33.エル
33
試食会の翌日。
朝のトレーニングを終えたケヴィンは、古代遺跡のダイニングルームで朝食を済ませ食後のコーヒーを楽しんでいた。
そしてお子様組はいつものように騒がしく食卓を囲んでいる。
ケヴィンにとって騒がしくもいつもの光景。
そんな賑やかな空気をかき消すように遺跡内を駆け走るドドドドという音。
その音は明らかにダイニングルームへと向かって近付いている。
するとディーケイが頭を抱えて苦い顔をし、お子様組は「あ!エルだ」と口々に言う。
ケヴィンがそれを問う間もなく扉が勢いよく開かれ、白衣を着た少女が姿を現した。
少女はハルナよりも少し身長が高く、真っ白な肌に赤白色の長い髪。ディーケイの姉というよりも妹に近い幼さを感じる容姿。
「ケヴィン様、古の契約により遅ればせながら参上致しました。エルと申します。以後よしなに」
「あー、ディーケイの姉ちゃんだな。悪いな遠いところ来てもらって」
「いえいえ、最短距離で参りましたのでそれほど時間はかかりませんでした」
「姉さん、まさかとは思うけど来る途中に町とかはなかったよね?」
「ディーケイ、お前何言ってんだ。来る途中に町の一つや二つくらい普通にあるだろ?」
「それはそうだけど。町は普通に通って来たんだよね?」
「普通?何を言っているか分からないけど最短距離と言えば真っ直ぐに突き進むに決まっているだろ?ディーケイは相変わらず馬鹿なのか?」
「えっ、じゃあ建物とかなかったの?」
「あー、いくつもあったけど邪魔だったからぶち抜いて真っ直ぐ来た。途中、貴族の屋敷みたいなのがあったけど、あいつら生意気な事をほざくから一階の柱全部解体したら、ペシャンと潰れて二階が一階になったぞ。あれは面白かったなぁ。あははは」
豪快に笑うエル。
その話を聞いたケヴィンとディーケイは苦笑いを浮かべる。
話には聞いていたがとても研究者とは思えないような思考の持ち主だった。流石のお子様組も呆れた顔で高笑いするエルを見つめていた。
ディーケイに頼んでエルを呼び寄せたのは三日前だ。
エルがどこにいるか分からない為、転移魔法が使えず伝書魔鳥で連絡したのだが、まさか建物を無視して真っ直ぐの最短距離で来るとは誰も想像しないだろう。
「まぁ、色々あったみたいだが無事でなによりだ。実はエルに頼みたいことがあってな」
「ハイ、おおよそは伝書魔鳥にて聞いております!教会に孤児院、そして港町。私、もう楽しみで楽しみで。くぅー!血が滾って仕方ないのであります!」
「エルは少し落ち着いた方がいいのです。馬鹿なんだから」
「僕もそう思うよ。バカエルなんだし」
「そうね、久しぶりに会ったけど馬鹿は治ってなかったみたいね。残念ながら」
「コラー!チビ共、ケヴィン様の前で馬鹿、馬鹿言うな!そう思われてしまうだろ」
「エル、その心配は無用だ。話には聞いていたが俺の中でエルは既に馬鹿な娘という位置付けにあるから。しかし、まぁ、今後は少しずつ治していこうな?」
「うぅー、ケヴィン様まで」
ケヴィンにポンポンと手に頭を置かれ顔を赤く染めるエル。
目を細めて笑うエルの表情は子供のような笑顔だった。
ダイニングルームではそのまま教会と孤児院建設の打ち合わせを始める。
ディーケイが用意した図面をテーブルに広げ、建設に必要な素材、魔術道具、建築方法など詳細に渡って話を詰めていく。
途中、話に飽きてきたお子様組は各班の手伝いに行くと言い部屋を出て行くが、三人はその後も綿密な打ち合わせをしていた。
打ち合わせの最中、エルはやはりディーケイの姉という部分が何度も見ることが出来た。
姉弟揃って物作りが好きなのだろう。
エルもディーケイも互いに熱が入り過ぎて何度も話が脱線するが、ケヴィンはディーケイによって鍛えられたスルースキルにより難なく話を詰めていく。
「はぁ、しかしこんな奇抜なアイデア、見たことも聞いたこともないですね」
「そうだろうな。俺がいた世界では一般的な物だが、こっちの世界ではこういうのは考えることはないだろう。それもこれもディーケイが作った魔術道具ありきの話だけどな」
「私はマスターの指示に従って作ったまでです」
「うぅー、ディーケイ!こんな面白いことしてるなら、もっと早くお姉ちゃんを呼びなさいよ!」
「んー。姉さんはいつもチョロチョロ居場所が変わるし、面白そうなことがあるところに突っ走って行っちゃうから連絡がつきにくいんだよね。それにワイルドボアみたいに考えなしに行動するからマスターに迷惑かけるんじゃないかなって思ってさ」
「コラ、ディーケイ!今の言い方だとお姉ちゃんがワイルドボアみたいじゃないか」
「えっ?そうだけど?」
「えっ、そうなの?」
姉弟で顔を見合わせる。
二人の間では認識の違いがあるようだ。
弟であるディーケイは姉のエルを猪突猛進で考えなしに行動するワイルドボアみたいなものと考えており、対して姉のエルはしっかりとしたお姉ちゃんだと思っていた。
エルが何故その思考にたどり着いたのか謎ではあるが、弟のディーケイがそのように考えていたことに驚いていた。
エルはしばしの間、難しい顔をし考えこむような素振りを見せる……が、お腹を抑え「そういえばお腹空いた」と呟き、あっさりと思考を断ち切るのであった。
打ち合わせに熱が入り、気付けば時刻はお昼時を過ぎていた。
ディーケイがキッチンに移動し、お昼の用意を始める。
ケヴィンとエルがその間、テーブルで雑談をしていると、エルは伝書魔鳥の報せを受けてから三日三晩ひたすら走っていたらしい。
姉弟揃って好きなものに熱中するところも似ている。
ディーケイがキッチンから戻って来て、昼食を摂りながら話を進めていく。
「ケヴィン様、これだけ素晴らしい設備、教会に置くには少し勿体ないような気がします。なんで教会なんですか?」
「それは教会が今後重要な役割を担うからな」
「えっと、教会がですか?」
「そう教会がだ。俺達の目的は気兼ねなく安全、安心、自由に生活することだ。それはここに住んでる魔物達も含めてのこと。だがこの国のトップにいる連中は権力で押さえつけたり、邪魔をして来るような輩が多い」
「マスターが召喚された時はまさしくその通りでしたよね」
「そうそう、だからある程度の戦力を見せつけたが、力ばかりを見せて黙らせるのは良い手ではない。いずれ綻びが出てくる」
「そこで教会というのが分からないのです」
「教会は信仰の対象であるけど、この国では同時に権力を後押しするような役割を果たしている。この国の教会の力を抑えることで権力者への金の流れを抑え、かつ民衆の支持を得られる。俺達の目的には丁度良い手段が教会なんだ」
ケヴィンは信仰の力を最大限に評価していた。
それは過去に世界各地で活動をしていた経験とこれまでの歴史を踏まえてのこと。
現状、国王であるサンドエルを脅してある程度環境を整えるのは可能ではあるが、生活する上では民衆に左右されると考えている。
魔物達は民衆から、恐れられ忌み嫌われる存在であり、魔物達もまたこれまで人々から隠れ住んでいたのだ。
そんな状況ではお互い上手くいくはずがない。
だから民衆の支持を得られる教会の役割は大きい。
「なるほど、貴族の屋敷に血の雨を降らせ『天誅』と書いたのも意味があったのですね」
「まぁな、あの時にあの貴族らと教会の書類も押収していてな、教会が孤児達を貴族達に奴隷として献上してる書類もあった」
「それは酷いです!教会は民の味方であるはずなのに」
「そうだな、一般的なイメージだとそうかもしれない。だけど教会の現状なんて誰も知らないのが普通だ。だからその書類を複写し王都で悪い噂とともにばら撒いた。『天誅』により悪どい貴族が炙り出され、教会の悪事が明るみになった。そしてこのタイミングで新たな教会が誕生する」
「これ以上にない最高の状態ですね」
「後は、重要な役割を担う人物がいるんだけどな。まぁ、その辺は本人にも言ってないし教会と孤児院が完成してからでも遅くはないだろう」
ケヴィンはニヤリと悪巧み満載の笑みを浮かべる。
教会の話を終えるとエルがケヴィンに「忠誠を誓いたい」と言い、ケヴィンは「あー、仲間になるやつ?」と反応しエルの忠誠の誓いを了承した。
忠誠の儀式はつつがなく実行され、終了後エルは嬉しそうにはしゃいでいた。
ケヴィンは忠誠の儀式が主人に命を捧げるようなものとは未だに認識していない。
相変わらず仲間になる為のものという認識でしかなかった。
それはマスター会によってケヴィンに本当のことを話してしまうと嫌がりそうだ、という結論に至り話をしていない。
そして怪しまれないように仲間になると念話が使えたり、遠い場所にいても召喚出来るようになる旨をケヴィンに話をすると、ケヴィンは「おぉ!便利だな!」と大喜びしていたのだ。
昼食を終えるとケヴィンはエルに今日、明日はしっかりと休むように指示を出す。
教会と孤児院の建設に早く取り掛かりたいエルではあったが、ケヴィンがちゃんと休まないとやらせないと言うと目をうるうるさせて「や、休みます!」と言い寝室に向かった。
◆◇◆
ケヴィンはトレーニングルームで訓練をしているとエレインとマティスが訪ねて来た。
ケヴィンは訓練を中断し二人の元へと歩み寄る。
「ここに来るなんて珍しいな。何かあったのか?」
「ごめんねケヴィン、訓練中でしょう?邪魔じゃなかった?」
「それなら大丈夫。そろそろ切り上げようとしてたから」
「そう?なら良かったわ。ちょっと相談があってね、顔を出してみたの」
「ん、相談?」
いつもは勝気なエレインではあるが表情が冴えない。そしてその隣にいるマティスは明らかに困ったというような表情。
ケヴィンは二人を椅子に促し話を聞く。
二人の相談ごとは新しく立ち上げる警備会社の件だった。
現在警備会社の拠点として教会と孤児院の隣の土地を購入したばかりで、事業としては何も進んでいない状況である。
しかし本日、ベネスからの情報で王都に駐留する兵士の約三割が解雇される可能性があるという。
ベネスによると約六千人の兵士が辞めることになり、その内の四千人近くが地方に帰郷したり冒険者になったりするらしい。
そして約二千人近くの兵士が職に溢れてしまう可能性があり、ベネスから雇用の打診を受けたという。
サンドエルが想定よりも早めに動いたのを考えると、よほど伝説の宝具を手に入れたいのだろう。
といってもその宝具は既にケヴィンの腕に収まっているのだが……
「なるほどね、そうまでしてコレが欲しいんだな」
「ふふふ、そうね。やっぱりあいつ頭が悪いんじゃないかしら?私達が協力するって言ったのは魔王軍の脅威に対してって言ったのに」
「そうだな、それでエレインは想定よりも早く、人数が多いからどうしたものかというところか?」
「流石ケヴィンね、本当頭が痛い話なのよ」
「ですね!私達も初期は五百人位で運営していけたらと考えてたのですが、まだ契約店舗などが無い状態で二千人となると、いずれ資金的に回らなくなるのは目に見えているので、ケヴィンさんに知恵をお借りしたいと思い」
「今、思い浮かぶのは二つほどある。まずは支店出さないか?」
「支店?まさか今建設中の港町?」
「そう!それそれ、土地は無料で提供するから建物さえ作ってくれたら町から人件費は出すよ。もちろん赤字は出ないようにする!」
話を聞いた二人はグッと目に力が入る。
ケヴィンの案は魅力的であった。
エレイン達の抱えている問題はまず警備会社を運営していく上で収入がない状態で人件費のみが掛かってしまうという点だ。
それが分散され、港町へ派遣した人件費を考えなくても済む。
「怖いくらい魅力的な話ね。ねぇ、ケヴィン。何か考えがあるんでしょう?」
「まぁね、警備会社の短所は余剰人員だ。何も起きなければ人を余らせてしまい人件費がかかる。今後、ゴーレムの配置が多くなってくれば余計に巡回なんか必要がなくなるだろう。そこで警備会社内に工場を作り工員としても働いてもらう。エレインの店で売っているような冷蔵庫でもいいし、俺が依頼するなら銃のパーツ製作をお願いしたい。今までのように一人で丸一日巡回させるより、午前は巡回、午後から工場とローテーションを組んでやれば体力的にも楽になるだろうし、何しろ警備会社の強みは昼夜問わず営業していること。となると生産力も凄い事になると思わないか?」
「くっ、ぐうの音も出ないわ。商人の私達が考えるよりも完璧なプランじゃない!」
「た、確かにそうですね。戦力を確保しつつ生産力も。しかも売上げにつながっている。まさしく私達にあった運用方法です!」
ケヴィンの提案によって呆気なく活路を見出した二人は互いに顔を見合わせて笑っていた。
その様子を見てケヴィンが首を傾げ「どうした?」と訊ねると、何故か二人に笑いながら怒られるケヴィン。
ケヴィンが腑に落ちない表情を浮かべると「今後も頼りにしてるわよ!」「ケヴィンさんは最高です!」と二人にバシバシと背中を叩かれる。
そんな二人の反応を見ながらケヴィンはポリポリと頭をかいていた。




