばかり。


 そのことを指摘するとエルは笑いながら他人事のように我ながら美味そうに彫ったと自画自賛。


 噛み合わない二人。

 そんな空気の中、ティアの視界に怒りの形相で向かってくるエレインの巣が映る。


「エェェルゥゥ、あんたね。何やってんのよ!」

「ん?何だエレイン、飯か?今日は何だ?」

「そんな事じゃなくて!ウチの建物にカレーとかホットドッグ彫って、あれじゃ食べ物屋みたいじゃないのよ」

「ん、そうか?良い出来だと思うけど?」

「あれ直しておいてよね!あんなのじゃお客さんが間違えて来ちゃうじゃない!」

「ふむ、ふむ。ということはエレインは飯屋じゃないのか」

「違うわよ!あの建物は警備会社と部品工場って何度も説明したじゃないのよ!あんた私のこと何だと思ってたの?」

「えーと、飯の人?」

「はぁ、まったく。まぁ、多分、飯飯うるさくなると思って一応持って来たわよ!ティアも一緒に食べましょう!」


(なるほど!やっぱりエル殿の行動は間違いだったので御座るな。しかしエル殿は全然間違いではないような反応をするので良いか悪いかの判断がちょっと難しいで御座る。

 主人殿は止められる時は止めてくれと仰っていたが、拙者には少し難しい御座るな。これが神の試練で御座るか)


 生粋の引きこもり体質であるティアにとって、エルやスラッシュのように善かれと思い行動をする者達を見極めるのは困難を極める。

 そもそもの話、良い悪いの判断が出来るからこそストッパー役として機能するのだ。


 故にケヴィンが被害が大きくなる前に、ストッパー役としてティアに頼んだのは大きな間違いである。

 結果、問題児達の行動を前にティアを悩ませるだけであった。

 しかしティアもまた都合よくストッパー役という大役を勘違いをしてしまう。

 それがあたかもケヴィンがティアに課した試練として受け止めていたのであった。


 そんなケヴィンの思惑など関係なく、昼食は和気あいあいと楽しみながら進む。

 何だかんだ言っても、エルとエレインは仲がいい。

 エルは単純な思考ではあるが、裏表のない性格でエレインとは馬が合う。

 そしてエレインとティアも共通の悩みを持つ同士として、着実に関係を積み上げていた。


「ねぇティアが教会に来たのって進捗状況の確認?」

「いえ、主人殿にお昼が近いからエル殿の様子を見に行って欲しいと頼まれたので御座る」

  「ふーん、ということはケヴィンったらエルの悪い癖のこと気付いてたのね」

「思考がダダ漏れで仕事に影響が出ると言ってたで御座るよ!」

「まったく!知ってたら教えてくれてもいいのに……完全に楽しんでるわね!」

「そうなので御座るか?」

「そうよ絶対!それにしても……ティア。顔に疲れが出てるわよ。近々甘いものでも食べましょう!」

「ん?甘いものか?プリンがいいな!」

「エルはウチの彫刻直さないとあげないわよ!」


 エレインからのお誘いで無意識に尻尾が揺れる。

 三人は昼食を済ませるとエルがやらかした彫刻を仲良く三人で直していく。

 まったりとおしゃべりをしながら。


 結局ティアはカリキュラム第三部(夕方の部)が始まる時間までエルとエレインのお手伝いをしていた。

 二人と別れ、ティアは新設された服飾班へと足を向ける。


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